3 『ついてこられたらお話しします』

『風の迷宮』とびがくれさとに辿り着いた士衛組一行は、『無敵の忍者』と噂されるよるとびふうさいと出会った。

 バンジョーはフウサイと幼馴染みだったが、フウサイにそれを忘れられているらしく、歩いている間もどうやって思い出してもらえるかを考えていた。


 ――フウサイのやつ。十年以上前だからって忘れやがって!


 一行は、屋敷に連れて行かれた。

 武家屋敷のような様相で、外から見ても大きい。

 なかなか広い屋敷である。他の家と比べても一回り大きい。サツキの知ってる所で言えば、自分が通っていた小学校くらいの大きさだろう。三階建ての屋敷で、庭も大きく池もある。池は十メートル四方はあり、橋まで架かっていた。庭園の風情の中にある質素さが、この屋敷の忍びらしさかもしれない。

 玄関では、士衛組の来訪を知っていたかのように老人が待っていた。


「『風の迷宮』鳶隠ノ里へ、ようこそいらっしゃいました」


 老人は、『鳶』の文字が入った額当てをしている。背は一六〇センチほどと低く、忍者らしく身軽そうだった。六十七歳になるらしい。

 フウサイは老人を紹介する。


「こちらは、この里の長で、『にんぽうそうしょうよるとびふうじん。拙者の祖父でござる」

ふじがわ先生からのお手紙、頂戴しております。みなさん、はじめまして。バンジョーさんはお久しぶりですね」

「お久しぶりです!」


 サツキはフウジンの名前を聞いて、


 ――なるほど。風の神と書いて『風神』っていうのと、このフウジンさんを間違えたのか。イントネーションが違うだけだからな。


 と納得した。


「風才を連れて行くにふさわしいか試させていただきたく思いますが、まずは風才のこと、またこの鳶隠ノ里と忍びの者について、話をさせてください」


 そう言うと、フウジンはくるっと背を向けた。


「まずは応接間にご案内します。わしについてきてください。ついてこられたらお話しします」


 バンジョーがやや腰を沈め、かけっこを始めるかのようなポーズを取る。


「おーし! 走るでもなんでもドンと来てください」

「いいえ。走ったりなどはしません。ただついてくればいいのです」

「ついてこられるか、これもクコ殿たちを見定める試練でござる」


 と、フウサイが語を継いだ。

 みんながフウサイのほうを見て話を聞いている間にも、フウジンは歩き出していた。


「おっと遅れねーぜ! オレはこれでも、忍者の末裔なんだ!」

「急ぎましょう!」


 勢いよくバンジョーとクコが廊下をダッシュして、

 バーン!

 と壁にぶち当たった。


「いってえええー! いてえよおおー!」

「ううう、痛いですぅ!」


 真っ赤になった鼻を押さえるバンジョーと額を押さえるクコである。


「か、かべ?」


 ナズナには、その壁が見えない。だから不思議だったが、チナミがとことこ歩いて立ち止まり、ノックする。


「透明の壁みたい」

「え? でも、フウジンさんは壁の向こうに……」

「どっか壁がない場所から抜けたんだぜ、きっと! こっちか!」


 目をしばたたかせるクコにも構わず、バンジョーは体当たりする。しかし壁がない場所などない。


「サツキ……」


 ルカが意見を求めるようにサツキを見ると、あっさりと答えが返ってきた。


「ちょっとした手品みたいなものだ。フウサイさんがしゃべった瞬間に歩き出して、みんながフウサイさんを見ている隙に、ここから壁を抜けたんだよ。簡単な視線誘導さ」


 と、透明の壁を横に引いた。


「これは引き戸になってるんだ。よく見ると、ここに取っ手もあるだろう?」


 みんなが目をこらして確認して、バンジョーなんかは特に大げさに「おお! ホントだぜ! サツキぃ!」と驚いて喜んでいる。


「さあ。遅れないうちに行こう」

「おう!」


 元気な返事で、バンジョーは大きく一歩踏み出す。

 が。

 バン!

 強い音を立てて、バンジョーは顔面を打ってしまった。


「いってぇー! うへー!」


 背中から倒れて顔を押さえている。


「上だけに透明の壁があったのか」

「こういうときこそ受け身だろうが」


 先生の玄内に注意され、「はい!」とバンジョーは答えている。

 歩き出したサツキたち。クコはにこにことサツキに言う。


「わたしたちも気をつけませんとね。いつ透明の壁があるかわかりません」

「うむ」

「そうね」

「う、うん」


 サツキ、ルカ、ナズナがにこやかに返事をしたとき。

 バンバンバンバン!

 四人が顔を打って倒れてしまった。

 また透明の壁があったのである。今度は一四〇センチくらいの位置より上から壁になっていたらしい。

 一人素通りしたチナミが振り返る。


「……」


 チナミの身長は一三三センチ。ナズナは一四五センチほどだから、チナミの場合はどこも引っかからない。

 バンジョーは笑いながら腰に手をやって言った。


「チナミはちびっこくてよかったな。なっはっは」


 痛そうにしているみんなを見て、チナミは複雑な心境だった。背が高いのに憧れている少女は表情を崩さずに思う。


 ――素直に喜べない。




 みんなが駆け出して、フウジンに追いつく。


「やっと追いつきました」


 クコがホッとして、笑顔になるのに対して、バンジョーは壁から突き出している丸太が気になった。


「なんだこりゃ」


 明らかに不自然であり、あれが仕掛けだとだれの目にも確かだ。

 が、背の高いバンジョーの顔の位置にあり、邪魔くさそうに押した。


「ちゃんと通りやすいようにしておいてくれよ?」


 ゴン!

 バンジョーが丸太を押したのとは逆側の壁から、丸太が突き出し、バンジョーの後頭部を強く打ちつけた。


「いっつぇー! 痛いじゃねえかよ! こっちもか!」


 くるっと振り返り、突き出してきた丸太をぐっと両手で押す。

 ゴン!

 今度は最初に突き出ていた丸太が飛び出して、またもやバンジョーの後頭部を打ち鳴らした。


「いてえよおおー! こっちか! こっちか!」


 ゴン! ゴン! ゴン!

 何度も頭をぶつけている。二つの丸太は連動して、どちらかを押せばどちらかが突き出る仕組みになっているらしい。


「なにをやってるんだ……」


 呆れるサツキは、ため息をついて歩き出した。


「フウジンさんに遅れないようにしよう」

「はい」


 とクコが答える。

 まだ後頭部をぶっているバンジョーは、


「サツキぃ」


 涙目になりながら名前を呼ぶ。

 しかし、みんなはバンジョーがそうやって無駄な時間を過ごしている間にも先へと行ってしまっていた。


「おーい! 待ってくれよー!」




 バンジョーが追いつくと、フウジンは曲がり角を右へと歩いていった。

 一方通行の廊下だから、それについていけばいい。


「足音?」


 ルカがつぶやく。

 クコが大きくうなずく。


「はい。走り出したのかもしれません!」

「私たちをこの角で振り切る気?」


 弾かれたようにバンジョーが駆け出す。


「急げ!」

「はい!」


 瞬発力でクコが飛び出して、二人はすぐさまその判断が間違っていたと思い知られることになる。


「うひょおおおお! 廊下が滑るぅー!」

「スケートみたいですー!」

「でも、どうやって曲がるんだぁー?」

「わかりませーん!」


 二人はそろって、バーン! と壁にぶつかってしまった。

 倒れている二人をよそに、サツキは冷静に床を観察していた。


「この廊下には、特別滑りやすいロウが塗られているんだ。両端だけ塗られていない。フウジンさんは最初に、走ったりなどはしません、と言っていた。おそらく、フウジンさんはこの罠にかけるのが目的で俺たちを急がせただけで、実は足踏みしてただけなのかも」

「端を急ぎましょう」


 ルカがそう言って駆け出して、バンジョーとクコも起き上がり、みんなは角を曲がった。

 フウジンはサツキの予想通り、足踏みをしただけで、そのあとは普通に歩いていた。


「やってくれるぜ!」


 バンジョーはやる気満々なままだが、クコだってめげない。


「次は罠にかからないようにしましょう」

「おう!」


 今度はさっと左に曲がったフウジン。

 そのあとに続いて一行も左に曲がると、さっきみたいな丸太が壁から何本も飛び出していた。今度は高い位置や低い位置など、だれが通っても邪魔になる。


「なんだよ、これは。同じ手には引っかからないっつーの! なっはっは」


 笑いながらバンジョーがぴょーんとジャンプして丸太一本分を飛び越える。


「これはよければいいんですね」


 クコがニコニコと丸太の分を大回りして歩くと。

 二人が床に足を着くや、その床が沈み込み、


「わわわわ! なんだなんだ!?」

「きゃ! 手裏剣です!」


 横から手裏剣が飛んできた。

 二人の服に手裏剣が打ちつけられ、二人は壁に固定されてしまった。

 サツキはフウジンを見やる。


「フウジンさんは五本目の丸太の脇を歩いている。少なくとも、それまでは丸太の上に飛び乗って渡って行けばいいのかもしれない」

「では、私が試しましょう」


 動きのいいチナミは、ぴょんぴょんと丸太を乗り継いで、なんの問題もなくクリアしていった。


「このあとは大丈夫そうです」

「わ、わたしは、飛んで、行きます」


 ナズナはぱたぱたと背中の翼で飛んでゆく。

 ルカも無言で丸太に飛び乗って進む。

 サツキも歩き出すが、クコとバンジョーから声がかかる。


「助けてくださいサツキ様」

「見捨てる気かよおお!」


 すっかり忘れていたチナミとナズナとルカは、「あ」と声を漏らしてしまう。

 サツキと玄内が二人の服から手裏剣を抜き取り、四人もこの仕掛けのエリアを通り抜けた。

 また曲がった先にあったのは、一見なんの変哲もない廊下である。


「フウジンさんは普通に歩いてゆく」

「結構先にいるな。急ぐぜ」

「はい」


 警戒心がないのか、バンジョーとクコは懲りずに駆け出した。

 すると、バンジョーが楽しそうな声をあげた。


「うおお! この廊下、床が斜めになってるぜ!」

「楽しいですよー」


 クコも振り返って笑顔を振りまく。

 フウジンがまた角を曲がったとき、走っていたバンジョーとクコは体勢を崩して走る勢いを強めた。


「おおおお!」

「廊下の隅に引き寄せられますー」


 それを見て、サツキは気づく。


「これはだまし絵みたいなもので、廊下の隅が低くなっているんだ」


 二人が隅に来たところで、突然、壁が倒れ出した。まっすぐ突っ込めば、家から外に落ちてしまう。

 しかも、外は……。


「渓谷ですー!」

「こんな場所に谷なんてあったのかよー!」

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