61 『出航あるいは見送り』
『
八月三十一日。
サツキがひとり空手の修業で型をやっていると、玄内がやってきた。場所は玄内の別荘の地下、《無限空間》である。
ここには、畳や木の板を敷いたエリアも作ってあり、空手は板の間で行う。
玄内が来たことに気づき、サツキは振り返った。
「先生。おはようございます」
「おう」
「ここまで来て、実験ですか?」
「例の潜水艦を、こっちに運んでおくだけだ」
「そうでしたか」
「どうだ、サツキ。羽は伸ばせたか?」
「はい」
「それならいい。気合が入ってたみたいだからな。ミナトとの修業も、密度が上がったように見える」
ミナトとの剣の修業はいつもと変わらないはずだが、それは気持ちの変化によるものだろう。サツキはそう思って、玄内にはミナトについて打ち明けておくことにした。
元々、その件について、玄内は別の想定をしていたのもあり、伝えておいたほうがいいような気もしたからである。
だから、サツキは単刀直入に伝えた。
「実は、一昨日、ミナトと島を巡っているとき、魔法を見せてもらったんです」
「引き出したか」
玄内は、サツキが実力でミナトに魔法を使わせるようになることを望み、二人での修業を勧めていた。
だが、サツキは首を横に振った。
「いいえ。翼竜がいて、あれに乗って飛んでみたいって言ったら、あいつ、《
サツキがちょっとうれしそうな微苦笑をした。
それを見て、玄内は「ふ」と笑った。
「なるほどな」
――今回は、おれの予想を超えてたぜ。
そう思って笑みがこぼれた。
――ミナトの魔法をサツキが知るまでは、もっと時間がかかると思ってた。アルブレア王国上陸後、しばらくしてからになるだろう、と。だが、まさか友として、魔法を見せようと思うようになるとは、予想外だったぜ。サツキ、おまえらはおれが思った以上に、いいコンビになれるかもしれないな。
穏やかに、玄内はひとりごちる。サツキに言うでもなく、ただ言葉を紡いでいった。
「人はいろんな形で強くなる。怒りや憎しみ、ライバルへの闘争心、そして絆。守りたいもののために強くなる。あいつも抱えるものができて、おまえも大きなもん背負って。そこに、互いに負けたくない気持ちをぶつけた上で、互いを支えにできたら……きっと、これまでには得られなかった強さをも手にできる。人の成長ってのは、おもしろいもんだ」
玄内は、二人の少年を良い友だち同士だと知っていたつもりでいたが、それでも二人をライバルとして切磋琢磨させて成長させようと考えていただけだった。だが、時に人は計算を超えてゆく。それが人間の妙味というものであろう。
改めて、玄内はサツキに言った。
「いいじゃねえか。ミナトといっしょに、強くなれよ」
「はい」
士衛組全員、支度が整った。
チナミも久しぶりの祖父の家にまたしばしの別れを告げ、アキとエミも楽しげに船に乗る。
一行は、神龍島を出航する。
「それでは、イストリア王国へ向かいます」
海老川博士が舵を切った。
バンジョーの馬車も乗せているため、この船は次の目的地であるイストリア王国までまっすぐ進む。
出航してすぐ、海からは首長竜が顔を出した。体長はゆうに五メートルを超えるが、見た目はプレシオサウルスに近い。
「あ。チナミちゃん、リラちゃん」
ナズナは、チナミとリラに呼びかけた。ナズナの指さす先に、二人も気づき、リラが目を輝かせる。
「わあ。おっきい。首長竜だね! かわいい」
チナミが二人に解説する。
「あの子は、いつも船が出ると見送りに来てくれる」
「そう……なんだ。そういうの、いいね」
「うん。おじいちゃんと私やヒナさんのこと、友だちだって思ってる子」
「また遊びに来るね」
「ばいばい」
三人は首長竜に手を振った。
「またねー」
「ごきげんよーう」
アキとエミもぶんぶん手を振る。
船が海流の変わり目を越えて、一同は次なる場所を心待ちにする。
海老川博士曰く、
「イストリア王国の南にある港町クローネを目指します」
とのことである。
ルカの解説では、
「よくイストリア王国は足の形に例えられるわ。その足裏、土踏まずに当たる部分にあるのが、『
地図をサツキに見せながら説明した。
「つま先の前にある島がカシリア島ね。ルーリア海の中心部で、イストリア王国の領土になってるわ。イストリア王国はメラキアと並んでマフィアの国でもあるけれど、カシリア島のマフィア『サヴェッリ・ファミリー』がイストリア王国内ではもっとも危険で大きな勢力だそうよ」
「そこには行かないんだろう?」
「ええ。だから、各都市にいるマフィアにだけ気をつけたいわね」
イストリア王国は、サツキのいた世界ではイタリアにあたる。カシリア島はシチリア島に相当し、ローマのあたりがヒナの父親の裁判が行われる場所になる。こっちの世界では、首都マノーラという。
「マノーラまでは、何日くらいかかるんだ?」
「馬車では一週間もかからないわ」
「うむ。裁判には充分に間に合うな」
サツキがそうつぶやくと、ヒナは腰に手を当てた。
「当然よ! 間に合わなかったら許さないんだから!」
「ヒナさん、地動説の証明はできそうですか?」
チナミに聞かれ、ヒナは自信満々に胸を張った。
「よく聞いてくれたね、チナミちゃん! それが、昨日の夜に、あたしとサツキと先生で完全に証明できたんだよ!」
「おぉ……」
とチナミが素直に驚いた声を漏らすが、玄内はクールに言った。
「このあと検証があんだろ。まだ終わってねえぞ」
「はい先生!」
「はい!」
返事のよさなど、もう立派な生徒だった。しかし、返事をしたもう一人はバンジョーである。
「どうしてあんたも返事してるのよ?」
ヒナにジト目を向けられたバンジョーは、頭をかいて笑った。
「なんか、先生がしゃべってるとつい返事しちまうんだよな」
へへっと笑うバンジョーにつられて、みんなも笑う。
ミナトがバンジョーに聞いた。
「それにしても、バンジョーさんはお菓子の魔法は覚えたのです? 僕はバンジョーさんが覚えてくれるといつでも和菓子が食べられてうれしいのだけどなァ」
「それがまだなんだ。この一日で覚えてやるぜ!」
「頑張ってください」
バンジョーとミナトのやり取りを聞きながら、サツキは海老川博士の言葉を思い返す。
――確か、『魔法を教えるのにも、一日では難しいかもしれません』とか言っていなかったか……? もう三日目なのにな。
おそらく、バンジョーの覚えが悪いのだろう。
だがあと一日もあればきっと大丈夫と思うことにする。
「熱意は人一倍あるんですがね……」
ぽつりと海老川博士が漏らしたのを聞き、サツキは苦笑した。サツキの隣ではリラもそれを聞いており、
「お疲れさまです」
と、リラは海老川博士に小さく言った。
それから船がクローネに到着したのは、翌日の昼前である。
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