22 『明善朗と福寿笑は結末を変える』

「勝負だ!」


 サツキの宣戦布告に、オーラフは楽しげに口の端をつり上げた。


「いいだろう。元よりそのつもりさ」


 両の拳を身体の前に下ろした構えで、サツキはじっとオーラフの動き出しを待った。


 ――一撃で決める! それまでは相手の攻撃を捌きながら、魔力を溜め続けるんだ!


 オーラフは飛び出した。


「さあ、終わらせてやる! 『いろがん』! キミの野望も、武士道も! 《ブロッケージ・パス》に負けはない! スナイパーは狙った獲物を逃さないのだ!」


 そんなオーラフを凛然とにらみつけ、サツキは剣撃を避けて回し蹴りを叩き込む。


「おるっふ!」


 声が漏れるオーラフ。


 ――なにがあった? さっきまでと、パワーが桁違いだ。いや、倍にはなっても、それほどの変化ではない……か? 油断していたようだ。


 気を引き締めようとするオーラフだが、サツキの動きはキレを増し、手刀、足刀、と背中に打ち込み、振り返ったオーラフが鮮やかに剣を舞わせても、左腕を外へと回すようにぐっと上げて払い、右手の指先を猫の形にし、その右手のひらでオーラフの顎を突き上げた。いわゆる掌底である。

 頭に響く一打に、オーラフはぐらりと脳が揺れ、下がって唾を吐く。


「本気になったか。そうこなくちゃおもしろくない」

「っ」

「今度はこちらからいくぞ! オーラララララララッ!」


 オーラフの連撃が繰り出される。

 それらを紙一重に受けては避け、何カ所にも傷をつくりながらうまく間合いに入って、素早い手刀を浴びせるサツキ。

 形勢は、ほとんど互角に見えるが、それでもオーラフに分がある。

 動きが格段によくなったサツキも、オーラフに大きなダメージを与えられていない。対して、サツキはオーラフの連撃を完璧に捌くことはできず、いくつも傷をつくった。先程の脇腹の傷と合わせれば、ダメージを受けた量は明らかにサツキのほうが多い。

 さらに、依然としてペースはオーラフが握っている。

 ここで、オーラフは距離を取った。


 ――剣を相手に一歩も引かない精神力、見事だ。しかし、オレはこの一撃で終わりにする。


 深く腰を落として、剣を逆手に持ち、サツキの視線からは剣が見えないように右手を後ろに引いて構え、「ホワアアアアアァァァァ!」と力を溜めて、オーラフは言った。


「次で仕舞いだ! くらうがいい! 必殺、《アッパースルースラッシュ》!」


 オーラフは、逆手に持った剣を腰より下げた形で全速力で駆け出した。

 剣を見せないから予測を許さない。

 かなり低い体勢であり、横から薙いでくるものだとサツキは考えたが、斬り上げる可能性も充分ある。

 サツキの《いろがん》は、ギリギリになってオーラフの筋肉の収縮を見る。


 ――手首を、ひねるのか!?


 そうなると、斬り上げるということだろうか。右後方へ飛んで避けようとしたが、サツキの動きは読まれていた。斬り上げると思われた軌道がさらに変わる。手首のひねりは、まだ終わっていなかったのである。


 ――そんな動き、ありなのか……!


 相手の重心や筋肉の動きさえ見えて先読みできるサツキは、オーラフのすることがわかってしまった。

 オーラフは、手首をひねり、アッパーでも打ち込むかのような拳の動きをしてみせたのである。むろん、逆手に剣が握られているから、剣の刃がオーラフの身体を横に斬るようにすり抜けた。彼の魔法《ブロッケージ・パス》があるからこそできる芸当だった。

 今のサツキの体勢では、オーラフが一秒動きを止めてくれたとしても対処しようがなかった。


 ――間に合わない……!


「ルゥアァァーッシュ!」


 サツキの脇が開き、左腕がオーラフに斬り落とされてしまった。


「うわああああああ!」


 あまりの激痛と衝撃に、サツキはこれまでの人生で発したこともないような声でうめく。


「トドメだ!」


 容赦なく放たれたオーラフの言葉。

 目の前を落下する自身の左腕を見つめ、もはやサツキの思考は緩やかな停止に入りつつあった。

 だが同時に、こんな声も聞こえてきた。


「サツキくんがぁぁあ! アキ!」

「わかってる! 《じゅうびょうもどし》」


 エミが叫び、アキが魔法を唱えたらしかった。


 ――十秒……戻し?


 緋色の瞳は、その二人を捉えた。

 次の瞬間、サツキは目を疑った。


 ――腕の痛みが……いや、場面が、戻ってる!


 これだけで、サツキは戦況を理解した。アキが魔法を使い、本当に言葉通り時間を十秒だけ戻したのである。


 ――目に関する魔法を防ぐことができる俺は、目で元の映像だけを記憶したまま、時間の巻き戻しと共に忘れることがなかった。そういうことなのか? でも、今はそんなことどうでもいい!


 オーラフの次の攻撃もわかる。

 避けたほうへと、アッパーを打ち込むように斬り上げるというもの。

 判断する時間は五秒ほどしかない。

 アキとエミが叫んだ。


「サツキくん、逃げろー」

「横に避けちゃダメー!」


 そんな助言を聞かずとも、サツキはすべきことがわかっている。


 ――ありがとうございます。アキさん、エミさん!


 サツキは、身体をひねって後ろ向きに指をついて、しゃがんだ。親指と人差し指と中指を地面につける。

 オーラフはというと、時間が戻る前にして見せたのとまったく同じ動きで手首をひねり、剣を自身の身体に通過させようとしたところで、異変に気づく。


「なにィ!?」


 しゃがんだサツキは、オーラフの剣の下に潜り込んだ。剣が空を切るようにサツキの残像を斬り上げる。オーラフはリーチが長い。つまり手足が長いせいで、サツキの上空を拳と剣が通り抜けてしまったのである。

 無防備になったオーラフの顔面に、後ろ蹴りを入れる。


 ――り!


 空手の型にある蹴りで、両手を地面について、身体をそらせた状態が海老に似ているからことから、サツキの先生はそういって教えてくれた。正式な名前はそんなものではないのかもしれないが、オーラフを倒せればいろんな理屈はどうでもいいことだった。

 顔面を蹴られ膝が伸び上がったオーラフに、サツキは間髪入れず、振り返り様に右の拳を叩き込む。


「《ほうおうけん》!」


 練り上げた魔力を、一気に解き放つ。


「はあああああああああああぁっ!」


 今持てるすべての力を込めた拳が、オーラフの腹にめり込んだ。

 刹那、オーラフはその衝撃で後方へと突き飛ばされた。


「おるっふァァァァ!」


 悲鳴を上げて宙を漂うオーラフ。

 その身体は、橋の手すりに引っかかるようにして仰向けになって背中を打ちつけ、オーラフは気を失った。

 サツキは溜めに溜めた魔力を使い果たしたことで倒れそうになるが、片膝をついて踏みとどまる。肩で息をしながら勝利を悟った。


 ――やった。勝った……! 見えたぞ、ナズナ。限界の向こう側が。ただ……まだ俺の実力で見られた景色じゃないのが、今は悔しい。


 空にいたナズナも、胸を押さえて呼吸を整えるようにし、ふらふらと力が抜けるように降りてきた。


 ――よかった……本当に、よかったよ……。


 ナズナはそのままぺたりと地面に座り込んでしまう。

 サツキはまず、ナズナにお礼を言った。


「ありがとう、ナズナ。おかげで、実力以上の力が出せたよ」

「い、いいえ……」

「ものすごく、勇気をもらえた」


 やっと意識がはっきりしてきたのか、ナズナはくすぐったそうに頬を桃色に染めた。それからナズナは聞いた。


「サツキさん、わたしも……戦えて、いましたか?」


 サツキはしかとうなずいた。


「うむ。もちろんだ」


 ――よかった。


 と、ナズナは思って息をついた。

 そこに、アキとエミが駆けつけてくる。


「やったー! すごいやサツキくん!」

「おめでとーう! バンザーイ!」

「バンザーイ!」

「バンザーイ!」


 アキとエミが喜んでバンザイし、サツキは二人にぺこりと頭を下げた。


「また助けていただいて、ありがとうございました。本当に、なんとお礼を言っていいか」

「なんだかよくわからないけど、勝ったんだったら笑おうよ!」

「サツキくんには笑顔が似合うよ! スマイルだよ! ほら、《笑顔ノ合図ハイチーズ》!」


 つい、サツキも笑顔になってしまう。

 さらにエミがピースサインをした。

 エミの《ピースサイン》は安全祈願の魔法にもなっている。

 そこまでしてもらうと、サツキもなんだか安心してきて、力を抜いてしまいたかった。

 だが。

 まだ本当の終わりではない。


「久しぶりだな」


 この声に、サツキが振り返った。

 バンザーイと両手を上げたままアキとエミも振り返る。

 その先にいた声の主は、アルブレア王国騎士だった。サツキがこの王都で戦った騎士ではない。また、バスタークでもなかった。

 以前、見かけた顔。

 名前は確か、フンベルト。

 現在は一人だけらしい。


「サツキくんの知り合い?」

「さっきの人と同じ服着てるし、敵なの?」


 アキとエミが心配してサツキに聞いた。


「はい。知り合いというより、敵です」


 答え、サツキはクコとの会話を思い出す。


 ――『リンクス』フンベルト。彼は、《とうフィルター》という魔法を使うと記憶していたが、戦闘力はどうなっているんだ……? 今の俺にはもう力がほとんど残ってない。切り抜けられるのか……。アキさんとエミさん、ナズナの三人だけでも逃がす方法は……。


 考えながら、サツキはゆっくり口を開く。


「世界樹の根元で会って以来ですか」

「よく覚えてたな! て、おお、お、オーラフ騎士団長!? あの最強のスナイパー、オーラフ騎士団長が!?」


 フンベルトは、のけぞらんばかりに驚いている。『武装殺しコアスナイパー条須央羅伏ジヨーンズ・オーラフが負けるなど、フンベルトには信じられなかった。


「おまえがやったのか?」

「ええ」


 サツキは虚勢を張って答える。


 ――無理して、無理を重ねて、ナズナの力を借りることで限界を超えて戦って、本当は立ってるのもやっとなんだ。少しでも回復する時間を稼がないと。


 この虚勢はフンベルトに効いたようで、さっきまでの余裕がなくなっている。

 体力を回復させる時間を稼ぎつつ、オーラフ騎士団長がやられて困惑気味なフンベルトに圧力を加えるため、サツキは質問する。


「狙いはなにかね」

「ふ、フン! 『いろがん』、貴様はお呼びではない。我々は、『純白の姫宮ピュアプリンセス』を連れて帰ることだけが目的なんだ。もし邪魔をするのなら、貴様ら全員始末するだけだ!」


 フンベルトは剣先をこちらに向けて、宣戦布告した。


「始末するだと!」

「そんなの絶対させないんだから!」


 アキとエミが言い返す。

 本当はこの善良すぎる二人を巻き込みたくはない。だが、ここからはいつフンベルトが動き出してくるかわからない。

 サツキは目を光らせる。

 フンベルトが口元をゆがめた。


「《透過フィルター》」


 魔法を使ったらしい。


「二枚。三枚。フン。失望した。見るからに弱そうだからどれほどな武器を使うかと思えば。貴様ら、まるで大した武器もないじゃねえか!」

「武器も必要じゃない戦いだったのだ。拳のほうが有効だったのでな」

「や、やっぱりコイツ、オーラフ騎士団長に……ふ、フン、強がりめ! もう答えるつもりもない。オレの剣戟だけで勝てるぜ。よく見ればおまえ、ヘトヘトでもはや力も出ないってツラだな。怪我までしてるしな。この『リンクス』新治水分減門ニーチェス・フンベルトがとどめを刺してやる」


 満身創痍のサツキを見て徐々に冷静さを取り戻したフンベルトは得意そうに言い切った。

 サツキは構えようと腰を落とす。足に痛みが走る。


 ――まずい。ここまで疲労が……!


 ナズナがサツキの横顔を見て、


 ――わたしには、わかるよ……サツキさん、今にも崩れそうで、壊れそうで、いっぱいいっぱいなの……。本当は、また勇気をあげたい。でも、このまま戦わせたら……サツキさん、ぼろぼろになっちゃう……。


 目に涙を溜めて、ナズナは歌った。


「元気を。まずは、元気を……あげます。《げんうた》」


 綺麗な歌声。

 サツキの体力が少しずつだが、回復し始める。

 それでもまだまだ痛み止めにさえならない。それほどに疲労は積もっていた。


「逃げて! サツキくん!」

「ここはボクたちが!」


 エミとアキが交互に言って、サツキの前に立つ。

 しかし構えなどなく、ただ守ろうとするように両手を広げるのみである。


「行くぜーい! まずはおまえら二人からだー!」


 フンベルトが剣を振って威嚇する。


 ――アキさんとエミさんを、守らなきゃ! さっき助けてくれた二人を、なんとか……! なのに、力が出ない。ナズナも歌ってくれてるのに、力が足りない。なんて不甲斐ないんだ……。


 サツキは奥歯を噛みしめる力さえ出ない。


「とぉーうりゃああああ!」


 フンベルトが駆け出した、そのとき――。

 後ろから、渋い声がした。


「やめときな。あんたらじゃあ勝てねえぜ」

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