2 『で、あるか』

 四月十一日、昼前。

 武賀むがくに

 鹿じょうの一室でリラが目を覚ますと、室内にいたトウリとウメノがそれに気がついた。


「お目覚めですか。おはようございます」

「おはようございます、リラさま!」


 リラは身体を起こして挨拶を返す。


「トウリさん、ウメノさん。おはようございます」

「具合はいかがですか?」

「だいぶよくなっているように思います」

「それはよかった。顔色も昨日よりは随分と」


 やや歯切れ悪いトウリである。リラにはそれが、まだ自分の快復が至らず彼を心配させているものだとわかってしまう。

 しかしウメノは言葉の通りに受け取って喜んだ。


「リラさま。元気になったら遊びましょう」

「はい」

「姫はけん玉も上手になりましたよ。見ていてください。ほっ、ほっ」


 と、ウメノは昨日リラが魔法《真実ノ絵リアルアーツ》で作ったけん玉を上手に操る。だが、玉を横の大皿と小皿に乗せるのがやっとだった。

 それでもウメノは満足そうにリラを見つめる。


「すごいです。上達しましたね」

「はい。練習しました」


 トウリは質問した。


「時にリラさん。こういう場合、普段はお医者様に診てもらってますか」

「ええ。一応」


 リラは一国の王女であり、城内に医者は一人二人じゃない。なにか体調が優れないとなればすぐに診てもらっていた。大抵、栄養を摂って安静にするだけなのだが。

 しかし身分を隠しているリラはそれだけしか答えなかった。


「そうでしたか。すみません、医者ももうすぐ帰ってくると思うので、しばしお待ちください」

「いいえ。大丈夫ですよ。トウリさんの魔法のおかげで、いつもに比べ体力の不安もなく、もう少し休めば元気になると思いますから」


 それからもウメノの相手をしてトウリともいっしょに三人でおしゃべりしながら過ごしていると、城内が騒がしくなった。

 耳をそばだて、リラが聞いた。


「なにか、さっきまでと空気が変わったように思いますが……」

「帰ったみたいですね」


 というと、医者のことだろうか。

 そう思ったが、リラは黙って様子をうかがうことにした。

 廊下からハッキリとこんな話し声が聞こえた。


たか水軍一軍艦が戻ってきたそうだぞ」

「じゃあオウシ様がお帰りか」

「殿の帰還では、迎えねばなるまい」

「面倒だが顔を出しておくか」

「トウリ様はあんなに温和で気品があるのに、どうしてこうも違うんだろうな」

「まあ、なんというか、それがあの大将のおもしろいところだ」

「行くか」


 ふと、リラは疑問に思う。


 ――どうして、オウシ様というお方とトウリさんを比べるのだろう。一軍艦を率いているのが、おそらくそのお方。殿とも言われていたから、この鹿志和城の城主であり、武賀ノ国の国主様。それに、水軍のお名前……。


 そうなってくると、今の疑問が深い意味を持つ。


 ――もしかして……。


 リラが気づいたときには、廊下からまた話し声が聞こえてきた。


「これは殿!」

「おかえりなさいませ!」

「おう。帰ったぞ。トウリはそこの部屋にいると聞いた」


 鷹揚なしゃべり方をするこの人が、「オウシ様」であり「殿」なのだろう。

 リラが緊張して待っていると。


「仰せのとおりでございます。今もそちらに」


 家臣の返事のあと。

 オウシが襖越しに呼びかけた。


「トウリ! 開けるぞ」

「どうぞ」


 臆することもなく穏やかにトウリが答えると、襖がカラッと軽やかに開いた。

 姿を現したのは、トウリとそっくりの顔をした、しかしまるで別人の空気をまとった人物だった。


「おかえり」

「おう。ただいまじゃ。して、お主が客人か」


 リラは布団から出て挨拶すべきかと思ったが、トウリが手で制して代わりに答えた。


「うん。こちらはあおさん。昨日出会ったんだ」

「で、あるか」


 うなずくと、オウシは威風堂々、胸を張って名乗った。


「わしこそがたかおうである。りゃりゃ」


 その名を聞き、リラは予想が的中したことを悟った。


 ――トウリさんと同じ鷹不二という名字。殿を相手に親しいしゃべり方とそっくりのお顔、やっぱりこの方は、トウリさんのお兄様。それも、双子……。


 ただ、髪型や服装は異なる。大きなまげにマントを羽織る、奇抜なかっこうであった。ウルトラマリンのような濃い青色のマントが気高く、眉もトウリより鋭く凛とした印象を受ける。腰に下がっている太刀は、混合六十五振りの一つ、『いち長寿花きずいせん』である。天下五剣が五振り、最上大業物十二振り、大業物二十一振り、良業物五十振り、業物八十振り、そしてどれとも区別がつきにくい名刀・混合六十五振りがあり、オウシのそれも謎多き一振りだった。


 ――風の噂で聞いたことがある。『あおしんせい』って、このお方だったのね。


 他にも、『どう使つかい』や『おおうつけ』とも呼ばれる新時代の寵児だっと記憶している。

 布団には入ったままだが、リラは起こしていた身体を折って丁寧に頭を下げる。


「お世話になっております。よろしくお願いいたします」

「こちらこそじゃ。よろしくお願いします」


 礼儀正しくオウシも一礼した。


「はじめまして、リラちゃん。わたしはたか栖萌々すもも。二人の妹だよ」


 オウシの一歩後ろから顔を出した少女スモモは、今年十八歳になる。軽やかな挨拶で笑顔を見せる。顔立ちは三兄弟よく似ていた。黒い着物と薄桃色の袴で、背は一六一センチほど。着物の伊達襟にはフリルが入り、白い手袋をはめ、頭にはミニハットが乗った、オウシ同様和洋折衷のスタイルだった。

 この一族は美形ぞろいなものだが、一風変わった雰囲気のオウシ、穏やかで物静かなトウリ、陽気でさっぱりした気性のスモモと、性格も三者三様である。


「『はこ』スモモをよろしく! なにかあれば力になるから言ってね」


 二人の後ろには数人が控えており、彼らもお辞儀をした。

 彼らが一軍艦と呼ばれる人たちなのだろう。

 人数は、リラが数えたところ、五人いた。

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