7 『善場蛍蔵は何度でも語る』

 料亭から、青年と少女が出てきた。

 青年は二十歳くらいと若く見える。長い髪はややくせ毛で、後ろで束ねられている。身長は平均的で、穏やかな美男子だった。灰色の着物と深い緑色の羽織を優雅にまとっている。

 少女は十歳か十一歳かといったところで、おかっぱ頭に梅の形の髪留めが目立つ。華やかな薄紅色の着物が似合い、明るく元気な瞳と笑顔を見せている。


「トウリさま。やっと終わりましたね」

「うん」


 たかとうとみさとうめ

 二人は、本日の目的を果たしたところだった。

 にこりと穏やかに微笑してトウリが言った。


そうくにとの会談はうまくいった。姫、ご苦労様」

「はい。姫はがんばりました。自分の魔法で喜んでもらえるとうれしいですね」

「うん。良い心の働きだね、姫」

「届けてもらったアレンジメントフラワーもきれいでうれしそうでしたね」

「あとでスモモにはまたお礼を言っておこうか」

「でも、気になるのは、料亭のお庭を通り過ぎて行った人です。騎士の人が男の子を追いかけていましたよ」

「おれは見ていなかったけど、その子の特徴は?」

「暗くてハッキリとは見えませんでした。帽子をかぶっていたので」

「へえ」


 ふと、トウリは昼間『喫茶あいの』ですれ違った少年を思い出す。なんだか記憶に残った少年だった。

 急に、ウメノはお腹を押さえる。


「トウリさま?」

「なんだい?」

「姫は、まだ食べ足りません」


 トウリはおかしそうにくすりと笑った。


「そうだね。上品な料理だった代わりに、分量は少なめだったかも」

「おいしかったのですが、もっと食べたいです。今からちょっとなにか食べませんか?」

「そうしようか。姫はなにが食べたい?」

「わーい! 食べたいものならたくさんありますー!」


 くるっとウメノがターンした。

 ちょうどそこに、同じくターンした少女がぶつかった。


「いててー。ごめんねー」


 振り返った少女の頭には、ぺんぎんぼうやのお面がついている。正面には日の丸が目立つサンバイザーがあった。


「ごめんなさい。大丈夫ですか?」


 ウメノが謝り返すと、サンバイザーの少女はまぶしいくらいの笑顔でウメノの頭をなでる。


「大丈夫大丈夫! あなたこそ大丈夫?」

「はい! 元気もりもりですので」

「よかったー」


 少女といっしょにいる少年も、同じく日の丸のサンバイザーをしている。カエルのお面を二枚重ねて頭の横につけていた。二人は年も身長も同じくらいに見える。十代の半ばから後半で、一六五センチほどだろうか。

 少年が言った。


「ボクはアキ。こっちがエミだよ」

「よろしくね!」


 元気溌剌な挨拶をするアキとエミに、トウリとウメノも挨拶する。


「私はたかとうといいます。こちらがとみさとうめです。よろしくお願いします」

「姫はウメノです。よろしくお願いします! なかよくしてください。アキさま、エミさま」


 ウメノが短い腕をあげて言うと、


「トウリさんとウメノちゃんか!」

「うん、なかよくしよーう!」


 道の真ん中で陽気に踊り出しそうな二人といっしょに、ウメノも笑顔を咲かせていた。

 ウメノはアキの頭の後ろにあるカエルのお面に気づく。


「あ! かえるおうじです!」

「好き?」


 アキがお面を外すと、緑色のカエルと重なったもう一枚も出てきた。ピンク色のカエルのお面である。


「かえるひめですね! 姫は、かえるひめが好きですよ」

「そっか! じゃあこれは友好の印だ!」


 と、アキがウメノにピンク色のカエルのお面を手渡した。


「ありがとうございます! わーい!」

「トウリさんにはかえるおうじをどうぞ!」

「どうもありがとう」


 お礼を言いつつ、トウリはお返しになりそうなものを探す。ふところから、取り出した。


「私からも。受け取ってください」

「なにこれ?」

「船のチケット?」


 トウリは微笑む。


「先程いただいたものなんですが、私は使いませんので。もし海外に出る予定があれば代わりに使ってください」

「すごーい! お面がチケットになったー!」

「アキやるー!」


 二人は、お面と海外行きのチケットが価値として釣り合わないことなどまるで気にせず喜んでいる。

 それを見てトウリもなんだかうれしくなった。


 ――ここまで喜んでもらえるなら、あげた甲斐がある。おれは今のところ、しばらくは晴和王国を離れられないしね。


 さっき会談したそうくにからいただいたものだが、自分が使えないものなら喜んでくれる相手に渡ったほうがいい。

 アキが言った。


「今からご馳走しますよ!」

「お礼にね!」

「なんでも言ってください」

「こう見えてもちょっとはお金もあるんですよ」


 ウメノがトウリを見上げる。おねだりするように目をキラキラさせて、


「トウリさま」


 苦笑して、トウリはうなずく。


「わかったよ」

「わーい」


 と、ウメノが両手をあげると、アキとエミも万歳した。「バンザーイ」と往来で声をあげる。


「じゃああそこのお寿司屋さんでいいですか?」


 アキに聞かれて、ウメノが返事をした。


「はい。姫はお寿司大好きです」

「ここの大将のケイゾウさんは気前がよくってノリもいいんだから!」


 エミのお墨付きの寿司屋『ほたる』に、四人は入ることになった。

 店主であり板前のぜんけいぞうは、メガネをかけた陽気そうな人だった。弾ける笑顔で迎えてくれる。


「へい、らっしゃい! お? だれかと思えばアキちゃんにエミちゃんじゃないの! 久しぶりだね!」

「ケイゾウさん、こんばんは!」

「お久しぶりです!」


 親しげに話すアキとエミ。


「こんばんは! ウメノといいます」

「元気なお姉さんだね! ウメノちゃんよろしくね

「よろしくお願いします!」


 お姉さんと言われてウメノはご機嫌だった。


「そっちのお兄さんは?」


 ケイゾウに聞かれて、トウリも挨拶する。


「トウリと申します」

「へへへ。トウリさんもいい面構えで!」


 カウンターに座って、注文を済ませると、アキはケイゾウに声をかける。


「そういえばさ、ケイゾウさん。なんだか今夜の王都は騒がしいね」

「んん?」


 うれしそうな顔で軽快なステップを踏みケイゾウがやってきた。出たぞ出たぞと言いたげに、まくし立てる。


「なんだい、アキちゃん。知ってるの? いや、その口ぶりは知らないね? ここだけの話――なんでも、出るんだってよ」

「え! 出るってなにが?」

「気になるー!」


 好奇心旺盛なアキとエミに、ケイゾウはおかしそうに笑いかけた。


「はっはっは! 今日、この話をしたらその子たち二人は怖がってくれたんだけど、アキちゃんとエミちゃんは違うねー! 出るのは、人斬りさ」

「人斬りぃー!?」


 アキとエミとウメノが声をそろえて大げさに驚き、三人がイスごとひっくり返った。

 その反応がうれしいのか、ケイゾウは雰囲気を出すように声を落として、


「なんでも、夜になると出るらしい」


 と、しばらくは独壇場といった調子でしゃべりまくった。

 話が一段落して。

 おしゃべりのケイゾウも別の客の相手をしに行かなくてはいけなくなり席を離れたところで、トウリはお茶を一口飲んでアキとエミに質問を投げかけた。


「ところで、お二人はどうして王都に?」

「友だちに会うためです」

「でもいつ会えるかは運なので」


 と、アキとエミは答えた。


「本当は、壊れちゃったボクのカメラを直してもらうためにもすぐに友だち――玄内さんに会いたかったけど、あの人どこ歩いてるかわかんないしね」

「そうそう。ま、このへんにいれば会えるよ」


 アキとエミの目的は、『てんさいはつめい』玄内にアキのカメラを修理してもらうこと。

 トウリは彼らを見て微笑む。そっとつぶやいた。


「今宵の王都で無数に散らばった想いをいつか繋げるのは、この二人かもしれないね」




 王都に集まった人々は、それぞれの目的のためにこの幻想都市で入り乱れる。

『万能の天才』たる玄内は、どこにいるのだろうか……。

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