32 『クレイジーな妖しい形相』
サツキは、こめかみを一つ叩いた。
人差し指で叩くと、魔法が発動する。
《
人や物を透過して見ることができる魔法である。
フィルターの枚数に応じて透過する障害物の数を増減できるもので、こめかみを叩く回数によってコントロール可。
――あのカゴには、ロープしかないか。
現在、サツキは盗賊団のペラサという笛吹きとの戦闘が始まったところだった。
ペラサの持つカゴになにかあるかと思ったが、ロープが入っているのみである。
サツキはこめかみを二秒ほど長押ししてフィルターの効果を切った。
――しかし、あのロープが普通ではない。
笛の音色に合わせて、踊るようにロープがうごめいていた。
「まさに、蛇使いだ」
あまりサツキになじみのない形状の笛、プーンギーと呼ばれるもので、この音色によってロープの操作をする魔法とみた。
音色が、止まった。
ペラサが笑う。
「ぺひ。そうさ、そう言ったよな。わしは『バミアドの蛇使い』ってな。わしの魔法は《
そう言うと、ペラサの笛は音を奏で始めた。
チナミの相手は、女盗賊だった。
女盗賊は自己紹介する。
「アタイはネバー。『レッグホッパー』ネバー。ホントはあっちの着物の女をやりたかったんだけど、いいわ、アンタをとっちめてからにしてあげる」
ネバーが名乗ると、チナミは警戒しながらも名乗り返した。
「私はチナミといいます」
「あっそう」
ネバーはチナミの名には興味がない様子である。ネバーにとっての自己紹介は自分の名前を覚えさせたいだけらしい。
そんなことには感情を一ミリも動かさず、
「では、参ります」
チナミは身軽に動き出した。
扇子を舞わせてネバーに砂を吹きかける。
「《
が。
「《レッグホッパー》! へーい!」
ネバーは、びょぉぉぉぉぉぉんと高く飛び上がった。
砂嵐の上空にいる。
「意外とせっかちなのね、アンタ」
「……」
「でも残念、アタイの魔法はこのジャンプ力。どんな攻撃もアタイの脚さえあれば避けられるのよ」
ネバーが地面に着地する。
「もいっちょ行くわよ! 《レッグホッパー》! へーい!」
今度は、ネバーがびょーんとチナミに向かって飛んできた。同時に、腰から剣を抜き放つ。この地方ではシャムシールと呼ばれるもので、やや曲がった形状をしており、西洋のサーベルに影響を与えたとされる。アルビストナ圏の剣として、チナミも知識はあった。
――シャムシールを二本も使うんだ。二刀流。初めて戦う。
チナミも遅れることなく、愛刀『
「ひゅー。いい反応。やるじゃん」
クールで淡泊な表情のチナミだが、奥歯は噛みしめられている。
――スピードに乗って体重までパワーに変えてくる。しかも二本の剣。私の腕力だときつい。戦い方は選ばないと。
シャハルバードとクリフの相手は、魔法の使い手ではないようだった。
その代わりに、剣の腕は立つ。しかし二人はそんな盗賊相手にまったく引けを取らず、二人とも明らかに余裕を感じる。
「クリフ。さっさと片づけてしまおうか」
「わかりました」
「《
さっと、シャハルバードが斬り下げて、盗賊がぷかぷかと浮かんでしまった。
「うわああ! なんだこれー」
元
「あ! 武器が! あ、やば……」
スッと、クリフの短剣が盗賊の喉元に添うように当てられ、盗賊の力が抜けてしまった。ぺたりと座った盗賊は縛り上げられる。
そして。
クコは、妖しい笑みの女盗賊と向かい合っていた。
女盗賊の赤い髪が、テカテカ光っている。
それがまた不気味だった。
「アタシは燃えたことがない。どんな戦いも、アタシには物足りなかった。アナタはどうかしら?」
どうもクコに聞いているらしいのだが、クコのほうを見ているわけでもなく、自分の世界に入り込んでいるような印象を受ける。
だが、そこは実直なクコ、真面目に答える。
「わたしは強い方たちと戦ってきました。でも、あなたに負けるつもりもありません」
「燃えたぎるような刺激が欲しい。アタシはただのバーンとして生まれ、バーンとして死んでゆくだけなの? いいえ、まだわからないわ。アタシに熱い世界を感じさせて。パトスはきっとあるはずよ。シャングリラに行こう。アタシしか入れない、アタシだけのエデンはアアいずこ」
さすがのクコも、完全に自分の世界でしゃべり続ける人には、返す言葉を探すのは難しかった。
だが、それでもクコは言った。
「バーンさんとおっしゃるようですね! とにかく、わたしたち士衛組は盗賊を見逃せません! 勝負です!」
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