33 『相対誤差』

 トランプのババ抜きをしていたウメノは、チカマルの手札を目に穴が開くほど見つめる。

 そして、一枚に指をかけた。

 が、やめる。


「やっぱりこっち!」


 引いて、ウメノは笑顔になる。

 しかし、引いたカードがそろった様子でもない。

 トウリはそれを見てにこりと微笑み、優しく言った。


「それだと、ババが来なかったことがわかるよ」

「どうしてですか?」


 不思議そうなウメノに教える。


「うれしそうな顔をしてるのに、カードがそろった様子がないからだよ。つまり、ババを警戒してたけど来なかったんだ。同時に、姫の手札にはババがないことも読み取れる」

「すごいです!」


 そこまで読み取られても、ウメノは素直に感心していた。トウリは苦笑しつつウメノの手札から一枚引く。


「あ」


 トウリは手札にあった一枚といっしょに、この一枚も場に出した。


「はい、上がり」

「おめでとうございます。お早いです」


 にこにことチカマルが祝辞を述べるが、ウメノはぱっとチカマルの顔を見る。


「では、やはりババはチカマルさまが持っていたんですね!」


 チカマルはまた、にこっと笑顔を浮かべた。

 そのとき、襖越しに声がかかる。




「トウリ様。ミホです」


 鷹不二水軍測量艦の三姉妹の次女『ねむひめとうごうである。

 長女が『せんがんとうごう、三女が『こうかいとうごう。三人はいつもチームで行動しているから、来ているのはミホだけではないだろう。


「どうぞ」


 トウリが言うと、やはり三姉妹が入ってきた。長女サホが十七歳、次女ミホが十五歳、三女リホが十二歳になる。


「お手紙が届いています」

「スモモ様が出かけていたので、アタシたちが持ってきたんです」

「そうなんです」


 サホとリホはただの付き添いで、ミホがトウリの前までやってきて封筒を差し出した。


「ありがとう。だれだろう」

「差出人はアキさんとエミさんという方のようです」

「王都で出会った二人だ」

「あのアキさまとエミさまですね!」


 ウメノも知っている相手なので、懐かしさに笑顔を咲かせた。


「分厚いお手紙ですね」


 チカマルが微笑を浮かべたまま言うと、サホが呆れたように肩をすくめる。


「そうなのよ。なにが入ってるのかしら。お金だったらいいんだけど、そんなわけ……」

「そんなわけないよ」


 と、リホが横からつっこむ。


「アタシもそう言おうとしたの。それで、なんですか?」

「うん。写真みたいだ」


 トウリが封筒から写真を取り出した。すべてガンダス共和国で撮られたものらしい。何枚もあった。


「うわー。なんか踊ってるんですけど。キャラが濃い四人よね」

「ガンダス人のお友だちかなぁ? 四人で楽しそうに踊ってるね」

「遺跡の前でも遺跡の中でも踊ってるって、変わってる人たちですね」


 サホ、ミホ、リホと順に言って、トウリは楽しそうなアキとエミの写真を見てくすりと笑う。写真のガンダス人カップルは常に踊っていて、アキとエミがピースをしているときもガンダス人カップルはダンスをしながらカメラ目線なのである。一枚だけ親指を立てているポーズもあったが、これさえもダンスの一場面という感じだった。電車ごっこのようにガンダス人の青年を先頭に三人が肩に両手を置いてステップを踏む写真など、弾ける笑顔のアキとエミが見られてトウリは噴き出してしまった。

 トウリは手紙を読む。


「ボクたちはガンダス共和国の遺跡を巡ってます。アタシたち、写真もたくさん撮れたので、そろそろ西へ行きます。だって」


 横で手紙をのぞき見ていたウメノが顔を上げる。


「西だと、リラさまに会うかもしれません」

「そうだね。でも、この前彼女から届いた手紙のことを考えると、会うのはしばらく先になるね。追いつけない」

「それは残念です」


 リホはリラを思い出して、


「あの子にも会いたいなあ。でも、手紙も来てるなら無事に旅してるってことですよね」


 トウリを見やるが、その顔は穏やかながら複雑なものだった。


「たぶん。でも、あの二人がいないことで、なにかが変わってしまうこともあるかもしれないね」


 抽象的な言葉だったので、リホもそれ以上は聞けなかった。


「では、アタシたちはこれで」

「失礼しました」


 サホとミホが挨拶し、リホがやや心に引っかかりを覚えたまま、測量艦の三姉妹は部屋を辞した。

 チカマルがそっと言った。


「見えないことで心を悩ませても、お身体によくありません。さあ、続きをしましょう」

「そうですね」


 ウメノがトランプを手に取り、トウリは考える。


 ――える人がいれば、なにかわかるんだろうけど……。おれの知ってる中だと、そういうのが視える特殊な存在は一人だけ。彼には聞けないし、いつか吉報が届くのを待とう。


 リラ、キミヨシ、アキとエミ。

 彼らからの次の手紙を待つことにした。




「ちょっと視てみるか」


 リョウメイは数珠を鳴らした。


「《かい》」

「どうです?」


 王都。

 喫茶店、『喫茶あいの』。

 そこで、リョウメイとアサリが話していた。


「……なんや……あの二人が、おらんわ」

「あの二人ってだれですか?」


 スダレの問いに、リョウメイはさらりと答える。


「『ほしふりようせい』や。あるいは、『いたずらきなほし』。またあるいは……」

「『トリックスター』」


 とアサリが言って、スダレが首をかしげる。


「それって、『トリックスター』がいない物語、ですか」

「リラはん、苦しんでいるみたいやな。それから、サツキはんが仲間にしたって子も。こんな苦しまなくてよかったはずやのに」

「なにかが、乱れていると……?」

「トリックスターっちゅうのは物語に欠かせないものや。かき乱し、偶然を巻き起こし、それらを意図せず必然と結びつける。そして、すべてが運命の定めた道筋だったかのように幕を下ろしてくれる。が、それがいなくなると……」


 アサリが目を陰らせ、スダレはごくりと唾を飲み込んだ。


「いなく、なると?」

「本来、出会わなくていい人間同士が出会い、出会うべき人間同士が出会えない。本当はここで会えるはずだった人たちが、すれ違ってしまうってこと。そうですよね、リョウメイさん」


 姉妹のほうは見ず、リョウメイは首肯した。


「まあな。リラはんは、本当なら必要な出会いはもう果たしてる。だから、あとはいつお姉さんと会ってもよかったはずなんや。あの『トリックスター』がいれば、なにかの偶然の波を起こし、結びつけてくれた。が、あの二人はいない。嫌なもんもいくらか混じってるから、それは叶わへんやろな」

「嫌なもの……」

「……」

「今回はうまく解決したように思える物語も、次の物語に波紋を起こし、影響を及ぼすことになるやもしれへん」

「オレは、サツキくんのことも結構気に入ってる。リラのことは大切な仲間だと思ってる。オレはそんな二人のためになにかしてやりたいと思ってます」

「アタシもです」

「でも、無理や。ここにいるうちらにはできひんこともある。星を読むのが得意なうちでも、『いたずら好きな星』は予測外の存在やからな。もしかしたら、またいつか、あの二人が幸運を結んでくれるかもしれん。それに期待しよか」

「はい」


 とスダレは不安げにうなずく。


「そのときまで……」


 無事で、とアサリは願うばかりだった。

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