50 『ゼンマイあるいは東郷三姉妹』

 ゼンマイがお土産のチョコたまごちゃんをトウリに手渡すと。


「トウリさま~」


 ウメノが食べたがってトウリを見上げる。トウリはくすりと笑って、


「みんなでいただこうか」

「はい!」


 トウリの許可が出て、ウメノはうれしそうに返事をした。


「サホくん、ミホくん、リホくんもいっしょにどうかな」


 そろそろ襖を閉めて下がろうとしていた三姉妹であったが、


「は――」


 はい、と返事をしようとした長女サホを無自覚に押し飛ばして、


「はい喜んで」


 次女の『ねむひめとうごうが代表して返事をした。ミホはトウリのことを好いていて、こんなときだけ普段のマイペースな性格とは打って変わってやる気に満ちた顔になる。


「チョコたまごちゃん、食べてみたかったんです!」


 三女の『こうかいとうごうもうれしそうにそう言うが、長女サホは押し飛ばされた勢いで壁に顔をぶつけながら涙を流す。


「アタシもよ。てか、ちょっとはアタシを気にしなさい二人共」


 そこまで言われて、ミホはやっとサホの様子に気づく。


「わぁっ、だれがこんなことを」

「あはは……ミホ姉はサホ姉をよろしくね。リホがお茶を淹れてきます」


 すっとリホが下がって、しっかり者の三女がお茶を淹れてくる。

 その後、チョコたまごちゃんのお菓子を六人で仲良くおいしくいただきながら、おしゃべりを楽しんだ。

 難しい軍事のことを話すわけでもなく、世間話である。


「へえ。ゼンマイさんも魔法が使えるんですね」


 ウメノが興味津々にゼンマイを見つめる。


「たいした魔法じゃないんだよ。《ゼンマイ式》って魔法で、こんな動きをしてほしいっていうのをぼくが考えながらネジを差し込んで回すと、ぼくが思った通りの動きをするんだ」

「すごいですね」

「でも、おもちゃを動かすだけなんだ。その物体が持つ機能としての動きしかできないしさ。父にはおまえの魔法はくだらんって言われてしまって。実際、回した分だけしか動かなくて、動かす物の大きさとかによっても回す数が変わるから調整も難しくてね」

「なんでも動かせるんですか?」


 リホが質問すると、ゼンマイは笑顔でうなずいた。


「そうだよ。物体ならね。生き物はだめだけど」

「じゃあ、船も……?」


 驚いたようにサホがつぶやくと、これにもゼンマイはあっさりとうなずいてみせた。


「そうだよ。大きさによってはネジを巻く回数もたくさん必要で、二十分以上回し続けても、の海からうらはままで行けるか微妙じゃないかな?」

「それはすごい魔法だよ、ゼンマイさん」

「え、そうですか? トウリさんに褒めてもらえてうれしいなあ」


 ゼンマイは照れたように頬を染めた。穏やかな性格同士気が合うのもあるが、ゼンマイはトウリを慕っているようなのである。


「ぼく、兄がいないからお兄ちゃんに認められたような、そんな気分です」

「ははは。ゼンマイさん。もしかして、プロペラがついたものを飛ばすこともできるかな?」

「できますよ。竹とんぼをそうやって飛ばして遊んで、よく怒られたものです」

「それって、かなりの武器に……」


 サホがトウリを見ると、


「うん。使い方次第で、相当なことができると思う」


 だが、当のゼンマイはウメノとリホとミホにおもちゃで実践してやっていた。馬のおもちゃがパカパカ走り、竹とんぼはくるくる飛んでいた。


「すごーい!」

「飛んでるね~」

「テディボーイが歩いてます!」


 と、ウメノが喜んでいる。

 ゼンマイがテディベアをモチーフにしたキャラクター・テディボーイのぬいぐるみにもネジを巻き、テディボーイがとことこ歩く。


 ――アタシが考えても意味ないことだけど、トウリ様ならいろいろと思考が及ぶ問題よね。だって、兵器になるんだもん。……はあ。アタシは、考えるのやーめよ。


 あえて、サホは考えるのをやめた。しかし、トウリは違う。


 ――この魔法は、世に出ないほうが彼の身のためかもしれない。いや、世界の平和のためにも。


 トウリはそう思った。

 たとえば、それに爆弾を積んで指定の時間で投下するプログラムを組んで飛ばせば、相当な兵器と化す。


 ――でも、今、水面下で科学技術は進歩している。こうした魔法との併用があれば、いつ飛行型の兵器が考案されてもおかしくない気もするな……。いや、魔法などなくても、あるいは……。


 考え事をしているトウリを見て、次女ミホは頭をかたむける。


「トウリ様……?」


 顔を覗かれ、トウリはまた静かに微笑を浮かべた。


「いや。なんでもないよ」

「そうですか。わたし、自分でネジを巻いても、このぬいぐるみがさっきみたいに動いてくれたらいいのにって思いました」

「魔法道具化されれば、できるかもしれないけどね。ゼンマイさんはこうしてたまに遊びに来てくれるし、そのときまた動かしてもらうといいよ」

「はい。そのときもわたし、ごいっしょさせていただきますね」

「うん」


 ウメノが「お馬さんとテディボーイがいっしょに歩いていてかわいいです」と動く馬のおちゃとテディボーイのぬいぐるみを眺め、ゼンマイは優しく笑っている。サホは明るく笑ってそれらに混ざってゆく。


「ほら、トウリ様も見てくださいよ。笑えますよ、この動き。やっはっは」


 サホが言うように、カッコイイ動きをプログラミングされたテディボーイは飛んだり跳ねたりヒーローのようにポーズも決めていた。

 はは、とトウリは笑った。


 ――そうだね、難しく考えても仕方ない。サホくんに気を遣わせてしまったかな。それより考えるべきは、みんなのこと。リラさんもお姉さんと再会できたことだし、アキさんとエミさんもリラさんたちに追いついたらしい。時期を考えれば、兄者たちとの邂逅もあり得る。


 思い出せば、兄オウシは、


「今度の航海、よい出会いがある気がしてならない」


 と言って出ていった。


 ――あるいは、もう出会っていたりしてね。あの天才剣士、『しんそくけん』ミナトくんは未だに行方も知れないが。噂を統合すれば、海に出た可能性だってあるんだから。ミナトくんにも会えてたりして。


 オウシは、イストリア王国の近海でもあるルーリア海で、懐かしき友と再会した。その報せをつづった手紙が、妹・スモモの魔法にかかってトウリの手元に届くのは、これより三十分後のことになる。

 旧友のことを思い出して、また考え事をするトウリ。だがミホには、今度は楽しそうな考え事だと、横顔を見ればわかる。トウリの横顔をちらちらと見つめ、ミホは満足した。


「ふふ。今日は楽しいなぁ」

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