31 『容赦なく剥がし貼り付けるグロテスク』

 キミヨシとトオルはバミアドの街をただ歩いていた。この円城都市は歩くとなるとかなりの広さになる。出会いたい人に出会えるとは限らない。


「リラちゃんもいなければ、シャハルバードさんたちもいないだなも」

「ああ」


 トオルは短く言うだけで、鋭い瞳をギロつかせる。


「盗賊団さえ見ないだなも」


 反対に、キミヨシは頭は動かすがあまり一生懸命探す様子でもない。


 ――なにか起きそうだなも。いや、起きてるだなも。


 なんとなく、直感的にそう思っていた。


 ――でも、なにがなにやら予測はなし。ただ、リラちゃんもシャハルバードさんたちも心配はないような気がするだなも。


 ふと、キミヨシは正面から歩いてくる集団をみとめる。


「トオル」

「なんだ? ありゃ」

「盗賊団ではないだなも」

「だな」


 素知らぬふりをしつつも、キミヨシはやや目を細めて彼らを見る。


 ――物騒な連中だなも。あるいは盗賊たちより始末が悪そうな顔してるだなもね。


 人を見る目の確かなシャハルバードにくっついて回っていたおかげで、人相ひとつ見るだけでなんとなくだがわかることも増えてきた今日この頃。

 それに照らし合わせてみれば、彼らはろくな人間じゃない。

 トオルもほぼ同じ見立てで、


 ――先頭のやつ、か。アイツだけだ。アイツだけが特別クズだな。


 とだけ思った。

 キミヨシとトオルは彼ら騎士たちと関わらないようにしてすれ違う。

 先頭を歩く悪役顔の騎士とすれ違ったあと、その騎士がなにか本のような物を落とした。

 思わず、キミヨシはいつもの反射神経と人のよさでそれを拾う。


「落としただなもよ」


 本は、見たことのある色と大きさだった。表紙が地面側になっていたから、ただ青い裏面しか見えなかったが。


 ――あ! これはせんしょうさまがくれた《ほん》!?


 と思って、キミヨシは本を引っ込めようとした。

 が。

 遅かった。

 騎士は目を向けると鷹揚に受け取った。


「そうか」

「ちょっと待った!」


 キミヨシが呼び止めると、騎士はうっとうしそうに聞いた。


「なんだ」

「その本、我が輩の友人が持っている物とよく似ているだなも。もしかしたらとも思うから、中身を拝見してもいいだなも?」

「これはオレのだ」

「あの、表紙だけでも」

「くどいッ」


 苛立ったように言って、騎士は本をふところに入れ再び歩き出した。

 キミヨシとトオルは彼らを見送り、見えなくなったところで会話を交わす。


「感じの悪いやつらだったな」

「だなも」

「暗くて見えにくかったが、あれは仙晶法師さんがくれた《取り出す絵本》に色とサイズが似てなかったか?」

「そう思って聞いたが、なんだか機嫌が悪そうだっただなもね」

「気になるな」


 眉間にしわを寄せるトオルを見て、キミヨシはいつもの明るい笑顔を作る。


「早くリラちゃんに会いたいだなもね。考えてみればあんなやつが持ってるのはおかしなこと。ちゃんと本を持ってるか、聞いてみようだなも」

「が。そうもいかねえようだぜ」

「まあ、二人くらいならなんとか。こっちも二人だなも」


 二人が見据える先には、盗賊が二人いた。

 彼らはまだ、キミヨシとトオルに気づいているかいないか。

 その隙に――

 キミヨシは髪の毛を二本抜いて、


「ふっ」


 と息を吹きかける。

 二本の髪の毛が人間になった。それはキミヨシ自身と同じ姿をしている。

 魔法である。

 分身体をつくることができる。《たいよう》といって、本体を『親』、分身体を『子』と呼ぶ。

 二人の『子』に『親』のキミヨシは命令する。


「いいだなもか? 隙をみて、頼むだなも」


 二人の『子』はサッと建物の影に隠れてどこかへ姿を消した。

 トオルはニヤリと笑う。


「珍しくその魔法、使う気になったか。戦闘用ってなると、しゅおうさんとの戦い以来じゃねえか?」

「いやはや、これはピンチだから仕方ないだなも。本当は、髪の毛が減るからなるべくは使いたくなかったが、我が『子』たちの力が必要だなも」


 我が『子』たち、とは髪の毛で出来た二人のキミヨシを表している。


 ――キミヨシのやつ、十円ハゲがあるからって気にしすぎだぜ。だが、こいつの魔法《太陽ノ子》で分身が動いてくれると、最低でも防御さえできればオレたちの勝ちだ。


 そう思うのにも、理由がある。


 ――なんせ、《太陽ノ子》の分身は自分で考えて動く。いわば、本当にキミヨシが三人いることになる。機転の利くこいつが三人もいればやりやすいことこの上ねえ。


 つまり、忍者の《かげぶんしんじゅつ》とは本質的に異なるのである。

 術者自身が常に意識的にコントロールし続ける必要のある《かげぶんしんじゅつ》は、思考を何重にもするのが足枷になることもある。また、分身体へのダメージがあれば壊れてしまう。

 だが、《太陽ノ子》の分身は基本的には普通にキミヨシと変わらない機能を持った人間そのものだから、よほどの威力でなければ軽い攻撃くらいではくたばらない。その分身体が人間として死ぬほどでなければ消えない。キミヨシ自身と異なる点を挙げるなら、術者のキミヨシを絶対的な支配者に据えていることと、分身体が《太陽ノ子》の魔法を使うことができないことくらいである。


「来たぜ、キミヨシ」


 盗賊コンビは、手にサーベルとダガーを持っている。

 キミヨシとトオルは腰の刀を抜いて、向かい合う。


「やあやあやあ! 我が輩ども、この街でお友達を探しているだなも。可愛い黒髪の女の子とたくましい『船乗り』を知らないだなも? だったら戦う必要もないと思うがいかが?」


 盗賊コンビは無言を決め込み、斬りかかってきた。

 トオルがキミヨシに言う。


「無駄口叩くな! オレもオマエも戦闘向きじゃねえだろうが!」

「わかってるだなも! けれど我が輩、剣の心得くらいはあるだなも」


 と、キミヨシは盗賊のサーベルを受ける。

 連続で斬りつけてきても、それらをキミヨシはなんなく受けていた。


「やあやあやあ! どうしただなも? まったく歯ごたえないだなも。ていっても、我が輩、『神速の剣』の使い手と最強の『おおうつけ』殿といつも道場で学んでいた身、どんな剣でも大抵は軽い軽いだなも」

「くっ」


 攻めあぐねる盗賊。

 そこに、キミヨシは視線で合図を送る。

 ほんの一度視線を切る動きだけで、二人の『子』が物陰から飛び出して、盗賊に斬りかかった。


「たあありゃああああ!」


 盗賊はいとも簡単に斬られてしまう。


「ぐああっふ!」


 バタリと倒れた盗賊を見て、キミヨシはにっこりと微笑んだ。


「いやはや、我が『子』たちの活躍のおかげだなも。ありがとうだなも」

「いえいえだなも」

「お役に立ててなによりだなも」


 三人で抱き合いながら会話をして、それからトオルに視線を向ける。


「トオルはっと……」


 魔法の力をうまく使ってキミヨシが戦っていた間、トオルは魔法を使わずに戦っていた。

 トオルは最初に、剣を合わせてすぐ、左の肩口を斬られてしまった。


 ――これだから武力による戦いってのは好きじゃねえ。痛いったらねえぜ。修業なんざほとんどしねえし、仙晶法師さんと別れてからは戦ってもなかったもんな。身体も鈍るわけだ。


 少し前までの三ヶ月間は妖怪変化との戦いの日々だったが、近頃は平和だった。


 ――この盗賊、割と動きはいいな。


 追い打ちをかけるように斬りかかってきた盗賊に、トオルは剣をぶつける。刃と刃が音を鳴らし、相手のダガーとの力勝負も互角といったところだった。

 何度か刀とダガーがぶつかり合う。

 二つの刃が、また数秒絡み合う。

 力と力を押しつけ合う形になった。

 だが。

 不意に、盗賊のダガーがすっとうまく引き抜かれ、トオルが次の動作に移るのがやや遅れる。


 ――ちっ! 怪我くらいなら!


 攻撃を受けること覚悟で、トオルはあえて前に進み出た。距離を詰め、盗賊の顔に手を伸ばす。

 目元まで来た手が、ひっかくように指を動かした。


「いただくぜ! 《はくらく》」

「ハ?」


 盗賊は目を疑った。

 いや、その目が無くなったことを、疑った。

 片方の目がなくなり、もう片方の目で捉えたのは、この晴和人の指が自分の目をつまんでいる光景だった。

 顔面から、目を剥がされてしまっている。

 動揺して身体がわずかな硬直を見せる。

 そこへ、盗賊の後ろから『子』のキミヨシが斬りかかった。


「たりゃあああ!」

「なにぃっ!」


 盗賊が後ろに避けようと下がった。

 が、さらにもう一人の『子』のキミヨシが盗賊の後ろにしゃがんで足を伸ばしており、これに引っかかって、盗賊は後頭部を地面にぶつけて気を失ってしまった。

 はあ、と息を吐いてトオルはキミヨシに顔を向ける。


「助かったぜ。オレはオマエほど普段から剣の勉強もしてねえしよ……」

「なんのなんの! やっつけたのは我が輩の『子』たちだなも。ほら、我が『子』たち。おいで」

「はいだなも」

「ただいまだなも」


 そして、術者である『親』のキミヨシは、駆け寄ってきた分身体の『子』の頭に手を乗せた。

 すると、手の中に吸い込まれるように消えてしまった。

 もう一人の分身体も同じようにして手の中に吸い込む。


「ふんふん。隠れてタイミングをうかがってる間、ついでに近くを探ってきてくれてただなもか。他にこの近くに敵なし。いいことを知っただなも」

「分身体を回収すれば知識や記憶、経験までを吸収できるんだから便利なもんだぜ。オマエの魔法はよ」

「やあ。この感覚はやっぱりたまらないだなもね。早くせい中にいる子供たちを回収したいだなも。それに、はくせきさんのところに置いてきた『子』や、仙晶法師さんととんぱいぱいくんといっしょに旅を続けている『子』たちも」

「だが、まだ時期じゃないんだろ」

「だなも」


 実は、キミヨシは司伯石ばかりでなく、仙晶法師と豚白白が旅を続けるところにも『子』を一人置いていた。

 トオルはキミヨシに聞いた。


「で、怪我はねえか?」

「ないだなも」

「さすがに守りだけはうまいな」

「一軍の将になる人物は、自ら攻めに行く必要はないだなもからね」

「だから斬られなけれいいだなも、か?」

「だなも!」


 小さく笑って、トオルは刀を鞘に収める。


「まだどこにも奉公してない武士でもないやつが、よく言うぜ。さて」


 と、トオルは怪我した左肩へ右手を持っていく。

 次の瞬間――

 ぺりっと、傷口を剥がしてしまった。

 まるで傷口を描いた薄い皮膚のようなものが剥がれたかに見える。これこそがトオルの魔法だった。


「うきゃきゃ、トオルの魔法も便利だなもね」

「そうでもねえさ」

「トオルの魔法《はくらく》は、どんなものでも剥がしてしまう魔法。便利だと思うだなもよ?」

「魔法やら魔力やら傷口やら目やら鼻やら口やら。なんでも剥がせることは剥がせる。だが、腕ごとは取れねえし、使い道は選ぶ」

「表面にさえ現れればなんでも剥がせるってのは、戦闘以外でも役立つ偉い魔法だなも」

「まあ、確かに戦闘以外で使いたいもんだ」

「たとえば、ナディラザードさんにやってるみたいに」

「いや。あれは面倒だから勘弁して欲しいぜ。顔のホクロもシミもシワも、どうでもいいじゃねえかよな?」

「トオルは乙女心がわかってないだなもね。それで商売をやったら大もうけできるだなもよ?」

「ンな商売はオレ向きじゃねえさ」

「そんなの必要ないほどのお方はスモモ様くらいのものだなも」


 ぽわわんと宙を見つめるキミヨシを横目に、


「そうかよ。えっと、これでよかったか」


 と、トオルは剥がした傷口を盗賊の足に貼り付け、剥がした目も元の場所に戻してやる。

 しかし、少しだけ目の位置がずれている。


「うきゃきゃ、トオルは相変わらず不器用だなも! せっかく剥がした物なら貼り直せるのに、逆に可哀想だなも」

「笑うな! さっさと行くぞ」

「はいだなも!」


 キミヨシとトオルは、再びリラを探しに歩き出した。

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