12 『明善朗と福寿笑はお面職人を訪ねる』

 めいぜんあきふく寿じゅえみ

 世界樹に近い星降ほしふりむら出身。まだ十代の半ばから後半くらいに見えるが、年は今度二十一歳になる。

 共に身長は一六五センチで、頭に輝く日の丸のサンバイザーがトレードマークである。

 アキとエミは軽やかな足取りで今日も街中を明るく染めるように、華やかな風を振りまいていた。


「どんな写真を撮るか迷うなぁー!」

「ねっ! アタシは桜がたくさん撮りたいよ! 特に夜桜!」

「じゃあ夜まで待たないとね!」

「うん! でも、昼間の桜も撮っちゃおーう!」


 と、エミがくるっとターンした。

 ターンしたあとに身体が向いているのは、元の向きとはややズレており、目の前にはちょうど通りかかった少女があった。

 身長があまり高くないアキとエミよりもさらにずっと低く、一三三センチしかない少女である。ペンギンのお面を横にして頭にかぶり、ポニーテールの髪型はエミと同じだが束ねた髪は長い。色素の薄い髪と肌である。おまけに表情も薄い。動きやすそうな浴衣に身を包んだ、見た目十歳くらいの少女。手にはペンギンの顔が描かれた巾着袋を持っている。

 エミは少女を見て、


「あぁぁーっ!」


 と叫んだ。

 少女は驚いたようにエミを見る。


「……」

「ぺんぎんぼうやのお面だぁ! 可愛い~! ぺんぎんぼうや~!」


 あまりにもエミがキラキラした目でお面を見つめるので、少女は困ったように言った。


「連れが驚いてます。もう少し静かにお願いします」

「……ご、ごめん、なさい」


 ぺんぎんぼうやのお面をつけた少女に隠れるようにしていたのは、別の少女だった。お面の少女よりも少しばかり背が高く、一四五センチほど。同じく手には猫の顔の巾着袋を持っている。おとなしそうなこちらの少女に、お面の少女は言った。


「別に、ナズナが謝ることないよ」

「う、うん」


 おとなずながうなずいた。

 ナズナは、天使のようなふんわりとした羽を背中につけ、今は和服だった。このナズナこそがクコとリラのいとこであり、クコが現在この王都で探している相手である。

 エミはかがんで中腰になり、ナズナに目線の高さを合わせて微笑む。


「ごめんね。驚かせちゃったね」

「大丈夫、です」


 独特の柔らかくて優しい雰囲気を持つエミに、ナズナがはにかむ。


「うん」


 とエミがうなずき、エミとナズナは微笑み合った。


「自己紹介がまだだったね。ボクはアキ。こっちがエミだよ」


 爽やかに挨拶するアキに、お面の少女が二人分の挨拶を返した。


「私はかわなみといいます。こっちがおとなずなです。二人共、今度十二歳になります」

「アタシたちは二十一歳になるんだよ」


 エミの言葉を聞き、チナミは驚いたように目をパチリとさせ、続けて疑わしそうな目になる。


 ――若作り。


 自分のことは棚上げに、チナミはそう思わずにいられなかった。

 だが、すぐに元の無表情に戻して言った。


「ところで、ぺんぎんぼうやのお面がどうされましたか」

「そうだったよ。アタシ、ぺんぎんぼうやが大好きなの! だから、そのお面が売ってるところ教えて欲しいなって思って」

「そうでしたか」


 ぺんぎんぼうや好きの同志に、チナミは目の色が変わったように喜びが顔に浮かんでいた。それに気づいているのは横のナズナだけである。それほどにチナミは表情がわかりにくい。


「同志とは思いませんでした」

「アタシたち、同志だね! もうアタシたちは友だちだよ」

「はい」


 うなずくチナミに、ナズナが言った。


「チナミちゃん……お面のお店、教えて、あげたら?」

「うん。エミさん。このお面なら、あそこの角を右に曲がった通りを歩いていると、左手に見える屋台に売ってますよ」

「わかったよ! ありがとう、チナミちゃん!」

「やったね、エミ!」

「うん!」

「チナミちゃん、ナズナちゃん。また会えたら会おう!」


 アキが二人にそう言うと、エミもひらりとしなやかな動作でチナミとナズナに手を振った。


「ごきげんよーう!」



 まるで春の陽気に誘われてやって来てはすぐに去ってゆく蝶々のように、アキとエミはもうどこかへ行ってしまった。

 チナミはぽつりとつぶやく。


「ぺんぎんぼうや。あのよさがわかるのは、かなりの慧眼」

「けいがん?」


 ナズナには難しい言葉だったようで、チナミは教えてあげる。


「見る目があるってこと」

「そっか。……よかったね、チナミちゃん。ぺんぎんぼうや……好きな友だちができて」

「うん」


 王都の住人、チナミとナズナは、再び通りを歩いていった。




 アキとエミは、お面の屋台にたどり着く。

 小さめののぼりに、『おめんしょくにんやまとも』と書かれている。店主トモコは、四十代半ばの女性だった。

 そこで、エミはぺんぎんぼうやのお面を発見する。


「これだー!」

「あったぞー!」

「ぺんぎんぼうやのこのお面、二つください!」


 エミが注文すると、店主トモコは薄い微笑で答えた。


「ぺんぎんぼうやのお面を二つね。どうぞ」

「ありがとうございます!」


 さっそくぺんぎんぼうやのお面を受け取って、エミは頭につけた。顔面からずらして、さっきの少女チナミのように顔の横にぺんぎんぼうやがくる。

 トモコは地面を指差した。


「下、見てごらん」

「はい!」


 パッとエミが地面を見る。


「あなた、驚かないのね」

「はい。落とし物の話じゃないですよね?」

「違う。あなたの影、ないでしょ」


 そう言われて、エミは再度地面を確認し、驚嘆の叫び声を上げた。


「あぁぁあああ! 本当だ! ない! 影がないぃ~! うわあああ、なくなっちゃったよぉー」


 トモコは迷惑そうに呆れて、


「そこまで驚かなくても」

「えへへ」とエミは照れたように頭をかいた。

「でも、どうして影がないんですか?」


 アキが尋ねると、トモコは教えてくれた。


「やっぱり知らないで買ったのね。わたしが打ったお面はね、特別なお面なの。わたしの魔法《き》によって、お面は魔法道具になってる。その効果はお面ごとに違っていて、全部で四種類」


 親指を折って残りの四本の指を立てる。


「一つはつけた人間の存在感が希薄になるお面《ひかりき》、一つはつけた人間の影ができなくなるお面《かげき》、一つはつけた人間の匂いがなくなるお面《そとき》、一つは本人の表情がなくなる代わりにお面が表情を動かすお面《なかき》。だからわたしは『しっこうにん』って呼ばれてるの」

「へえ~!」


 声をそろえてアキとエミが感心する。

しっこうにんやまともは改めて言う。


「あなたの買ったぺんぎんぼうやのお面は、《かげき》。あなたの影ができなくなったのはそういうわけ」

「あぁぁあああ!」


 今度はアキが叫ぶ。


「どうしたの? アキ!」

「そうなんだよ! チナミちゃんの影がなかったから不思議だったんだけど、そういうことだってわかったんだ!」

「よかったね! チナミちゃん、病気とかじゃなくて」

「うん! 本当によかった! ジンゴロウくんの影がなかったのも、きっとそれだね」


 売られているお面にはジンゴロウがつけていたのと同じ狐面もある。実は、武器を変化させて上空から不意打ちする際に、影ができないと相手に気づかれにくくなり有利だから彼は狐面をつけていたのである。だが、それもアキとエミには関係ない。

 変な客だと思いながら、トモコはアキに聞いた。


「あなたはなにかいる?」


 アキは明るい顔に戻ってお面を見回す。


「猫も可愛いし、ウサギもおもしろいし、鬼も怖くて味があるや。テディボーイも捨てがたい」

「そうそう、あの鬼のお面は最近盗まれて、返ってきたばかりなのよ。いわく付きってやつ」

「おまけも付いてくるのかあ。それもいいねえ」


 と、エミが笑っている。アキもいっしょに笑う。


「でも、やっぱりこういうのはおまけに惑わされちゃいけない。ボクはかえるおうじにしようかな!」

「ちょ、ちょっと……おまけはおまけでも、それは余計なおまけよ……? まあ、違うのにするならいいんだけど。で、かえるおうじをいくつ?」

「一つください! せっかくだから、かえるひめも!」

「かえるひめもね」

「その二つはどんな効果があるんですか?」


 トモコは淡々と答える。


「《そとき》。つけた人間の匂いがなくなるよ。どっちもね」

「そうですか! わかりました!」

「どうぞ。毎度あり」


 お面を購入して、アキもさっそく頭につける。

 アキは二つのお面を重ね、ピンク色のカエル・かえるひめが隠れて、緑色のカエル・かえるおうじだけが見える。

しっこうにん』はひらりと手を振って二人の珍客を見送った。



 アキからは匂いがなくなり、エミからは影がなくなる。

 しかし本人たちはそんなことまったく気にしていない。

 通りを歩きながら、エミがもう一つのぺんぎんぼうやのお面を手にくるりとターンして、


「えへへ。二つも買っちゃった」

「どうするの? それ」

「どうようかなー。まだ決めてないや」

「そっか」

「あ、団子屋さんだね」

「入ろうよ」

「おぉー!」


 団子屋の店先にはその左右に長椅子があり、赤い布がかけてある。赤い蛇の目傘も立っている。それが情緒的で、そこに座っている少年も絵になった。


「お隣、失礼」

「いっしょに食べよーう」


 アキとエミがそう言って、少年の隣に腰を下ろす。

 少年は髪を後ろで一つに束ねており、だんだら模様が袖に入った羽織を着ている。年の頃は十三、四歳といったところか。


「ええ。美味しい物はだれかと食べるともっと美味しいといいます」

「そうだよね! ボクもそう思ってる」

「アタシもそれくらい知ってるよ。だから、みんなで美味しく食べようね」

「はい」


 答えて、少年はエミの頭にある物に気がつく。


「ぺんぎんぼうやですね。いなせだなァ」

「え! 知ってるの?」


 エミが釣り込まれるように聞く。


「好きなんですよ」

「アタシ、エミ。仲良くなれそうだね」

「ボクはアキ。キミは?」


 二人の挨拶を受けて、少年はにこりと笑顔で答えた。


「僕はいざなみなとです。よろしくお願いします」

「ミナトくんだね! 覚えたよ。これ、友好の証にもらってよ」

「今日王都に来たばかりだってのにまた同志ができてよかったね、エミ」

「うん!」


 アキとエミがしゃべりながらぺんぎんぼうやのお面を差し出すので、ミナトは素直に受け取った。


「ありがとうございます。うれしいなァ」


 それから、三人は団子屋でしばらく談笑したのだった。

 団子も食べ終え店を出ると、ミナトは二人に会釈した。


「楽しい時間をありがとうございました。ぺんぎんぼうやのお面も大事にしますね」

「アタシたちも楽しかったよー」


 とエミが言って、アキとエミはミナトに手を振った。


「ミナトくん、またおしゃべりしようね!」

「ごきげんよーう!」

「よい旅を」


 ミナトも手を振り返して二人を見送り、昨夜のことを思い出す。


「そういえば、今の王都は人斬りが出るんだった。今日来たばかりじゃあ知らないだろうし、お二人に言っておいたほうがよかったかな」


 底抜けに人生を愉しむかのような二人のことが好きになり、ミナトは声をかけようか迷う。

 しかし、お面を顔にかぶせ、歩き出した。


「いや。刀を下げてない人は狙われない。大丈夫だろう。綺麗な夜桜、たくさん撮れるといいですね」

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