13 『ガンダスカレーの屋台に人々は集まる』

 サツキとクコとルカは、バンジョーの屋台を発見した。

 バンジョーは、クコがアルブレア王国から晴和王国へ向かう旅の中で出会った料理人で、ガンダス共和国で別れて以来の再会になる。

 屋台は盛況だった。

 折りたたみ式のイスが七脚あるが、すべて客で埋まっていた。ただ、並んでいる客の姿はない。

 ちょうど食べ終わった男女がサツキとすれ違う。


「すごいよね、マズかったらお金は取りませんって言うんだもん。あたしそんな人初めて見た」

「げんにあのうまさ! よっぽどの自信だよ」


 彼らの会話を聞いて、サツキとクコの期待も高まる。

 空いた席に座ろうと三人が近づく。

 そのとき、客の男がバンジョーに言った。


「マズかったら飯代は払わなくてもいいんだよな?」

「そこに書いてるし」


 と、隣の女が続ける。

 二人共、三十歳くらいだろうか。人相がよくない。イヤな笑いを浮かべていた。

 バンジョーはそんな二人にもにこやかに返す。


「はい! お代はいただかないっすよ! 修業のためにやってる屋台ですから」


 サツキが値札を見てみれば、驚く安さ。定食屋の半分の値段である。それを踏み倒そうとする輩は少ないだろう。味が悪くても仕方ない値段なのだから。

 しかし、この男女は違った。


「そうかそうか。まあ、自覚があるからこんなことするんだろうな。これ、マズかったわ」

「アタシも。おいしくなかったぁ。失敗作ってやつじゃん?」


 彼らは三口か四口ほど手をつけている。逆に言えば食べられないものではなかったことになる。

 感じの悪い二人を見て、クコが怒った顔になっている。文句を言いに行かないとは思うが、いざとなれば止めようとサツキは思っていた。

 だが、バンジョーの反応はあっさりしたものだった。


「マジかよ。さっき食ったときはかなりイケてると思ったんだけどな。うますぎて、オレは天才かと思っちまったくらいなんだ。料理バカなのにな」

「ハッ。そいつは残念だな。かははっ」

「ぷっ。くすくす」


 男女が笑うのに合わせて、バンジョーも調子を合わせて笑う。


「バカと天才は紙一重ってな。ははは」


 そして、


「あーはっはっはっは!」


 と三人が声をそろえて笑った。

 しかし、客の男女は同時にバンと机を叩いて、同時に叫ぶ。


「おれたちといっしょに笑うな!」

「アタシたちといっしょに笑うな!」


 だが、バンジョーはもはや怒っている二人組のことは見ておらず、男女のお皿を片付け始めている。

 スプーンだけ握った男女は、苛立った調子でバンジョーに抗議した。


「ちょっと待てよ。まだ食事中だろうが」

「タダでも食べてあげようって言ってんの。返して」


 これに、バンジョーは極めてまじめな顔で答える。


「できません、お客さん。失敗作を提供するのは料理人のすることじゃねえ。今日は店じまいだ」


 と、バンジョーはほかの客の皿も取り上げていく。


「あの、兄ちゃん。おれはめちゃくちゃうまいと思うんだ。このカレーライス。お代も払うよ。安すぎるくらいだ。なんでおれのも下げるんだ?」


 当然の疑問を口にする青年に、バンジョーは邪気のない顔で言った。


「悪いっすね、お客さん。うまいって言ってくれる人がいても、失敗作を出すのは料理人の恥って思ってるんすよ」

「捨てるなんてもったいない」


 別の客も言うが、


「こんなの出したオレがワリーんだ。責任はオレにある。オレが全部食うよ」


 そんなことをなんの裏表もない笑顔で言う料理人に、客たちは呆然としていた。

 一部の客は、文句をつけた男女を冷ややかににらみつける。

 決まりの悪くなったあの男女だけはさらに文句をつけた。


「ふざけんな! こっちは食事中だったんだぞ!」

「そうよ! 信じらんない!」


 そう言われて、バンジョーは不思議そうに男女を見つめる。


「…………」

「な、なによ」

「あんたら、まだいたのか。まあ別にいいけどよ」

「あのなあ……!」


 拳を握る男の肩を、バンジョーがガシガシ叩く。


「まあ、また改良して明日にはうまいと言わせるカレーつくるからよ。よかったらまた明日来てくれるかい? な?」


 屈託のない笑顔でそう言ってのけるバンジョー。

 どう見ても、相手の裏を読もうとか、嫌がらせの可能性を考えるとか、一切の悪意に鈍感な人間だと、この男女もわかってしまった。バンジョーとはそういう料理人なのである。

 バンジョーは嫌味を言った男のカレーを食べ始める。


「おお。やっぱうめえ。うめえうめえ。でも、どうっすかな。ガンダスの味よりスパイスを抑えて万人向けにしたのが裏目に出たか? でもなぁ。辛いのが苦手な人は多いんだよな。うーむ。……おぉっ、そうだ! スパイスを自分好みにトッピングできるように、客席に置くのもアリだ。でも、あとから入れてなじむ形にしねーとな」


 どこまでもまじめに考えるバンジョーを見て、男は根負けした。


「悪いな、あんちゃん。うめーよ。めちゃくちゃうまかったよ」

「ん? なんか言ったか」


 カレーを食べながら、なにも考えていなさそうな顔で聞き返すバンジョー。

 男は若干苛立った顔をしたが、ちゃんと答える。


「うまかったって言ったんだよ。本当はタダで食えたらラッキーだと思っただけだったんだ。邪魔したな」


 二人分のお代を置いて、男は立ち上がった。女が男を追うように慌てて立ち上がって、一度バンジョーを振り返る。


「アタシがおいしくなかったって言ったのも、うそだからー! 失敗作なわけないからー!」


 逃げるように叫んで女は走り去った。

 そんな二人を見て、バンジョーは目を丸くした。


「お? 辛さは問題なかったってことか?」

「そういうことだから、おれたちにさっきの続き、食べさせてくれよ」

「うまいんだよ、お兄さんの料理」


 と客に言われて、バンジョーは渋々さっき下げた皿を出した。


「そうか。はいよ!」

「いや、この皿はあの客のやつでお兄さんが食べたやつだから、おれが食べてた方を……」

「ホントはトッピングの準備をしてから出したかったんだが、そう言ってくれんなら食ってってくれ。でもあいつら、うまかったんなら食っていきゃあ良かったのにな」


 めまぐるしく変わった状況に怒りを忘れているクコ。

 サツキはそんなクコの背中をぽんと押す。


「ちょっと変わった人だけど、やっぱり腕のいい料理人みたいだな。人のイヤな意見も素直に聞き入れられるっていうのは、どんな分野でも簡単じゃない。あの人はすごいよ。きっとカレーもおいしいと思う」

「はい! 料理バカだそうです」


 笑顔になったクコに、ルカがジト目を向ける。


「そういう言葉は、他人が言うものじゃないわよ。自分で言う分には好きにすればいいけどね」


 サツキは苦笑を浮かべて、


「まあ。ひとまずカレーを食べさせてもらおう」

「そうですね。行きましょう」


 クコは声を弾ませた。




 屋台に近づくと、バンジョーはすぐに三人に気づいた。


「いらっしゃい。三名かい? て、クコか? クコじゃねーか!」


 再会を喜ぶバンジョーに、クコは丁寧にお辞儀した。


「お久しぶりです。お元気ですか?」

「おう。うめえもん食ってるからな。クコも元気そうじゃねーか。和服だから一瞬だれかと思ったぜ」

「先程、呉服屋さんで着替えさせてもらいました」

「そうか。にしても、その様子じゃあ、会いたい人にも会えたんだな」


 バンジョーが親指を立てて陽気な笑顔を見せると、クコは大きくうなずいた。


「はい。おかげさまで。こちらがその方です。名前は、しろさつき

「サツキです。クコから話は聞いています」


 ぺこっとサツキが会釈して挨拶した。


「そして、こちらがたから。旅の仲間です」

「ルカです」


 小さな会釈でルカも挨拶する。


「わたしたちはこれから、アルブレア王国へ行きます」


 挨拶を受けて、バンジョーが愉快そうに言った。


「よろしくな。オレはだいもんばんじょう。バンジョーって呼んでくれ。バンジョーって呼び捨てでいいし、敬語も使わなくていいからな、サツキ、ルカ」

「ええっと、わかった。よろしく。バンジョー」


 フランクなのを好むのだろうと思ってサツキは思い切ってタメ口で言ってみたが、なんだか年上を相手に親しい感じでしゃべるのは若干照れる。

 だが、バンジョーにはそれが好印象だった。


「へへっ。クコが探してたのがいいやつみたいで安心したぜ」

「はい。サツキ様は、わたしのヒーローです」


 ハッキリとそんなことを言われて、サツキは照れるやらなんて言えばいいかわからないやらで、黙って顔をそむける。


「はははっ。カッケーな。ヒーローだもんな」


 などとバンジョーが言って、クコは素直にうなずき、「はい、サツキ様でよかったです」とちょっとズレた返答をしていた。

 クコにとっては、召喚されてこの世界に来たのがサツキでよかったというそのままの意味だが、おそらくバンジョーにはそこまで伝わらないだろう。

 バンジョーはサツキに興味が湧いたのか、サツキに笑顔を向けて続ける。


「そういやサツキには言ってなかったな。オレは料理一筋の料理バカさ。オレから料理を取っちまったらなんも残らねえ」


 確かに、料理バカから料理を取ったら残るものは少ない。

 クコの記憶でも同じような言葉を聞いたものだが、バンジョーはなにがおかしいのか、へへっと笑って腕を組む。


「鉄人みてーでイカすだろ?」


 サツキは言葉を選ぶ。


 ――ええと、はいって答えたら、バカの部分も賛同した感じになってしまうのかな? でも……。


 バンジョーは聞こえなかったと思ったのか、


「オレは料理一筋の料理バカってやつさ。オレから料理を取っちまったらなんにも残らねえんだ。イカすだろ?」


 と繰り返す。

 うまく言葉が出ないで黙っているとまた同じことを繰り返しそうだったので、サツキはなんとなく相槌を打つ。


「バンジョーは料理が好きなんだな」


 バンジョーは満足したように親指を立てた。


「へへっ。そういうことだ!」

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