253 『ニュートリエンス』

 サツキの頬についた傷からは、血が流れる。

 その血は宙を飛び、魔法戦士のアンデッドの剣へと向かってゆく。まるで宙を泳ぐようだった。

 しかもその血は止まらない。


 ――まだ俺の血は大丈夫。左目に埋め込まれた《賢者ノ石》が、血を自動生成してくれる。傷も小さいおかげで、一度に血の出る量も少ない。まだもつ。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。あの剣が強く大きくなっている。


 ミナトが戦っている魔法戦士のアンデッドは、その剣を強大にしている。しかも、過去の英雄であるアンデッドは易々と剣を振るってしまう。

 今も見事にミナトと渡り合っている。


「ふふ」


 楽しくて笑いを漏らすミナトの異常性はともかく、そんな相手をもっと強くするわけにはいかなかった。


 ――おそらく、俺の血でもあの剣は強くなる。だったらあの剣は……もしかすると、俺の血の中にある鉄分を栄養にしているのか?


 だとすれば納得がいく。

 さっきの砂が剣に集まっていく様。

 あれは、砂の中の砂鉄を剣は欲していて、砂そのものは関係なく、砂鉄から鉄分を吸収していた。

 一方で、サツキの血液が吸い寄せられていたのも、血液中にある鉄分こそが養分なのだ。


 ――それなら辻褄が合う、か。


 そこで、サツキはハッとする。


 ――あのダモクレスの剣で傷つくと、血が止まらなくなる。だったら早くこっちの処理をしないと。


 また同じ手を喰らうわけにはいかない。

 タッと駆け出し、哲学者のアンデッドに斬りかかる。このアンデッドにダモクレスの剣を創らせないのが肝要。

 おそらく戦闘力はそれほど高くはない。

 しかし、マルチャーノの銃撃がサツキを襲う。


「城那皐、貴様を好きにさせるわけないだろ」


 さらにその上、別の彫刻作品が動き出してサツキの元へと歩いてくる。


「こっちも相手してもらおうか」


 マルチャーノはやはり三体四体どころじゃなく、もっとたくさんのアンデッドを同時に動かせるらしい。


 ――また別の敵が。


 哲学者のアンデッドはサツキの攻撃を避けながら距離を取って行く。

 別のアンデッドとのバトンタッチを狙っていると読める。


 ――俺とミナトを引き離し、連携を断とうとしているのか。早めに始末しないと、また厄介なダモクレスの剣が設置されてしまうのに。


 そうなってしまえば、次に剣が落ちてきて、傷つくと、もっと出血量が増えて、魔法戦士のアンデッドの剣がもっともっと強く大きくなってしまうのである。

 血は剣の養分となり、命を蝕む。


 ――俺は左目の《賢者ノ石》で堪えられているが、もしミナトがあの剣を受けたらそれこそ命取り。


 だから。


 ――とにかくミナトだけは守らないと。


 サツキが哲学者のアンデッドに、離れた位置から掌底を繰り出す。


「《おうしょう》! はッ!」


 狙いは本。

 彼の持つ本をピンポイントで狙って衝撃波を飛ばした。

 すると。

 本は衝撃波で哲学者のアンデッドの手から離れて、少しだけ破れてくれた。


「……」


 ――やった。これで、ダモクレスの剣は封じられたか? いや、完全に取り上げないとだよな。


 ただ、マルチャーノは小さく、


「お見事だ」


 とつぶやいていた。

 今のサツキに、遠距離攻撃の手段はない。

 どうやって宙にある本を手に入れるかを考えて、飛びかかろうとすると。

 一瞬、ミナトが《瞬間移動》でそこに姿を現して。

 本がバラバラに斬られた。

 そしてミナトは再び《瞬間移動》で消えて、魔法戦士のアンデッドを相手に剣を振るう。


「ほう」

「さすがだ、ミナト。助かった」


 感心するマルチャーノ。

 サツキもまた、つい感嘆の声を漏らすばかりになりそうだったが、平静に礼を述べた。ついでに、哲学者のアンデッドに背中から手刀を打ち込んだ。アンデッドは勢いをつけて前のめりに倒れる。


「さて。次の相手は……」


 サツキが横を見ると、今度は杖を持った青年がやってきた。

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