250 『ダモクレスソード』

 マルチャーノは不敵に微笑むだけ。

 サツキとミナトに銃撃が通用しないとわかっても、余裕綽々の表情だった。


 ――ここからいくつものアンデッドを使って追い込んで行けばいい、と思っているのか。あるいは、その最中に二人の隙を突くタイミングもあるという計算によるものか。


 手札の多さはそのまま戦術のパターンにつながる。

 ミナトが魔法戦士のアンデッドを相手に剣と剣をぶつけ合う。


 ――あのアンデッド、かなりの剣士だ。相当強いぞ。ミナト相手にここまで平然と剣の勝負ができるなんて。


 名のある剣士だったのか、と疑いたいなるほどだ。

 そんな二人の勝負が繰り広げられるその後ろで、サツキは全方位を視認し不意打ちに備える。

 まだ次のアンデッドの登場はなさそうだと思っていると。

 哲学者らしきアンデッドが本を開いた。

 これまで攻撃をしてこなかったこのアンデッドだが、本を開くことが攻撃手段だということは明白だった。


「上だ」

「へえ」


 攻撃は、上からのもので。

 しかしすぐには降ってこない。

 サツキは頭上の状況まで視認を済ませ、マルチャーノを観察する。


「いつ来るかはわからない」

「うん。剣が無数に吊り下がっているんだねえ」


 細い糸で吊られた剣は、いつ落ちてきても不思議ではない状態だった。


「来るときは言う」

「よろしく」


 一応、サツキには《全景観パノラマ》がある。平面的な360度の視認もできる上で、上下の差があっても見透せる。だから頭上の剣にも目が届く。


 ――まるでダモクレスの剣だな。


 ダモクレスの剣とは、故事である。

 栄華の中にも危険は常に迫っていることを意味している。


 ――違うのは、きっと俺たちの頭上にある剣は、マルチャーノさんの匙加減でいつでも落ちてくるということ。そして、その剣が無数にあること。


 頭上とマルチャーノ、どちらにも気を向けておかねばならない。

 ミナトはもうそれらはサツキに任せ、魔法戦士のアンデッドと剣の勝負をしていた。


「いなせだねえ。剣が鈍いなんてことがない。このお方、名のある剣士だったんでしょうか」


 これには、マルチャーノが答える。


「古代マノーラの魔法戦士だ。その強さから当時の国王からも讃えられ、国を守る戦いにも参加し、英雄として埋葬された」

「魔法戦士、ですか。じゃァ、魔法もあるんですね」

「むろんだ」


 サツキはマルチャーノの左手の骸骨の魔力に反応し、それからアンデッドの剣に魔力が集まるのを見て、背中にいるミナトにささやく。


「剣に魔力が集まった。剣に注意だ」

「了解」


 言葉を交わすと。

 今度は、サツキとミナトは少し離れた。


 ――一度大きな魔法による攻防が始まってしまえば、ミナトも俺を背中に置いたままだと戦いにくい。俺もいざって時に避けにくい。


 後方からの攻撃にも対応できるが、ミナトに近すぎることは、気づいてから攻撃が届くまでの距離が縮まることも意味する。

 また、マルチャーノからの銃弾ならそれほどミナトに近づかずとも守れる。

 よって分離した。

 すると。

 続けて、サツキは哲学者のアンデッドに斬りかかった。

 こちらは人格をなくした者らしく無感情にサツキの攻撃を避けるだけで、反撃もしてこない。

 本を開いたまま避ける。


 ――頭上の剣……これに魔力はほとんど感じない。だが、ただの刃物としての効果以外になにかあるのか?


 戦い方を見れば。

 これだけのために、マルチャーノに召喚されたことになる。


 ――確かに頭上から刃物が無数に降り注げば命の危機にもなるが、元々あのレオーネさんとロメオさんを相手と想定して用意した手駒。単なる刃物にその価値を見出すとは思えない。


 サツキは哲学者のアンデッドが離れて行っても、深追いせずに足を止める。

 構えを解くことはなく、改めて全体を視認する。


 ――そろそろ、か。

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