34 『差し向ける言葉の刃』
アルブレア王国騎士、
「いい気分だぜ。ケイトに命令を下して、ぶん殴って。さあて。あいつがどうなるのか見ものだな。ホントはこのまま報告を続けてりゃよかったのに、勝手なことすんだもんよ。ぬははっ」
首を動かす。
「しかし、『
晴和人らしき二人組から本を拾ってもらったあと、妙に本が気になった。
――ケイトがこの本を大事そうにしてたし、士衛組絡みの本に思えたが、関係なさそうなやつも気にしてやがる。この本にはなにがあるってんだ。士衛組には関係がねえのか?
思考がまとまらず、少し苛立ち始めてきた。
だが、冷静になろうと務める。
――いけねえ。ついオレが怒りに支配されるところだったぜ。怒りってのは、煽ってなんぼだ。オレの魔法《
それが、ヌンフの哲学にもなっていた。
怒りは人間の持つ感情の中で、もっとも愚かな感情だと思っている。
そして同時に、利用できる感情でもあった。
ヌンフが余裕を繕って歩いていると、また晴和人がいた。
――またか。ち。晴和人ってなんで見てるだけでこんなにムカつくんだ?
舌打ちが出る。
晴和人を見るとイライラしてくる。ついさっきも冷静さを意識していたばかりなのに、どうしてだろうか。おそらく、敵対する士衛組の大半が晴和人だからだろう。
その晴和人は、まだ少年のようだった。
たったひとりで、この暗い夜の町を駆けている。
――浅葱色のだんだら模様。後ろでまとめた髪。そうか、あいつが『
確か、ケイトの報告にあった名前である。
――ちょうどいい。あいつを痛めつけ、捕らえ、クコ王女を引っ張り出すとするか。
ニヤリとヌンフは笑った。
声をかける。
「士衛組!」
少年の足が止まる。
ヌンフとの距離、約十五メートル。
「
「ええ。そうですが。あなたは?」
ミナトは、静かに聞き返した。
「オレは
「ああ」
とつぶやき、ミナトは冷めた目になる。
「なんだ? アルブレア王国騎士と聞くだけで、怒りでも湧いて来たか? まあ当然だよな。おまえらにとって大事な道具……飾り物の王女を狙う悪党とでも聞かされてることだろうからな」
「……」
答えないミナトを見て、自分の予想が当たったと思い言葉を続ける。
「だが、それを理由にオレたちと戦おうなんざ愚かなことだぜ。クコ王女は実の親である国王様に刃向かおうとする不届き者だ。それをまるでオレたちアルブレア王国の騎士が悪いように言ってやがる。そんな妄想の世界にいる迷惑王女に手を貸すおまえらも、本当に国家規模に迷惑な不届き者だよ」
「……」
「言葉もないってか!」
と、ヌンフは笑う。
――いいぞ! 怒れ! 怒りは人間の持つ感情の中で、もっとも愚かな感情だ! もっと怒りを煽ってやる!
ヌンフは声を張り上げる。
「それにしてもよ? ジャストンもエヴォルドも使えねえやつだったな。エルゲンなんて気が狂ってやがる。騎士団長だってのにバスタークとかオーラフとかもてんでダメ。ナサニエルも左遷がお似合いな雑魚。あんなのがいるからアルブレア王国の騎士が舐められる! おまえも戦ったことあったか
目線だけ後方へやって、ヌンフはほくそ笑む。
――ぬはは。オレの後ろにくっついてくるだけの使えねえ部下どもも、エヴォルドたちの名前を出したら苛立ち始めたぞ。ジャストンは本物のクズだからいいとして、エヴォルドは意外と正義感のあるやつだったし、慕ってるやつも結構いたからな。エルゲンもなぜか一部に慕われてたか? バスタークも実力主義者で尊敬されてたし、オーラフは実力もあって兄貴肌だってことで人気があった。が、所詮は士衛組とかいう連中に負ける程度のやつら。ぬはっ、こいつらの怒りもオレの糧になる。
自分の力がみなぎってくるのがわかる。
――しっかし、なんだこいつは。ちっとは反応しろよ。薄気味悪い。自分の世界にでも入ってやがったのか?
あまりにも無言を貫くので、ヌンフは言った。
「おい! おまえ、オレの言ってること、わかるよな?」
呼びかけられて、ミナトは目をまるく見開いてヌンフの顔を見返した。
「あ。終わりました? なにか呪文みたいに自問自答なさっているような風でしたから、ご自分の世界に入り込んでいるのかと思って、あなたが我に返るのをお待ちしていました」
「あーん?」
ヌンフは顎を前に突き出した。
――おっと、いけねえ! あいつ、オレの作戦に気づいたか? 怒りを抑えて、逆にオレを煽ってきやがるたぁな。むしろこう考えるべきだ。あいつも、相当に我慢の限界に来てる! じゃあトドメだ!
勢い込むようにしてヌンフは言った。
「おうおう! さっき、ケイトとかいうアルブレア王国の騎士に会ったんだけどよ? なんだよありゃ! ほんの少し話しただけでわかる! 無能の根性なしだよな! オレの指揮下に入れてやろうかとも思ったがその価値もないクズだ! だってよ? 大事な人から預かったっつう物すら守れない腑抜けだぜ? あいつが持っていても宝の持ち腐れだからオレがもらってやったよ。なんの役にも立たねえってのはああいう輩を言うんだな! ぬはっ、ぬははははははっ!」
哄笑してみせる。
きっとミナトも怒りを覚えるだろう。
いくら澄ました顔でいようとしても、相手が仲間想いであればあるほど難しくなる。
そう思っていると、やはり、一気に力がみなぎってきた。
――お、来た来た。力がみなぎる。とすると、もしかしたらさっきまでは本当に話を聞いてなかったのか? いや、エヴォルドたちはこいつの知り合いじゃなかったってだけだろう。だが、ケイトは違う。やっぱり身内を罵ってやるのが一番だぜ。ケイトのヤツ自身もすっかりこいつらの仲間気分なんだもんよ。
部下たちの怒りと合わせて、力が完全に最大までアップした実感がある。
――来たー! 五倍まで強化されたぞ! これだよ! この力だ!
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