18 『どっちも。ですかね』

 夕日が沈むまで、残り一時間を切った。

 六点を集めたが、必要数は七点。

 残る一点がまだだった。

 士衛組一同は外に集まっていた。


「残る一点、オレはどうしてもフウサイを捕まえたい!」


 そう言ったのはバンジョーだった。

 サツキはうなずく。


「それには同意だ。俺はなんでも、最後までやり切らないと気が済まない。ここまで来たら、『ふうじん』フウサイさんに挑みたい」

「わたしも賛成です」


 クコも手をあげて賛意を示し、ルカとナズナとチナミも順番に、


「そうね」

「みんなが、やるなら……!」

「全員でかかればなんとかなるかも」


 それらを聞いて、玄内が一同を見回す。


「決まりだな。戦略はどうする?」


 そのとき、スッと木の陰からフウサイが姿を現した。

 フウサイが呼びかける。


「捕まえられるものなら、いつでも。何人がかりでも構わぬ。逃げ切ってみせるでござる」


 そこにフウジンがやって来て、


「さて。フウサイもそう言っております。アキさん、エミさん。お二人も参加していいですよ」

「やったー! 楽しそう!」

「よーし! 捕まえちゃうよー!」


 アキとエミが意欲満々にはしゃぐ。


「はやる気持ち全開だ!」

「行っくぞー!」

「では、みなさん頑張ってください」


 フウジンがくるっと背を向けて屋敷内へと歩いて行った。

 サツキがみんなに指示を出す。


「とにかく、追いかけっこになります。今日いっしょに行動した班ごとにフウサイさんを追ってください」

「はい」


 最初にクコが返事して、みんなも各々返事をしてゆく。


「アキさんとエミさんは二人一組でお願いします」

「了解!」


 とアキとエミが声をそろえて返事をする。


「始まる前から楽しいな。なんだか止まってた風が動き出したみたいに見えるんだ、フウサイくん」

「うん! わかる。うれしいくらいに手強そう!」


 二人が瞳をきらめかせて気合を入れる。


「それでは、行動開始です」


 サツキの合図でみんなが動き出す。

 そんな中、玄内がバンジョーに言った。


「おれは後ろからついて行く。おまえが考えて動け」

「押忍!」


 全員がフウサイめがけて駆ける。

 中でもバンジョーとアキとエミは思いっきり正面から追ってくれている。そのため他の二班は先回りして待ち伏せるなど、戦略を立てることができる。

 アクロバットなフウサイの動きに、バンジョーとアキとエミは食らいつく。


「待ちやがれフウサーイ!」

「やっぱりすごいやフウサイくん!」

「楽しいー!」


 屋根の上を走り、木々をすり抜け、池の橋の欄干さえも足場にして、跳んで跳ねて回って転がって、屋敷の中も走る。そのたびにバンジョーは仕掛けには引っかかって壁にぶつかったり転んだりしても、すぐに起き上がり、アキやエミたちに追いつき、いっしょにフウサイをめがけて走る。

 またすぐ屋敷の外に出る。


「……」


 チラッとフウサイはサツキを見て、すぐ後ろをがむしゃらに追いかけるバンジョーも確認し、アキとエミとの距離も測って池を飛び越えた。

 これまでのように忍者がどこかに潜む形式と違い、随分と激しいものだった。

 サツキはそんな彼らに圧倒される。


 ――まるでパルクールみたいだな、あの四人。だが、もっとも驚くべきはアキさんとエミさんだ。あんなに動けたなんて……。いや、二人はキック力が上がるスニーカー《キックストロング》がある。あの魔法道具があれば……。


 そこまで考えて、サツキは二人の足元の黒さに気づく。


 ――違う。忍者衣装じゃないか。じゃあ、アキさんとエミさんは《キックストロング》がなくても相当に動けるのか……。


 つい固まってしまっていたが、我に返り再び駆け出す。


 ――そうだ、いつまでも見ているわけにはいかない。チナミもああいった動きができそうだし、ナズナは飛べる。だったら、俺たちは考えて動くしかない。


 時折、待ち伏せしたナズナとチナミが弾むような動きで飛びかかるが、それすらもかわされる。

 身軽なチナミでもフウサイを捕まえるのは至難のようだった。

 だから、サツキは考えることにした。


「クコ、ルカ。俺たちはさらに三手に分かれよう。残り時間も少ない。フウサイさんを逃げ場のないポイントまで誘導しようと思う」

「わかりました」

「で、その作戦は?」


 ルカに聞かれ、サツキは二人に作戦を説明した。




 広い敷地内を縦横無尽に駆け巡ったフウサイを追う一同。

 そんな中、サツキとクコとルカは三手に分かれた。

 クコは屋敷内への逃げ込みを塞ぐように。

 ルカは屋根の上へと続く道を残すように。

 サツキは、バンジョーやみんながフウサイを追い詰めるのを見越して先回りする。


 ――フウサイさんは、クコとルカが遮断したルートを避けるはず。そうなれば、残るは一本道。


 その行き着くポイントでサツキは待つ。


 ――ただ、この配置だと、最後には屋根の上に逃げられてしまう。そこをルカに防いでもらう。


「もう時間もねえ! 逃がさねーぞー! うおおおお!」


 バンジョーの声が聞こえ、フウサイが姿を見せた。

 追いかけっこもサツキの予想通りのルートで行われ、屋敷への侵入口を塞ぐように立つクコを避け、フウサイはルカからも距離を取って進み、サツキの前まで来た。


「……」


 しかし、フウサイは地上にいるサツキのことを簡単によける。木に足をかけて蹴り、屋根に飛び乗る。


「ルカ」


 サツキの声で、ルカが手のひらを向けた。


「《とうざんけんじゅ》」


 フウサイの進む先にクナイの針山を出現させ、屋根の上を移動できなくする。

 すぐにバンジョーも屋根に飛び乗り、フウサイに近づく。


「よっしゃ! 逃げ場はもう――」

「なに!?」

「うわあ!」


 アキとエミがバンジョーに続いて屋根に飛び乗り、驚いた。

 フウサイはクナイの先端を足場に、平然と飛び越えてしまった。


「あんなことまで!?」

「うそ……」

「やられた……」


 クコ、ルカ、サツキとリアクションし、空に飛んだナズナも「あ」と声を漏らして見失ったようで、チナミだけが屋根を走るフウサイを地上から追いかけようと屋敷の裏手に回って行った。

 驚愕するアキとエミは同時に感心もしており、


「それでこそフウサイくん」

「すごーい」


 と拍手した。

 アキとエミもすでに飛んでおり、その先にはまだクナイの針山が咲き乱れている。それを、アキがエミの足を両手で下投げするように飛ばし、高く跳び越えたエミが今度はアキにロープを投げる。アキがロープをつかみ、エミが引く。

 エミが先に屋根の上に着地し、遅れてアキも着地した。

 見事な連携だった。

 だが、バンジョーは違った。

 フウサイがクナイの先端に飛び乗ろうとしたときには、バンジョーはすでに屋根から飛び降りていた。


「先生」


 飛び降りた先にいた玄内が銃を構えていた。


「逃したか」


 渋い声で吐き捨てる玄内。

 バンジョーはじぃっとそんな玄内を見て、真顔で答えた。


「いや、逃がしてねえ」

「ん?」

「だって、ここにいるんだからよ」


 と、バンジョーは玄内をタッチした。


「聞かせてもらおうか」


 玄内の問いに、バンジョーはニカッと笑った。


「だって先生は言ってたぜ? 仲間でも協力できねえってな。だから、本物の先生なら手伝わない! まして銃を構えるなんてしねえのさ」




 その頃、屋敷内では、里長のフウジンがこんな話をしていた。


「『ばんのうてんさい』たるあなたが手を貸さないのはわかります。あなたの力があれば試練にすらならない。しかし、どうしてフウサイと入れ替わることを許したのですかな?」


 玄内は冷笑する。


「単なる気まぐれですよ。バンジョーがあのちびっ子と追いかけっこしてる間に、フウサイがおれに接触し、入れ替わってもらえないかと持ちかけてきたことには驚かされた。おもしろいと思った。だから受けたんです」

「それは、フウサイとバンジョーさん、どちらのために?」

「どっちも。ですかね」


 フウジンは「そうですか」と小さく笑った。


「それで、どうですか? フウサイは。実は、あの子は父こそ鳶隠ノ里の忍びですが、母はきじかげくにの忍びでした」


 王家に仕えると噂される雉影ノ国。しかしその素性がまるで知れないらしい。


「それでもわしは雉影ノ国のことは未だよくわかりません。が、いずれにしても、フウサイは有能な忍び同士の子です。風に隠れる魔法《風神》を使うことができ、普通なら攻撃を受けることさえありません。風の中を渡り移動することもできます。特にこの里は『風の迷宮』とも呼ばれる、よく風の吹く土地。フウサイが最大限力を発揮できる場所。ゆえに世間では『無敵の忍者』とあだ名され、『天才忍者』、『風神』などとも騒がれていますが、まだまだ未熟なものだとわしなんかは思うのですが。ねえ、玄内さん」

「本物の天才ですよ。未熟な部分もあるが」

「孫を見る目は甘くなるもので、フウアンもフウカもかなりのくノ一になると思ってます。しかしフウサイはそれが不思議と逆に、まだ外に出すのが不安にも思えるんですよ」

「どこも不思議じゃありません。ただ、我々と旅に出るというのは、こう言っちゃなんだが、フウサイにとっても悪くない選択になるかと」

「わしもそう思います。だからこそ、彼らには頑張ってもらいたい。そして、フウサイをもらっていってもらいたい」

「そうしたいねえ。あの馬鹿が天才と紙一重でありそれだけじゃないなら、あるいは……」

「もう、夕日も沈みますなあ」


 フウジンは窓の外を見た。




 屋敷の庭では、バンジョーが腰に手をやった。


「そうだろ? フウサイ!」


 ドロンと薄く煙が出て、玄内がフウサイの姿に変わった。


「《へんげんじゅつ》。これは我がよるとびの一族の他は、できる者もほとんどない忍術でござる。しかし、言動は調べが足りないとボロが出る」

「すげえ技使うじゃねえか。でも、なんで先生になってたんだ?」

「そのほうが安全と思ったまででござる。それゆえ、玄内殿に打診し、入れ替わらせてもらったでござる」


 サツキも歩いて来て、なるほどと納得した。


「バンジョー、ありがとう」

「いいってことよ!」


 ビッとバンジョーは親指を立てた。

 屋敷の裏手に回っていたチナミが戻ってきて、ナズナも空から降りてくると、アキとエミも屋根から飛び降りて身軽に着地する。クコとルカも寄ってきて、みんながバンジョーを称えた。


「やりましたね」

「す、すごかったです……!」

「ばんざーい!」

「ばんざーい!」

「ありがとうございます! バンジョーさん!」

「お疲れ様でした」


 そして、しゃべっているうちにフウカがひょっこり顔を出し、フウアンもやってきて、


「おめでとうでござる! チナミ、ナズナ」

「第一の試練突破、おめでとう」


 と二人も祝ってくれた。

 そのあと、フウジンと玄内がいっしょにやってくる。

 フウジンが一同を見回し、にっこりと大きくうなずく。


「夕日は、今沈みました。それまでにフウサイを捕まえ、これまで集めた六点と合わせて十一点。第一の試練、文句なしの合格です」

「よくやったな」


 玄内に褒められ、バンジョーは得意になって胸をそらした。


「やったぜぇーい! なっはっは!」

「フウジンさん。第二の試練は……」


 サツキが言いかけると、フウジンはゆったりと歩き出し、振り返った。


「第二の試練は、明日行います。今日は一度お休みになってください。夕食にしましょう」

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