30 『戦術にあらざる偽りの形容』

 ケイトはミナトと分かれたあと、まっすぐ時計台の前を目指していた。

 盗賊のジドを背負っているため、徒歩での移動になる。

 ジドは使い方次第では強力な魔法の使い手といってよく、魔法を没収できる玄内に差し出すのが目的である。

 ふところにはミナトから預かった本も入っている。これは、ジドが持っていたものだが、ケイトにはどんな意味のある物なのかはわからなかった。

 ただ、ミナトから託されたからには局長サツキへ届けるのが責任だとも思っている。

 歩いている道の先――


「え?」


 ケイトは、愕くべき光景を目にした。


 ――なぜ、リラ王女が……?


 ちょうど、アルブレア王国の第二王女たるリラが、この街のなんの変哲もない民家に老婆と入っていったのである。


 ――リラ王女、確かに報告でも旅立ったと聞かされている。クコさんへの手紙にも、メイルパルト王国で再会する約束だと書き送ったそうだけど、もっと先にいると思っていた。船旅だということだし、港町アルバスには訪れても、このバミアドには来ないとも思っていた……。


 状況が読み込めない。


 ――考えてみれば、あとから追っているボクたちが追いつくこともあり得る。ただ、なんで民家に……?


 ケイトの足が止まり、思いを巡らせていると。

 またしても、ケイトを驚かせることがあった。

 後ろから、声がかけられた。


「おお、ケイトか!」


 振り返る。


「ヌ、ヌンフさん……」


 アルブレア王国騎士、米李芥淫怒府メリケイン・ヌンフ

 記憶では、ブロッキニオ大臣に取り入って力をつけていった人間である。ケイトとはあまり交流もないが、見知った仲ではある。年は二十八歳。いつも鷹揚に構えている、口の悪い騎士だった。

 ヌンフはつかつかとケイトの前まで歩み寄る。


「どうだ、調子は」

「はい。特に変化もなく……」

「ブロッキニオ大臣も寛大なお方だよな。おまえみたいなのを間者スパイとして送り込んだのはいいが、ただの報告係だもんな。やつらを暗殺して、いち早くクコ王女を取り戻せばよいものを」

「……」


 ケイトは目を伏せる。


「なんだ? その顔は」

「え……」

「不満でもありそうだな」

「いいえ」


 なぜだかケイトを見ると怒りが湧きそうになるヌンフだが、その怒りを追いやる方法を思いつく。


 ――そうだ。せっかくだし、適当にうその指示でも出してやるか。オレの命令でこいつが動く。気分がいいぜ。こうした命令は騎士団長クラスじゃねえとできねえしな。勝手に動いたことでもし処罰があるとすれば、こいつであってオレじゃない。オレはしらばっくれてりゃいい。


 内心できひひと笑って、ヌンフは思い出したような調子で言った。


「そうそう。ケイト。ブロッキニオ大臣からの伝言だ」

「伝言、ですか」

「なんだ? 不満か?」

「いいえ」


 ケイトとしては、なぜこんな騎士が自分への伝言役を務めるのかが引っかかるが、ヌンフは有無を言わせず命令した。


「今後も報告は続け、次に行くというメイルパルト王国で、クコ王女の剣を盗み川にでも捨てておけということだ。王女の剣『聖なる導きの王剣ロイヤルキャリバー』は王家に伝わる物。それを失えば、王女の国内での信頼も落ちる。今、王女が持つ王家の証はあれだけだからな。そしたら、そのまま組織を抜けてアルブレア王国へ帰って来い」


 本当は、今後も報告を続けるようにとのことづけを頼まれたに過ぎない。それなのに、ヌンフは独断で、剣を盗むことやそのあと組織を抜けることなども指示した。もしケイトが行動を起こしても、知らん顔で通せると考えて。


「……」

「聞いてるのか? ケイト」


 苛立ち混じりにヌンフは鋭い声を出す。

 ケイトはぐっと奥歯を噛みしめて、顔を上げた。


「ボクはもう、こんなことしたくありません!」

「なに……?」

「ブロッキニオ大臣も、みなさんも、クコ王女たちを誤解しています! 士衛組はみなさんが考えているような人たちではありません!」


 常に鷹揚な態度を崩さないヌンフが、ケイトの胸ぐらにつかみかかった。


「本気で言ってるのか?」

「ほ、本気です」

「やつらはブロッキニオ大臣と敵対することで、国家の秩序をかき乱そうとしてんだぞ! さらには、国王様にまで剣を向けようとしているというのに、貴様というやつは!」


 怒鳴られてもケイトは声を絞り出す。


「それはきっと、なにかの行き違いです。話し合えば、分かり合えるかもしれません」

「毒されやがって!」


 ヌンフはケイトを殴りつけた。

 馬乗りになって殴り続け、


「ったくよ! なんで! こいつが! ブロッキニオ大臣に! これほどの! 大任を! 任されんだよ! なにが! れんどう家始まって以来の! 魔法の才だ! なにが! 将来有望の! 騎士だ!」


 と、言葉を切るごとに何度も拳をケイトに浴びせた。


「このオレがまだ騎士団長になれてないのによ!」


 さらに一撃。

 その影響で、ケイトの服のふところから本が顔をのぞかせる。

 ヌンフは本を取り上げる。


「これはなんだ」

「あ、これはっ」


 ひったくるようにケイトが本を取り返す。


「なにすんだ!」

「大切な人から託された物だから、ヌンフさんにも渡せません」


 ミナトに、局長サツキへ届けるように頼まれた本なのである。

 しかしヌンフはケイトを殴ってまた本を奪った。


「なんかわからねえが、こいつは預かっておいてやる。大事そうにしてるってことは、やつにとっても大事なもんだろうしな。ケイト、オレはおまえなんかの相手をしてるヒマはねえんだ。おまえがいるってことは、この近くには『いろがん』もいるんだよな? 見つけ次第、叩き斬ってやらないといけないからよ」


 そう吐き捨てて立ち上がると、ヌンフはケイトに何発か蹴りを入れて、最後に言い捨てる。


「おまえもこれ以上毒されておかしなこと言うんじゃねえぞ。ブロッキニオ大臣の意思を忘れるな」


 騎士たちが去ってゆく。

 ケイトは起き上がって、口元の血を拭う。


「ミナトさん……」


 ――すみません。本、奪われてしまった……。


 それでも、運んでいる途中の盗賊のジドにはなにもされていなかった。再び、ケイトはジドを背負って歩き出した。

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