8 『誘神湊は今日も王都の夜を謳歌する』
晴和王国。
首都、
『王都』と呼ばれる、人の集まる世界最大の都は、今宵も幻想的な灯りに彩られ、怪奇と風流を謳歌していた。
橋の上で立ち止まり、少年は振り返る。
後ろで一つに束ねられた長い髪が揺れ、その顔からお面が外される。
少年が見返ったのは、彼と同じ年頃の少年であった。ハットをかぶっている。すれ違ったその少年がなんとなく気になったが、無言で視線を切った。
また前へ向き直り、お面をつけて素顔を隠し、雑踏に溢れる視線をかわすように歩き出す。
別の橋に来て、欄干に腕を乗せた。
夜桜を眺め、少年が詠嘆する。
「綺麗だなァ」
にこにこと花見をする。
たったひとりで、人通りも気にせず、夜風に舞う桜吹雪を堪能していた。
「月もこんな大きいや。雰囲気だねえ」
風流を楽しむ少年――
「街の灯りは燃え上がる。ますます不思議色に染まってゆく」
四月の柔らかい風に優しく吹かれ、透けるような桜の花びらが悠々と舞う。
「いやあ、不思議だなァ。王都って不思議なところだ。どうしてこんなに月が美しいんだろう。夜桜が素敵で仕方ない。いなせだねえ」
ミナトの背後をカメが歩いてゆく。
カメは、和服に身を包み、着物の上から甲羅をしょっている形に見える。片手にマスケット銃があった。マスケット銃は肩にかけている。
視線の端に、通り過ぎたカメが映る。
さっきも気になる少年とすれ違ったものだが、このカメはなぜマスケット銃など持っているのだろうか。
興味を引かれ、ミナトは振り返ってカメに声をかけた。
「こんばんは。マスケット銃とは射的の帰りですか? いなせだなァ」
「まあな。ちょっと撃ってきた。おまえのお面も粋じゃねえか」
渋い声だった。ダンディーなカメに、ミナトはうれしそうに答える。
「いただいた物なんです。昼間仲良くなった方たちでして」
「おれの知人にもそのぺんぎんが好きなやつがいるが、いい趣味だと思うぜ」
「えへへ。ありがとうございます」
照れるミナトに、カメは語を継いだ。
「その腰のもん、おまえのか?」
「ええ、そうです。人様のものは差せませんよ」
おどけたように言うミナトをじっと見て、カメは言った。
「それほどの名刀を持ってると、人斬りに狙われるぜ。気をつけな、あんちゃん」
「はい」
ミナトが一礼すると、カメは橋の向こうへ歩いていった。
月明かりと提灯に照らされた道の先に消えてゆく。
夜の涼風に変じた春風を感じながら、ミナトはつぶやいた。
「おもしろい方だったなあ。それに、この刀のことも一目で見抜くのは普通じゃないねえ」
ぺんぎんぼうやのお面を横にずらす。
「でも。ご忠告はありがたいが、この刀は手放せなくてさ」
後ろから妖しく近寄る足音に、ミナトはふわりと振り返る。
立っていたのは、月明かりを背に、刀を構えた人物だった。
ミナトは穏やかに問うた。
「あなたが、人斬りですか?」
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