11 『怪盗は犯行声明以外の足跡は残さない』

 和服姿のサツキとクコとルカは、いろいろな店を眺めながら歩く。

 サツキが、ふと足を止めて言った。


「実用性と持ち運びを考えると、扇子なんかどうだ? 俺も向こうの世界では持ってた」


 そう言われて、クコは気持ちも切り替わったのか、胸の前でぽんと手を合わせた。


「いいですね。扇子」

「あると落ち着くんだ」


 子供らしくないものを好むところが、この少年にはあった。扇子が好きで、手元に置いておきよく扇ぐ。時代小説などクラスのだれも読まないものを読みもする。だからそんなサツキには、内心この工芸品の店が建ち並ぶ通りは目の輝きが変わるほどおもしろい。


「いろいろありますね」


 店内に入って扇子を見て回る。

 様々種類がある。

 五十過ぎの男性の店主が声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。扇子をお探しですか?」

「はい」とクコが答えた。


 この店主は誠実そうな人だった。


「ちょうど最近仕入れたばかりの扇子がありまして。囲碁や将棋の棋士の方々にも愛用される特別な品なんです。『めいじん』のかわともひろ先生もうちのを使ってましてね」


 そんなうたい文句を聞き、クコは質問した。


「特別とは、どのように特別なのですか?」

「こちらの棚に並ぶものに限り、魔法道具になっております」

「魔法道具ですか」

「はい。《ぶんてんかんせん》といいます。扇子を開いて閉じる、という動作をするだけで、頭の切り替えができるんです。気分も変わりますが、本質は頭の整理でしょうか。少しだけお値段は上がりますが、頭を使う場面が多いなら一つ持っておいて損はないと思います。次はいつ入荷されるかわかりませんしね。飾ってあるものは見本ですので、ご自由にお試しください」


 それだけ言って、「では、ごゆっくり」と店主は下がっていった。

 展示されている扇子は、三本ある。

 効果はどれも同じらしく、三人は一本ずつ手に持って、試してみる。

 サツキは、仲間が十人以上になったときの組織図について考えていた。これ以上考えても仕方ないと思いながら頭の切り替えができていなかったので、


「どれ」


 と扇子を開いて閉じる。

 パチンと音を立てて閉じた瞬間、サツキは不思議な感覚を知った。


「すごい。リセットされた。すんなり切り替えできる。脳をコントロールできてる気分だ」


 わかりやすい言い方はできないが、クコとルカに伝わらない表現を使えば、


 ――そうだ。脳内をパソコンと仮定すれば、新しいデスクトップに切り替えたり、デスクトップ上のアプリやソフトのウィンドウを出したり下げたりできるような、そんな感じなんだ。


 スマホのアプリを切り替えて表示したり、表示するブラウザのタブをチェンジする感覚といってもいい。それくらいハッキリと、頭のモードを切り替えられるのである。

 サツキが感動している横で、クコとルカも使用感を話していた。


「まるでもう一人の自分と頭の中を交換したみたいです」

「私としては、感情に足を取られて思考がもつれても、一晩寝て頭をすっきりさせられたような感じだと思うけど」

「そうです、それです! 寝起きの気持ちよさです!」

「棋士の人たちが愛用するのもわかるわね。お値段も普通の扇子の倍で済むし、三人分買っておいて損ない一品だと思うわ」

「はい! わたしもそう思います!」


 そんな流れで、扇子を三つ買った。

 扇子の柄はおそろいで、桜の花びらを散らした山の絵が描かれている。三つは色違いで、サツキがベーシックな桜色、クコが青色、ルカが紫色である。

 店主に「ありがとうございました」と挨拶されて、店を出る。


「とってもいいお買い物ができましたね!」

「うむ。素晴らしい物を手に入れてしまった」

「ふふ。そうね」


 クコはさっそく開いて上品にあおいでいる。サツキは手慣れた調子で開いて閉じてを繰り返し、手に馴染ませた。ルカは楚々と手に握る。

 扇子を持った、なんとも優雅な和装の三人。

 伝統工芸の店も並ぶ中、クコはカランコロンと下駄を鳴らして小走りに道の端に寄り、飴細工の店の前で止まった。看板には、『あめざいとうありこれ』と書いてあった。

 アリコレは、年は三十代半ばといったところだろう。メガネをかけた、やや細身の人だった。

 クコは楽しそうに、


「サツキ様」


 と振り返る。


「飴細工か」

「すごいです! 飴ということは、食べられるのでしょうか」

「当然な」

「繊細な形です。魔法でしょうか」


 むむむ、とあんまり真剣に見つめるクコがおかしくてサツキは小さく笑った。


「いや。職人さんの腕だ。俺のいた世界にも、江戸時代の……と言ってもわからないか。こういう技術が何百年も、俺の生きていた時代まで職人さんが技を受け継ぎ文化が残っていた」

「素晴らしいことですね。わたし、伝統って好きなんです」


 クコとサツキがそんな話をしていると、職人アリコレが言った。


「なにかつくって欲しいものはあるかい? 犬でも猫でも、なんでもできるよ」

「よろしいのですか?」


 子供のようにそわそわするクコに、


「おうよ」


 と威勢よくアリコレは答えた。


「では、カブトムシをお願いします」


 ルカは内心、


 ――なんで虫……。相変わらず、小さな男の子みたいな趣味だわ。


 と思うのだが、アリコレはニッと笑って、


「カブトムシね」


 そう言うと、飴をこねてすらすらと形を整えてゆく。芸術的な速さでカブトムシをつくり出す技はクコを驚かせた。


「すごいです。なんでそんなに速くつくれるのでしょう」

「速さが命だからな。この飴は八十度から九十度ぐらいなんだが、作り始めたら一気に迷いなく、ってのがコツさ。ほらよ」


 と、しゃべりながらアリコレはカブトムシを完成させた。


「まあ! 本当にカブトムシです! カッコイイです!」

「お嬢ちゃん可愛いから、お代はちょいとまけてあげるよ」


 アリコレの言葉を聞いて、クコは口を押さえる。


「あ」

「頼んだからには、買うのが筋ね」


 とルカに言われて、クコはそのカブトムシの飴細工を購入した。


「まいど。こいつは《固飴かたあめざい》っていう特別な魔法をかけてあるから、一度舐めたり口にしたりしない限りは、一生、溶けたり悪くなったりしないよ」

「わあ! 本当ですか?」

「そういう細工がしてあるからね」

「ありがとうございます。大事にしますね」

「おう。だが、あんまりぼーっとしてると盗まれるから、気をつけな」

「盗まれるんですか?」


 小首をかしげるクコに、アリコレは笑って聞き返した。


「怪盗事件ってわかるかい?」

「はい。確か、ここ数日で起こっているという……」

「うちもやられたんだ。そのライコウって怪盗に。鬼の顔の飴細工さ。まあ、もう返ってきたんだけどな。世の中、変わったやつがいるもんだよな」


 クコが聞いた。


「あの、犯行声明があったら見せていただいてもよろしいですか?」

「いいけど」


 と、アリコレは一枚の紙を見せてくれた。


「こんなのがあったなんて、盗まれてしばらくするまで気づかなかったよ。子供のいたずらって噂も聞いたが、どうなんだろうねえ」


 紙には、


「飴細工は預かった 必ず返すから安心されたし 『怪』盗ライコウより」


 とあった。


「やっぱり、署名が変です」

「サツキが言ってた、怪の文字ね」

「はい」


 クコとルカが話すのを聞いて、アリコレはまた笑った。


「このライコウさんってのは、自分が怪しいやつだってことを強調したいのかねえ。さっぱりわからん」


 サツキも考えてみるが、答えは出ない。


 ――確かに、犯行声明以外の足跡がまるでない。盗んだのにすぐに返したり、意図がわからない。しかしヒントは犯行声明しかない。ふむ……。


 じいっと金魚の飴細工を見ていると。


「で、この金魚を見ているお坊ちゃんは……」


 アリコレはサツキに目を向けた。

 結局、サツキも金魚をつくってもらった。


「金魚は飴細工師・佐藤蟻之の十八番、初心に返れるモチーフだ。はい、どうぞ。ありがとね」


 アリコレの明るい声に送り出され、クコはお祭りを楽しむ子供のように飴細工を満足そうに持って歩く。


「二人共、よかったわね」

「はい。サツキ様のも金魚が可愛いです」


 ルカとクコの言葉に、サツキはよくできた赤い金魚の飴細工をまじまじと見つめて言った。


「金魚ってなんか好きなんだ」

「食べるのがもったいないですね。ずっと保存しておくことにします。せっかく形が変わらないんですから」

「それもいいわね」

「うむ。俺も大事にとっておこう。アリコレさんが言っていたみたいに、これを見たら初心を思い出すとしようかな」


 三人がそんな会話をしながら歩くさなか。

 不意に、クコが足を止めて鼻先を動かした。


「どうした?」

「カレーの匂いがします」


 クコは鼻もよいらしい。サツキが前を見やると、視線の先に馬車が停まっていた。三人の五十メートルほど先である。そこに、大きな白い馬がいた。


「あれは、スペシャルさんです」

「みたい、だな」


 サツキが見たクコの記憶に登場した白馬スペシャルと同じ馬だ。となると、その馬の持ち主が当然いるはずだった。

 近くを歩く若い男性二人組の会話が聞こえてきた。


「いやー。さっきの屋台、うまかったよな」

「本場ガンダス風のカレーライスって言ってたぜ」

「やっぱ本番の味って違うんだな」

「な! また食いてーなー」


 クコも彼らの会話を聞いたのか、サツキに向き直ってうれしそうに言った。


「バンジョーさんは、ガンダス共和国でカレーを学ぶと言っていました。やっぱりそうです。屋台をやってるのはバンジョーさんですよ、きっと」


 スペシャルはバンジョーの愛馬であり、クコはそれに乗ってルーンマギア大陸をガンダス共和国へと移動した。

 バンジョーは料理人だった。

 サツキはその記憶を見ていたし、ルカも記憶を見るまでせずとも話には聞いていた。


「俺たちまだお昼ごはん食べてないよな」

「はい。もう十四時になります。少し遅くなりましたが、ちょうどよかったです! バンジョーさんの屋台でいただきましょう」

「いい提案ね」


 とルカもまんざらでもなさそうだ。


「そうと決まれば行くか」


 三人はバンジョーの屋台へ向かう。

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