251 『マーダーホビー』

 そろそろ……ミナトの戦いに変化が起こる。

 ミナトが戦う魔法戦士のアンデッドは、剣に集めつつあった魔力をついに変質させていった。


「おっと」


 攻めるのをやめ、ミナトはひょいと剣を舞わせて鞘に戻す。

 ただし。

 戻すついでに、斬撃は飛ばしておくのを忘れない。


「《空ノ刃》」

「話には聞いていたが、かなりの達人のようだな。いざなみなと


 マルチャーノは小さく口の端をゆがめた。

 たったそれだけの表情の変化にもかかわらず、実はマルチャーノの内心は違っていた。相当に高揚していた。


 ――いい! いいぞ、誘神湊!


 ゆがめた口の端が戻らない。

 うれしくて戻らない。


 ――なんていいんだ! あの過去の英雄を相手に平然と剣で渡り合うなど尋常ではない! それもこの齢で!


 ク、と笑いが漏れ出る。


 ――ああ! こいつを! こいつを殺してやりたい! 大事に大事に、大事に殺して! 永久にしたい! オレのものにしたい!


 サツキはそんなマルチャーノの顔を見つめる。


「なにを、考えてる……?」


 こんなゆがんだマルチャーノの感情など、まっすぐ過ぎる性格のサツキにはわかりようもなかった。

 推理力を働かせるにはまだ手がかりが足りない。


 ――だが、あまりにも惜しい! 惜しいのだ、貴様は! まだ惜しいのだ! まだまだ伸びるのだ、貴様は! オレの勘だが、誘神湊、貴様はもっともっと強くなる! 早熟の天才という可能性もあるが、貴様の持つ空気はあまりにも底知れない! 殺すにはまだ早い! 惜しい! クソ、すぐに殺せないことがこんなにもどかしいなんて! レオーネとロメオなら今すぐにでも殺してやりたかったのに!


 猟奇殺人と呼ぶには殺し方にグロテスクさが伴わない。

 趣味とするにはやや常軌を逸している。

 マルチャーノの殺人欲求は、そうした複雑性をはらんでいた。

 玩具が欲しい。

 その感情と殺すという手段が合わさり、手段の中にもその行為そのものを楽しむ性癖も混じってしまった、一種の奇人の成れの果て。

 そんなマルチャーノだから、ミナトを殺すには細心の注意を払ってその行為に当たらねばならない。

 だが、サツキとミナトにはこうした裏の事情は知る由もないものだ。

 サツキは言った。


「来る」

「うん」


 告げられたタイミング。

 ここで。

 アンデッドの持つ剣が変異した。

 サラサラと砂が集まってゆく。

 剣に寄り集まった砂が剣を大きく厳つい形状へと変化させ、新しい剣ができあがった。

 元々一メートルほどの刀身が二メートルを超え、これを容易に振り回す。


「よっと」


 ミナトが剣をぶつけ、弾き返すと同時に距離を取る。


「いいねえ。なかなかのパワーだ」

「悠長なことを言ってる場合じゃないぞ」

「あはは。いやあ、剣があんな大きくなっても機動性があって使いこなせてるからさ。戦い甲斐があると思ってね」

「まだだ。まだ大きくなるぞ」

「へえ。それも楽しみだ」


 なにが楽しみなものか、とサツキは思う。

 だが、ミナトは剣の高みを目指す者。

 強い相手との戦いは望むところなのだ。


 ――それにしても、あの剣。砂を集めているのか? いや、砂鉄、か。金属製のものを集めることで、それによって剣の形状を変えられるってことか?


 まだ分析するには情報が足りなさそうだ。

 マルチャーノがミナトの剣を喜び、


「これでもまだそんな顔ができるか。悪くないぞ、誘神湊」


 とクツクツ笑った。


「だったら、これはどうかな」


 サツキは哲学者のアンデッドに注意を向けた。


 ――仕掛けてくるか。まだそっちの魔法の分析もできていないのに……!

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