23 『割込スポットライト』

 ルカの戦闘が始まるのと同じタイミングで、別の戦闘も始まるところだった。

 サツキとジャストンである。

 アルブレア王国騎士、『鋼鉄の野人アイアンマン張質鉛砂簾惇バルチェーン・ジャストン

 首に巻いた鎖が武器だとでもいうように、剣は持たない。しかし、その鎖は武器ではない。強化パーツのようなものであった。

 ジャストンは鎖を食いちぎってニヤリとする。


「んじゃ、戦うか! なあ? 『いろがん』!」


 この戦い、フウサイは忍術《かげがくれじゅつ》によって影の中にいて、基本的に手を出さないことになっている。本当にサツキがピンチになるかサツキが助けを求めなければ出てこない。

 サツキは思い出す。


 ――そういえば、このジャストン、王都でも鎖を食べてたぞ。そして、太ももを刀で斬りつけても、金属みたいに硬くて斬れなかった。俺はそこから、ジャストンを、鎖を食べて硬化する魔法の使い手と推測したが……。


 ジャストンは、鎖をガリガリ噛み砕く。


 ――あのジャストンの自信を見るに、絶対に俺より格上だと思ってる。聞けば答えてくれるかもな。


 そう思い、サツキは聞いた。


「金属を食べることで身体を硬化する魔法。ですね?」

「うるせえ! 戦うかって聞いたんだよ、オレは。だが、もしそうだと言ったら?」

「なにも変わりません。戦うことも変わらないし、それを前提に戦うことも変わらない」

「じゃあ聞くな! いや、戦うって言ったよな? 『緋色ノ魔眼』! へっ。澄ました顔してるわりにはいい度胸だ」


 左右の拳をぶつけてキンと打ち鳴らし、『鋼鉄の野人アイアンマン』ジャストンはニヤリとした。


「んじゃあ、気が変わらねえうちにやるぞ!」


 サツキは抜刀する。


「受けて立ちます」

「えぐってやるよおおおおおお!」


 ジャストンは駆け出す。

 一方、サツキは構えたまま動かない。


 ――とにかく、《せいおうれん》で力をたくわえる。ただ斬っても通用しない。拳じゃあもっと通用しない。


 剣を使わない騎士ジャストンの拳が飛んでくる。これをサツキはよけて、刀は払うことにさえ使わない。


「《ハードジャブ》! オラアアァ!」


 パワーでジャストンの拳を払えるビジョンがサツキにはなかった。

 だから、避けるしかない。

 何度か拳がサツキの身体をかすめるが、致命的なダメージにはならない。


「《ハードアッパー》! オラアアァ! おい、いつまで逃げてんだよ? オレは、戦いっつったんだぜ? 一方的にリンチにするのも嫌いじゃねえが、バスターク騎士団長とオーラフ騎士団長をやったんだったら、オレともちゃんと戦えよ? なあ?」


 距離を取り、サツキは自分の魔力がだいぶ圧縮された実感を得る。


 ――よし。溜まってきた。そろそろか。


 サツキは、言葉は返さず剣で応える。

 一転、ジャストンに向かって走り、サツキは剣を振った。


「《おうれつざん》」

「お。来たかよ! オラアアァ! 《ハードストレート》!」


 桜丸が振り下ろされ、ジャストンの拳が振り抜かれる。

 双方がぶつかる。

 衝撃は両者どちらにも響き、サツキは後方に下がった。ジャストンは踏ん張り、下がったサツキに向かってまた殴りかかってくる。


「オラアアァ! 《ハードジャブ》!」

「くっ!」


 刀で払いつつ横に逃げる。その際、拳が左肩を打ち、脱臼しそうなほどの衝撃が走った。


 ――痛っ!


 サツキはなんとかジャストンから距離を取って、また魔力を練ることに専念する。


 ――まずい。相手の攻撃を受けたときの痛みもそうだが、問題は俺の攻撃。さっきの威力じゃ全然足りない。これまではナズナの歌があったから戦えていたが、自分だけではまだこの程度か……。《せいおうれん》でもっと魔力を圧縮して練り込まないと、この『鋼鉄の野人アイアンマン』にはダメージさえ与えられないぞ。


 同時に、もう一つの結論が出る。


 ――これは、長期戦になるな。魔力を練るのに必要な集中力も保てるか怪しい……。


 シンプルな身体強化ほど、サツキの魔法と相性が悪いことはなかった。しかも、元々の肉体が強靱な上に、リーチが長い。鋼鉄の肉体はどこまでも刀を恐れず接近できるし、それだけで戦いにくい。

 体力的にもジャストンのほうに分がある。

 戦いが長引けば、ジャストンが有利だった。


 ――大きな一撃で対抗するしかないのか……?


鋼鉄の野人アイアンマン』ジャストンはガハハと笑った。


「さっきの一撃は悪くなかったけどよ、オレには傷一つつけられないぜ? オマエにゃあ、オレの《摂食硬化ハードビルディング》を攻略することは不可能だ」

「……」


 サツキはジャストンを観察する。

《緋色ノ魔眼》で、ジャストンの全身を流れる魔力のムラが見て取れる。


 ――これだけの隙で、どれだけやれるか。魔法名を教えてもらって情報も得たし、あとは一撃に備える。


 考えながら、ジャストンの拳を避けて、距離を取り、魔力を圧縮していった。

 先程よりも長い時間を《せいおうれん》に費やし、サツキは息をつく。


 ――さあ。今度はしっかり溜めたぞ。硬化の薄いところに高火力をお見舞いしてやる!


 ジャストンは拳を突き出す。


「オラアアァ! 《ハードストレート》!」

「カウンター、《たいおうとう》」


 身体を滑り込ませ、ジャストンの拳を避けながらのカウンター技を繰り出した。刀身はジャストンの胸に伸びた。


「ぐおぉっ」


 トントン、と下がってサツキは距離を取る。

 右手で脇腹を押さえ、それからジャストンは自分の右手を見る。


「けっ! んだよ、血の一つもついていやしねえ」


 だが、自分の脇腹の違和感に目を落とすと、金属がへこんだような跡が残っていた。


「ちっ! まあ、今の一撃は効いたぜ。少しばかりよ」


 舌打ちしたいのはサツキのほうだった。


 ――これでもまだダメなのか。ダメージは悪くないと思ったが。


 今のよりもっと効果的な箇所に隙ができたとき、そこを狙う。現状ではそれが唯一の勝機と思われる。


 ――どうする……また、同じ手で行くか? そもそも、俺の魔力はどれだけ保つだろうか。


 精神的に追い込まれてきたときだった。

 突然、周囲がざわめく。

 つい、ジャストンもそちらに視線を送った。

 真剣な戦闘中にはありえないほどの油断と隙を作る視線の動き。それをジャストンがする不自然さが気になり、サツキも視線を切る。

 その先には、麗人が立っていた。


 ――アサリさん!?


 王都少女歌劇団『はるぐみ』のリーダー。

はるぐみれいじんさわつじあさ

 年は十八歳、背は一七三センチほどで、男物の浴衣姿である。かぶっていたハットを手に持ち、周囲の視線を一身に集め、騒がれていた。

 さすがアイドルの人気だった。


 ――どうしてこんなところに……。


 そう思ったとき、アサリはサツキをチラッと一瞥し、ウインクした。顔をくいっと小さく動かし、逃げろと言っているかのようだった。

 視線を戻すと、ジャストンまでがアサリに注目している。


 ――そうか。アサリさんは自身を注目させる魔法、《集光スターライト》を使った。俺は《緋色ノ魔眼》でその効果を受けずに済んだのか。


 見ることで効果を発動させる魔法は、サツキの魔眼には効かない。

 サツキはぺこりと頭を下げ、さっさとその場から退散した。

 アサリは微笑み、周囲の人たちに声をかける。


「みなさん。通行する方の邪魔にならないようにこちらへ。握手はそこでします」


 ジャストンがこれにつられて行くことはないが、目は離せなかった。


「クソ! なんだってんだ。ヤツを見なきゃいけねえのに……」

「そちらの方もどうぞ」


 華々しいアサリの笑顔で呼びかけられ、ジャストンは彼女のほうへと足が向かってしまい、舌打ちした。


「どうなってやがる」


 その頃、サツキは路地に入り込んで少し離れたところまで走っていた。


 ――どうしてアサリさんがあんなところにいたのかはわからないけど、たぶん、俺を助けるためにああしてくれたことは間違いない。


「偶然……かな?」


 声に出した。

 それに対する返答は、


「いいえ。リョウメイさんの指示です」


 物陰からぬっと出てきた少女が言った。

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