99 『ドッジニードル』

 針はミナトに向かって飛ぶ。

 人差し指ほどの長さしかない細い針だから、『司会者』クロノでさえ見落としてしまいそうなほどだった。


 ――小さい! だが、針がミナトくんに当たった! 普通見えないぞ、あんな針! ハルバードをよけながらのミナトくんじゃあなおさらだ!


 クロノには見えていたが、ほかの観客たちはほとんどすべての者が見えていないだろう。


 ――やっぱりカーメロさんはうまいな。ミナトくん、今のはおそらく毒針だけど、頑張ってくれよ! ワタシはキミたちバディーに期待してるんだからさ!


 気持ちとしては、クロノはサツキとミナトを気に入っているから勝ってほしいと思っていた。

 しかし審判として、公平にジャッジしなければならない。

 ほとんどの人が見えていなかったであろう針のことはあえて伏せ、クロノはミナトの反応を見てからそれを実況するつもりでいた。


 ――今までも、カーメロさんの毒針に気づかず、身体がしびれて動きが鈍ったところをやられた選手たちが何人もいた。ミナトくんはどれくらいもつか……。十秒とかからず全身に回る毒だし、あと数秒で……。


 そう思いながらも、クロノは自然な実況をしてみせる。


「おーっと! ミナト選手、次々と繰り出されるハルバードの華麗な攻撃をどれもギリギリでよけているぞ! しかし攻められないでいる! 打開する手立てはあるのかー!?」


 カウントダウンは終わる。


 ――あと、三、二、一……ミナトくん、しびれは大丈夫か!?


 クロノが心配し、つい実況するのを忘れてミナトを見てしまっていたが、当のミナトは動きが鈍ることがない。


 ――あれ……? おかしいぞ! ミナトくんは、もう毒が回ってしまったはずじゃないのか!? わずかだが、カーメロさんの表情にも動揺が見えるはず……いや、見えない!


 そこで、クロノは地面に落ちている針を発見する。


 ――……ん? あ、あれは針!? どうしてあそこに! ミナトくん、よけていたのか! でなければ、落ちているはずがない! なんて身のこなしだ! なんて紙一重だったんだ。ワタシの目でも当たったように見えたのに、針を視認していたばかりか、あまつさえよけていたなんて! すごい子だ!


 感激していると、ふとまた別の変化に気づく。


「ななな、なんだー!? ミナト選手、防戦一方かと思われたが、いつのまにか動きに余裕が出てきているぞー! それどころか、ハルバードを払って斬ったー!」


 ミナトが斬ったのは、カーメロの左腕だった。すでに一度《そら》で左腕を斬られているカーメロには深手となってしまった。


 ――なにッ!? ボクの左腕が、斬られた!? よける動きがいっそう紙一重になったかと思えば、攻撃までしてくれるとは。完全に見切って、限界ギリギリの動きをすることで対応したのか……! 城那皐といい、目がいい。特にミナトくんに限って言えば動きが良すぎる!


 もう一つ、カーメロはある可能性を考えた。


 ――彼がずっと魔法を使っていなかったことが引っかかっていたが、もしかしたら、これが彼の魔法かもしれない。

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