21 『勇気ノ歌は城那皐を鼓舞する』

 サツキとナズナの二人は、『武装殺しコアスナイパー条須央羅伏ジヨーンズ・オーラフとの戦いを開始した。

 オーラフは二対一も意に介さず、サツキの出方をうかがっていた。

 刀の鯉口を切ったサツキに、ニヤリと口元をゆがめる。


「オレを斬ることは、不可能だと教えよう。オレはどんな武器を持つ相手にも負けたことがないのさ」


 剣を構えたオーラフは、そのまま動かない。


「尋常に」


 先に、サツキが動いた。

 駆けて行き、距離を詰めて袈裟に斬る。

 が。


 ――まだ、動かない……?


 微動だにしないオーラフの不気味さに、サツキは嫌な予感がした。


 ――でも、もう引けない。


 正面にまっすぐと立てるように構えられた、オーラフの剣。

 その横からサツキの刀が振られた。

 しかし、その刃は――。

 空を切った。

 否、オーラフ本体の身体はまだそこにあるのに、


 ――斬った感触がない!


 と思われた。


 ――まずい。なにかが、まずい。このまま振り切ったら、死ぬ。


 残像でもなく、目の前にはオーラフが見える。

 アルブレア王国騎士騎士団長、条須央羅伏ジヨーンズ・オーラフ

 彼が何者なのか、文字通り実体のつかめない恐怖がサツキの背中を走った。

 オーラフの身体の途中で刀をピタッと止め、サツキは刀を消す。

 帽子にしまった。

どうぼうざくら》の効果、望むの《ぼう》によって、テレポーテーションのように帽子の中に収納した。同時に、腰の鞘も帽子の中に転移させる。

 刀が消えたおかげで身軽になったサツキは一気に後方へと飛び退く。

 オーラフは、すっと構えを解いた。


「やるじゃないか。まさか、もうオレの魔法の正体に気づいたのか?」

「……」


 息を整え、それから言う。


「確証はありませんが」

「聞かせてもらおうか。オレの魔法についてわかったこと。そして、キミの魔法について」

「……」


 ――俺の魔法がどれだけ知られているか、それはわからない。だから、警戒として黙秘する。だが、オーラフ騎士団長の魔法についてはしゃべってもいいだろう。


 サツキは言葉を選ぶ。自分の目の魔法と、アキとエミにもらった帽子の効果は情報を与えぬように。


「あなたの身体は、視認できる。しかし攻撃はすり抜けた。残像のようなものかと思ったが、少し違う。あなたは、動かないことで、俺の隙を作ろうとしたからだ。つまり、見えるけどすり抜ける状態になれる。そう導き出せる。さっき砂煙でまこうとしたとき、通りを先回りしてきたのも、すり抜けられればショートカットが可能となり、あながちあり得ないことじゃないと言える。そして、『武器を持つ相手に負けたことがない』と言ったことから、対戦相手の武器をすり抜けることで勝利を収めてきた経験があると思われる。裏を返せば、素手の相手には勝てるとは限らない。したがって、素手はすり抜けられないが武器はすり抜けられる魔法になり、もっと言うと物体のすり抜けのみ可能、人体のすり抜けは不可とみた。だから、『武装殺しコアスナイパー』。いかがでしょう」


 オーラフは笑い出した。


「おわっはっは!」


 笑みをたたえたまま、オーラフは言った。


「ご明察! あの誇り高き『とうしょう』バスタークくんが破れたのも、偶然ではないのかもしれない。頭脳だけならばな。そう、オレの魔法は物体のすり抜けを可能とする、《ブロッケージ・パス》」

「障害物をすり抜けるってわけか」


 サツキのつぶやきには反応せず、オーラフはくつくつと笑う。


「思いも寄らなかった。あそこで刀を止めるなんて。本当なら、オレはキミが刀を振り切った瞬間に魔法を解き、無防備なキミを斬るつもりだったんだからな」

「……」

「それがどうだ、いつどの方向へキミが刀を振り抜くか。それを見届けてから斬る予定が、キミの刀は消えた。オレも咄嗟のことに斬れなかった。こんな経験は初めてだったぜ。しかもオレの魔法をもう看破したんだからな。いや、知ってたのか?」


 今度は、サツキが問いに答えずに、長く息を吐く。

 サツキは慎重だった。


 ――「知ってた」と言えば、相手は自分の弱点を守りながら戦う方法を取るなど、俺の意図しない工夫をする。逆に、素直に「知らなかった」と言えば、内心でほくそ笑み、隠していた奥の手をとっておきの場面で繰り出す計算をされる。ここは黙るに限る。


 だから、サツキはすぅっと空手の構えを取る。曲げた左腕を前にした、上段の構えである。


「だったら、俺は素手で相手になります」


 オーラフは額当てに手をやる。


「そう来るか。『いろがん』、キミはそんな真似もできるんだな」


 相変わらず、絶対的に自分のほうが強いと確信した顔で、


「よろしい。相手になろうじゃないか。だが、オレは剣専門なんだ。キミが丸腰だからと言って手加減しないぜ」


 と、オーラフは剣を構える。

 冷たい春風が吹き、オーラフが声を上げる。


「行くぞ!」


 突進するオーラフに、サツキは構えた状態で待ち受ける。


 ――前は、クコがいた。だから不思議と怖くなかった。今は、正直怖い。拳の震えは闘志をきつく握りしめれば止まる。でも、心の震えは、立ち向かうことでしか止まらないだろう。だから、俺はオーラフ騎士団長に挑戦する! 全身全霊を持って!


 オーラフの剣が振り下ろされた。

 サツキはふところに入り込むようにして、オーラフの手首を受け止める。両手で拳を握ってクロスさせ、剣を振り下ろそうとするオーラフの手首を、下から抑える恰好である。

 くるっと回りながら横を通り抜けたサツキは、腰を落として突きを繰り出す。拳がオーラフの脇腹に入るが、オーラフの鎧はそのダメージを軽減する。

 打たれてもひるまず次の攻撃を繰り出し、剣を振り回すオーラフと、それらを避けながら蹴りや手刀を浴びせるサツキ、二人の応酬は流れるように速かった。

 ナズナはそんな二人を上空から見て、


 ――どうしよう……。怖くて、なにも……できないよ……。チナミちゃん、クコちゃん……。わたし、歌いたいのに……。頑張ろうって、思ってるのに……。


 下からの風がナズナを巻き上げ、身体はふわりとさらに高い場所まで来る。

 視界には、少し離れた場所にある、歌劇団の劇場が見えた。

 今の時間、少女歌劇団が歌っていることだろう。

 不意に、ナズナはリラと昔いっしょに行った歌劇団の舞台を思い出す。


 ――あのとき、歌ってキラキラしてた歌劇団のお姉さんたち……わたしが、すごいって言ったら、リラちゃんは言ってくれたんだよね。


 もう一年以上前だろうか。

 リラは歌劇団の舞台を見ながら言った。


「ナズナちゃんは歌が上手だから、きっとあんなふうに輝けるよ」

「そ、そんなこと、ないよ」

「ううん。リラ知ってるよ。ナズナちゃんが歌ってるとき、あの舞台の人たちよりもキラキラしてるの」

「リラちゃんのほうが、輝けそうだよ?」

「違うよ。ナズナちゃんは、リラよりもすごい歌が歌えるんだもん」


 発作的によみがえった記憶に、ナズナは拳を握りしめ、決意を固める。


 ――わたしの歌が、必要だって、チナミちゃんが言ってくれた。クコちゃんは、わたしの力を求めて、この王都まで来てくれた。リラちゃんが、ちょっぴり、わたしに自信をくれた。わたし、歌います。サツキさんのために!


 ちょうど、眼下の戦闘では、サツキがオーラフの剣に脇腹を斬られたところだった。

 着物が切れて、腹にも届いているだろう。

 サツキは脇腹を押さえ、距離を取る。血が着物に滲む。


 ――やっぱり強い。俺の拳も蹴りも、まだパワーが足りない。悔しい……! 泣きたくなるくらいだ。でも、だからって戦うのをやめるわけがない!


 オーラフが余裕綽々に言った。


「どうやら、勝負あったようだな」


 しかし、サツキは小さく微笑む。


「なにか、勘違いされてるらしい」

「ん?」

「それも当然だ。俺はまだ言ってなかったから。言うつもりもないが」


 口の中でそう言って、サツキは奥歯を噛む。


 ――限界を超えないと勝てないってわかってた。無理するって、最初から決めてたんだ。無理した先に、限界を超えた向こう側がちょっと見えるかもしれない。俺の希望は向こう側にあると思うんだ。その向こう側に手をかけるためには、今からが本当の勝負なんだよ。ここからが本番だって、最初からわかってるんだ、俺は。


 頭に浮かぶのは、クコとルカとバンジョーの顔、そしてこれから仲間になってくれるかもしれないナズナの顔。力を貸してくれてるチナミの顔。いつも元気をくれるアキとエミの顔。


 ――みんなの顔をもう一度見るには、生きて勝つしかない。だから、俺は会心の一撃をお見舞いする。ただもがきあがくような、長い長い一撃を。心は決まってるけど、すくんでくれるなよ、俺の足。


 不利な状況、思い知らされる力不足。それでも、サツキの闘志は消えてない。

 ナズナにもそれが伝わった。


「サツキさん!」


 思ってもないナズナの力強い声に、サツキは顔を上げた。


「ナズナ……」

「わ、わたしが、勇気を……あげます!」


 宣言して、ナズナは歌い出した。

 十四番目の丸い月の輝きを背に広がるのは、天使のような愛らしくも綺麗な歌声。

ゆううた

 ナズナが持つ歌の中で、力を与える歌である。ナズナは伝えたい力や気持ちをすべて歌に託した。


 ――サツキさんの気持ち、伝わったよ……。だから、届けたい。一番側にいるわたしが、あなたの勇気になりたい。怖くても戦って、頑張らないと……そうしないと、クコちゃんと再会できても、笑顔になれないって思うから。わたしは、サツキさんの勇気になって支えます!


 強者を自覚するオーラフには、未知の歌を観察するゆとりもあった。


「歌、か。しかし……どうなるというのだ?」


 一方のサツキは、届けられた歌により、力がどんどんみなぎってくる。


 ――身体の奥底に眠っていた力が、目覚めていくみたいだ。力があふれ出していく。


 ぐっと右の拳を握ってみて、サツキはそれをハッキリと実感する。

 さらに、《げんうた》も交えて歌っているために、チナミの家のときのような癒やしの効果で、脇腹の痛みもやわらぐ。


 ――戦える。戦えるぞ! ありがとう、ナズナ。その勇気、受け取らせてもらった。無理のしがいもあるよ。この戦いで、俺は見られるかもしれない。限界の向こう側を……!


 気力が高まってきたサツキにも、オーラフはもう実力はわかったと言いたげに言葉を投げる。


「『いろがんしろさつき。キミではやはりこの『武装殺しコアスナイパー条須央羅伏ジヨーンズ・オーラフには勝てない。武道もたしなむらしいが、動きが基礎でしかない。基本通りの動きがオレに通じるとでも? 洞察力と推理力には感心するが、その程度の武力で我らアルブレア王国騎士に歯向かうとは、恥を知れ」


 サツキはまっすぐな瞳で言った。


「俺は、長く培われ受け継がれてきた基礎や基本が、一番力を伝えられる形だと信じている。そうした武道と精神美を俺に教えてくれた人たちや先人たちに恥じない鍛錬をしてきたつもりだ」

「フン。なにを言うかと思えば」

「笑われようと見下されようと、俺は自分の重ねてきたものを信じるよ」


 冷静に、しかし強い熱気を込めたサツキの言葉に、オーラフは笑った。


「おかしなやつだな、キミは。それで勝てるつもりか。王女と国を守るナイトのつもりか?」

「ナイトじゃない。俺は、クコといっしょに頑張るんだ」


 そう約束した。

 魔力コントロールがまだまだクコに追いつけないことも、魔力を込めた武道の動きを体得するためにクコ以上の修業が必要なこともわかっている。それをこなしながら、クコと共に一歩ずつ頑張ろうと約束したのである。


 ――修業も、勉強も、戦いも、進むときも、全部全部頑張る!


 そうしないと、約束がなかったことになる。


 ――約束をなかったことにはさせない! ナズナには勇気ももらった。力もあふれている。あとは戦うだけだ。負けない!


 サツキは、両手を身体の前で下げ、拳を握る形で構える。

 そして、キッと目をあげ、鋭く言い放つ。


「勝負だ!」




 サツキの勝負が佳境に入った頃。

 チナミは屋根の上を走りながら通りをうかがい、やっと、『おうばんにん』を発見した。


 ――いた。


 あの羽織と提灯に間違いない。王都見廻組組長・おおうつひろである。


「いちにっ、いちにっ、いちにっ」


 ヒロキは声を出して走っている。大幅のストライドである。

 タンっと高く跳び、くるくると膝を抱えて回転し、チナミはヒロキの目の前に着地した。

 降り立ったチナミに気づき、ヒロキはその場で足踏みしながら言った。


「おや。キミは、海老川さんのところのチナミくんだね。相変わらず動きがいいなァ、チナミくんは」

「いいえ」

「それで、わしになにか用かな」

「組長さん、応援を頼みたいのですが」

「うん。いいだろう。人斬りが出たと連絡があって飛んで来たが、人斬り事件とは関係あるかい?」

「たぶん、関係ありません。アルブレア王国騎士です」

「それも事件ならば、わしら王都見廻組の出番に変わりない。事態は急を要するようだ。案内してくれるかい?」

「はい。走っていいですか?」

「もちろん!」


 二人は走り出す。ヒロキはストライドが大きく、チナミはその分足を動かす。ヒロキはチナミの小さな背中に声をかける。


「バンジョーくんが言ってた事件はこっちかもしれないな。長年の勘がそう告げているよ」

「?」


 知らぬバンジョーという名に、チナミは一瞥をくれるのみである。


「しかしチナミくん。あんまりこんな時間に出歩いていちゃいけないよ」

「すみません。なにか起きそうで、見過ごせなかったもので」

「頼もしいなァ、チナミくんは」


 あっはっは、とヒロキが笑って、チナミが振り返る。


「急いでいいですか?」


 うんとヒロキがうなずき、


「それがいい。わしは現場主義でな。事件は現場に行かなくちゃ始まらないと考えている」

「同感です」

「よし。行くぞ」

「はい」


 場所もわからないのにチナミの前へと勇み足に走り出す江戸前なヒロキに遅れまいと、チナミもスピードを上げて駆け出した。




 アキとエミは、先程友人になったトウリとウメノの二人と別れたあと、ちょっと買い物を楽しみ、おでん屋で一杯引っかけてからまた玄内探しをしていた。

 王都をぶらつき、ちゃっかり夜桜も楽しんでいる。


「これはいなせってやつだよ!」

「だね! ミナトくんが言いそう」

「うん、ボクもそう思って言ってみたんだ」

「ミナトくんも夜桜を楽しんでるかな?」

「風狂人だからね。玄内さんにも負けないくらいにさ。だからきっと夜桜に乾杯してるよ」

「ルカちゃんも風流を楽しめてるといいなあ。クコちゃんとサツキくんもね」

「あとさ、エミがお面屋さんの場所を教えてもらった――」

「チナミちゃんだね! ナズナちゃんも。二人はどうしてるかなあ」

「ん? あれ?」

「どうしたの? アキ」

「あそこ。空にナズナちゃんが見える。歌ってるよ」

「うそ!?」


 エミが前を丸くして顔を上げて空を見ると、確かにナズナが空を飛んで歌っていた。


「なんだかわからないけど行ってみよう!」

「だれか応援してるみたいな顔だもんね」

「頑張ってる人がいるんだ」

「よーし、ナズナちゃんといっしょに応援しよーう!」


 空気を読むのは苦手なくせに、人の表情はよく読み取れる二人である。頑張っているだれかのために、アキとエミは軽快な足取りで走り出した。

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