252 『フライングブラッド』

 頭上の剣は無数に吊り下がっている。


「……」


 サツキが上を向く。

 ミナトが聞いた。


「上かい」

「そのようだな。それも、ただの剣でもないらしい。魔力反応がある」


 魔力の可視化は、普通の人間にはできない。だがサツキの《緋色ノ魔眼》はそれが可能である。

 これによって。

 頭上に吊り下がる無数の剣の刃に、魔力反応があるのを見た。


 ――こっちのアンデッドがどんな挙動をしたら剣が攻撃してくるのか。剣にはどんな効果が付与されているのか。見定めてから行動するまで、どれだけの猶予があるか……。


 周囲への警戒をしながら待っていると、それも急に発動した。


「上は任せろ!」

「了解」


 ミナトは目の前の魔法戦士のアンデッドと戦っている。

 だから、サツキが頭上の剣を吹き飛ばすことにした。

 剣はただの落下運動ではなかった。

 落下には重力加速度以上の速度が伴い、高速で降ってくる。

 しかもその数は大量。


 ――剣で払ってちゃ間に合わない。


 サツキは手のひらを斜め上方向へと向けた。


「《おうしょう》! はああァッ!」


 衝撃波が飛ぶ。

 この衝撃波こそが《波動》の力であり、風を巻くようにして《波動》が剣を衝突していった。

 剣はただの剣に戻ったようにバラバラと力を失って数メートル奥へと吹き飛ばされ、あとはこぼれるように落ちてゆく。これで、ミナトの上から剣が降ってくることはない。


「はァッ!」


 遅れて、自分の頭上にも《おうしょう》を放つ。

 一度、剣の勢いを殺す。

 さらに刀を手にして、頭上から落ちてくる剣をキンキンキンキンと捌いていった。


「ほう……! 城那皐、こいつも思ったよりはやるじゃないか。あれだけの剣を捌いてみせるとは」


 マルチャーノはあごに手をやって、感嘆する。


 ――剣の出し入れも一瞬で、剣の腕も悪くない。だが、なによりあの衝撃波。《波動》といったか。


 サツキの《波動》は、マルチャーノが見たこともないタイプの力である。

 また、剣の出し入れが一瞬だったのは、帽子の力だった。

 サツキの帽子《どうぼうざくら》は特殊な魔法道具で、八つの効果を持つ。

 その内の一つ、《ぼう》は望んだ物をいつでも手元に取り出すことができる。

 これは帽子に登録した物を呼び出すもので、逆に一瞬で帽子に収納することもできる。

 というのも、帽子は四次元空間になっているのだ。ただし、完璧な四次元空間ではなく、収納できる物の数に制限がある。


「ふう」


 小さく息をつく。

 そして、サツキは横を見た。


「ミナトは、大丈夫みたいだな」


 袖で頬を拭う。

 血がついていた。


 ――完全には捌ききれなかったか。


 だが、ミナトの頭上にあったものはすべて吹き飛ばせたし、サツキの頬に一筋の傷がついたのみで済んだ。

 上々だ。

 と思ったが。

 サツキは目を丸くした。


「血が、宙を……飛んでる?」


 頬の血など、すぐに止まると思っていたが。

 その血が粒となって、あるいは糸を引くようにして、宙を飛んでいるのだ。


「どこへ……」


 頬から流れる血は、在る場所へと向かっていた。


「アンデッドの、剣に、だと……!?」


 ミナトが戦っているアンデッドの剣に向かって、血は飛んでいたのである。

 魔法戦士のアンデッドは、サツキが見たところでは剣の形状を変える魔法を使うようだった。


 ――剣の形状を変える魔法。それは、砂のような、砂鉄のようなものを集めてそれによって形状を変える。そんなシステムだと思っていた。だが、なぜ俺の血が引き寄せられて行くんだ?


 いや、問題はそれだけじゃない。


「血が、止まらない」

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