20 『誘神湊は四大人斬りを相手に舞う』
二人まとめて相手にする。
穏やかにそう啖呵を切った少年を、ガモンとイッサイという人斬りはにらみつけた。
「『
そう言ったのは、イッサイだった。ついに本性を現した。彼は、逆上すると丁寧語ではなくなり、方言が出る。糸のように細い目もくわっと、三日月のように開く。『冷笑の死神』から笑みが消える。
「おいはそこの人斬りには邪魔をされた恨みしかねえでごわすが、そっちは後回しにしててめえを斬ってやるでごわすか?」
ミナトはガモンに聞かれて、ふふっと笑った。
「聞かれたから答えるが、ご遠慮願いたい。斬られるつもりはありませんよ。一方的に斬らせてもらいます。この王都で暴れる人斬りは許せないんでね。御用を改めさせてもらいますぜ」
「貴様、見廻組にでもなったつもりたい!?」
イッサイが鋭く言い放つ。
同時に、イッサイは剣を抜き、ミナトに斬りかかっていた。
逆袈裟斬り。
イッサイの得意技である。
が。
からん、とイッサイの刀が地面に転がった。
ミナトはにこにこと笑って首を横に振る。こちらもいつの間にか抜いていた刀を鞘に戻して、
「まいったなァ。そんな偉いもんじゃァないですよ。ただ、僕はこの王都が好きなんです」
動揺したイッサイが、口を震わせる。
「き、貴様……。いつの間に」
「あれ? 見えませんでした?」
ミナトの笑みを前に、イッサイはゾクリと背筋が震える。
――見えなかった。奴は本当に剣を振ったのか? それだけじゃない……。
「拙者の剣を、払い、飛ば……した……?」
――バカな。拙者は決して握る力を抜いてなどいなかった。だのに、だのに、拙者の愛刀、大業物・
そんなイッサイのつぶやきなど無視して、ミナトは緩やかに言う。
「僕の好きな、昔と変わらぬ王都であって欲しいねえ。いつまでも、いつまでも……」
「変わらない!? ごわわ?」
引っかかったのは、ガモンだった。
「おや。顔が変わりましたね。捕縛してから取り調べでいいと思ったが、先にお二人のことを聞いておきましょうか」
「さっきからずっと余裕ぶりやがって何様どん!」
「僕はただの流浪の剣士、
「誘神湊、おいは変わらないことは罪だと思ってるでごわす! 伝統、現状維持、保守、そういったもんが世の中を悪くするどん!」
「考え方は人それぞれだが、僕は伝統って大好き。変わらないどら焼きの味は素敵だと思うなァ。百年以上継ぎ足したうなぎのたれも好きです。ここ王都にはね、そんな伝統の技術や味や風流ってのを受け継いでいる店が多いんですよ。現状維持にするのも、人それぞれだ。僕は剣の高みを目指すから、剣についてだけは維持する気もないがねえ」
「じゃあ、てめえは、『幕末の四大人斬り』のおいどんらを倒して最強の剣士になりたいとかってミーハーでごわすか!?」
ガモンが食ってかかるが、ミナトは悠然とした歩調で夜桜を仰ぎ、小さく首を横に振った。
「剣は人を斬るものではありませんよ」
「じゃあこの刃物は、なんだって言うどん! まさか、大切な物を守るためとか言うんじゃないでごわすか? そんな寒い答えは笑えないでごわすよ? おいは守るとか変わらないとか、大大大大ッッッッ嫌いどーん!」
ミナトは声を出して笑い出す。
「あはは。そんな簡単なこともわからないから人を斬ったことしか誇れないんですよ」
「どういう意味でごわす!?」
人斬りの名を軽んじられたガモンが噛みつくが、ミナトはひるまず、さらりと自分の考えを述べた。
たった一言、
「剣は道です」
と。
「ごわごわごわ! ごわごわごわごわごわ! アアくだらないどん! じゃあてめえは、人を殺したこともないでごわすか?」
せせら笑いながら聞くガモンに、ミナトは当然のようにうなずいた。
「むろんです」
「ごわごわごわごわごわ! こりゃあ傑作どん!」
笑われてもミナトはまったく気にせず、瞳に力強い色をたたえる。
「僕は確かめたい。この道の果てにあるものを。それだけなんです」
「ごわぁっ! それがくだらないどーん!」
斬りかかるガモン。
「ごわわ?」
しかし、刀が空を切って前につんのめる。ガモンが慌てて振り返ると、ミナトはガモンの数メートル後ろを歩いている。
「今、なにが……」
目をしばたたかせるガモンをミナトは無視し、今度はイッサイに問いかけた。
「あなたはなんのために人斬りを?」
冷静に戻ったイッサイは、先程ミナトに軽く払われた刀を拾って手に持ち、構え、真剣な目で答える。
「拙者は、人を斬るため。人を斬り、病の妹を治療するためたい」
「なあんだ。そう聞くと、いい人にも思えてくるなァ」
「《
ミナトはイッサイの魔法を聞き、がっかりしたようにぼやく。
「関係のない人を千人も疫病にかけるなんて、とんでもない悪人じゃないか。しかも、すでに百人に病気をばらまいていましたか」
それから、ミナトは思い出したように独り言を口にする。
「ああ、そういえば。昔、リョウメイさんが言ってたなァ。鬼は疫病の神様だから、疫病が流行るときは鬼が強くなるって。鬼の絵本が流行ったときも、疫病のときだった。そして、逆もまた然り。鬼が強くなると疫病は猛威を振るうらしい。互恵関係だと言ってた。引き寄せの法則とかなんとか。僕にはよくわからないが」
「なんの話たい?」
イッサイに聞かれ、ミナトはさらりと答える。
「陰陽師の友人の話です。怪異の専門家なんですよ。占星術も得意だし、戦術家でスサノオさんの軍監もしてるし、剣もかなりの腕です」
「おいは今日、この良業物『
ガモンが横から割って入り、居合いの構えをしている。
「おいの居合いは、光の速さ。軒先から雨粒が地面に落ちるまで三度抜刀したことがあるでごわす。さっきは逃げられたが、今度こそ叩き斬ってやるでごわす!」
ミナトはそれを一瞥すると、川に視線を移す。
「船旅はお好きですか? ガモンさんとやら」
「嫌いどん! だが、国外に行くハイカラは好きどん!」
「はは。ただの海外好きでしたか。じゃあお連れしましょう。今宵はちょうど、《
「関係ない話はやめて、勝負どォォォォォーん!」
腰を落とし、ガモンは居合いの構えを解いた。
次の瞬間、ガモンは距離も一気に詰めてミナトに斬りかかっていた。高速の居合い斬りである。
ガモンの刀とミナトの刀がぶつかった。
キィーン、と高い音を立てる。
刀は、つばぜり合いの形になる。
「これを受けるとは、褒めてやるどん。だが、血を吸ったおいの全力の怪力の前では……ごわ? ごわあぁあああ!」
ガモンは力を入れるが、山を押そうとするみたいにビクともしない。この力勝負、形勢はガモンが悪かった。
「血を吸ったと言っていましたね。そうやって力が強まる魔法ですか。でもあなたの全力は見られたのでもういいかな」
つばぜり合いからミナトに押され、ガモンが橋に背中をぶつけた。
「くっ! ごわわァ!」
ガモンはもう一本の刀を抜いた。
「おいは二刀流! 本気を見せるでごわぁぁあす!」
二本の刀でミナトに斬りかかるガモン。
「へえ」
ミナトは薄く微笑を浮かべると、突きの構えを取った。
トン、と。
足音が一つ鳴る。
刹那、ガモンの左右の刀が突かれ、左の肩も貫かれた。右手はなんとか握っているが、左手の刀は手から弾かれる。
神速の三段突きであった。
「《
「ぐおお! 負けないでごわす! ごわわァ!」
右手の剣だけでまたガモンが斬りかかろうと踏み出すと、目の前のミナトがいなくなった。
「ご?」
――背中に、手?
背中に、手が触れられた感覚があった。
ガモンが首を後ろに向けたようとしたが、
「ごわァ!?」
そんな余裕はなかった。
自身の身体は宙に浮いていたのである。
それも川の真上、どこからどう出現したのか、ガモン本人がわからない。
「さようなら」
耳元でミナトの声がしたかと思って首をねじらせ振り返るが、そこにミナトの姿は見えない。
――いや、橋の上でごわすか?
当のミナトは、橋の上にいた。
さっきイッサイとミナトとしゃべっていたその橋まで、五メートル以上もある。
自然の摂理で、ガモンの身体はそのまま落下運動する。
落下した先は、船の上だった。
小さな船をこぐのは、河童のような、人ではないような存在だった。妖怪にも思われる。この王都にはいろいろな魔法が跋扈する。
船に足を着けると、絡め取られたように動かない。
「てめえええええ! おいは、こんなところで――」
叫ぼうとするが、身体が黒い影に取り込まれるようにして、周囲が見えなくなってゆく。声も真空を震わせるように、自分自身にも聞こえなくなってしまった。
船はもう、ミナトとイッサイからは見えなくなっていた。
ミナトは川面を見おろしながらつぶやく。
「《
「一人は始末したってことたい?」
イッサイは、苛立ちをこらえて聞いた。自分の頭の上に立って川面を眺める少年に。影が見えなかったせいで頭上にいたことにも一瞬気づかなかった。
「完全に見えなくなってしまいましたねえ」
「いつまでいるたァーい!」
ぶんとイッサイが頭の上へと刀を回すが、そこにミナトはもういなくなっていた。
ミナトは闇をたゆたうように欄干の上を歩きながら問う。
「一人いなくなっちゃいましたが、まだ千人斬りはやめないんですかい?」
「当然たい!」
「順序の変更は可能だと話でわかったが、ターゲットの変更もありですか。イッサイさん、その魔法の秘密、教えてください。その刀じゃないと千人斬りは数えないんですか?」
「その通りたい! 拙者の魔法は愛刀『
「じゃあこれ以上の問答は不要だ」
「最後に、拙者に貴様の魔法を教えるたい!」
「わかりませんでしたか?」
「み、見えなかったたい!」
じりっとわずかに動き、構えたままのイッサイが叫ぶ。
ミナトは呆れたように言った。
「僕はわかったかって聞いたんだけどなァ」
その声が、イッサイの後ろから聞こえた。
「《
向き合っていたはずなのに、もうミナトの姿は目の前になく、イッサイが振り返ったタイミングで足を払われ、イッサイは尻もちをついた。
刹那。
キン、と金属音が鳴り、イッサイの手に握られていた
「お二人共、魔法を教えてくれたので、僕だけ教えないのも見せないのも公平じゃありませんから。でも、ガモンさんは僕の魔法に気づいたかなあ?」
イッサイがそれに気づいて手元を見たとき、
「ひ、ひそ……」
「これで人斬り事件は終わりかァ。あっけないですね」
「きき、貴様……!」
そこで、イッサイは電撃に打たれたように肩を震わせる。
「思い出した! かすかな噂で、聞いたことがある。『
――化け物め……これほどまでの『神速の剣』になど、勝てるわけがない。
ミナトは自分の噂など知らないのか、首をかしげて聞き流して、
「妹さんのことは残念でした。でも、関係のない人たちに疫病をまき散らすのはやめていただきたい。恥を知りなさい。それが武士の守るべき名誉だ」
「拙者は、妹さえ……」
「もしまだ人斬りをやめないのなら、今度はその腕をもらいますが、どうされますか?」
「……う、うわああああぁぁああ」
声を張り上げ、イッサイは泣き出した。悔しさの涙だったのか、悲しさか、無念か、それはわからない。
だが、ミナトは冷たい顔で空につぶやく。
「関係なく死んだ人たちが、どんなに無念だったか。でもね、救いがない世の中じゃァありません。名医はいます。たとえば、この王都には玄内先生という名医がおられるそうです。そのお方は都市伝説みたいなもんで、他にも、僕の知人がいる
『神速の剣』
イッサイは、いつまでも泣き続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます