5 『エインシェントシティ』
古代都市の遺跡は、跡もはっきりとはしない。
だが、遺跡はちゃんと残っている。石造りの道や荒廃した建築があり、保存状態は悪い。風化が原因だろう。
サツキが見ても、それがポンペイのものなのかナポリのものなのか、よくわからなかった。サツキがポンペイの遺跡に詳しくないこともある。知識として持っているのは――火山の噴火によってわずか一日足らずで火砕流に埋もれた都市であり、それが一七〇〇年もの間、発掘されず地中に眠っていたということくらいのものだ。
ほかにも、石造りの道は馬車と人が通り横断歩道が別れていたり、発掘が始まってから三百年ほど経つ今になっても発掘調査が終わらず新発見が続いていたり、ポンペイを覆った灰が乾燥剤の役割を果たしたおかげで保存状態がよくなっていたり、水道技術も驚くほど高かったり、当時推定で一万人ほど住んでいたと思われていたり、聞くだけでおもしろい話はなんとなく覚えているのだが、ポンペイの広さが東京ドーム十何個分だったかとかヴェスヴィオ山の名前とか、ぼんやりした記憶も多い。
サツキが訪れた、この古代都市の遺跡では、石造りの道がポンペイのものらしいと思われる。ただ、かなり広かったポンペイだが、このあたりはその広さに達しないし、まだまだ発掘されずに灰に埋もれたままの場所もあるかと思われる。
逆に、この時代になって発掘調査が開始されたエリアもあるだろうし、サツキの生きていた時代に発掘されたエリアが風化されてしまっている部分も大いにあるだろう。
たとえば、ポンペイのものとしてはサツキの記憶にもない、石造りの神殿跡などもある。神殿とポンペイの文明レベルの差は、サツキにはわからない。もしかしたら、「ポンペイの人々が過去の文明と建築を保存していたもので、ポンペイよりも古い時代のもの」かもしれないし、可能性を考えるだけでもおもしろい。
玄内がルーペでしげしげと遺跡を見て、
「おそらく、様式や地質から考えても、空白の一万年以前のものだ」
魔法でわかったのか識別できる目を持っているのか、そんなことを言った。
空白の一万年とは、この世界で文明があったと思われる一万年前と現在の暦が始まるまでの間の期間を指す。この空白の一万年に文明はなかったと思われている。
そして、チナミの祖父・海老川博士と話し合ってわかったのが、『この空白の一万年より以前の時代が、サツキのいた世界だったかもしれない』ということである。
換言すると、サツキは異世界人ではなく、古代人だったかもしれないのだ。
現在が創暦一五七二年九月四日だから、空白の一万年と創暦の二千年弱を足して、サツキの世界が崩壊してから一万年二千年が経ったことになる。
さらに、メイルパルト王国のピラミッドの地下深くに眠るラドリフ神殿には、この世界は三千年の文明を古代人が崩壊させたとあった。つまり、それがサツキの世界だとすれば、崩壊は西暦三千年くらい。その後、空白の一万年があり、現在の創暦が始まって一五七二年が経った。
それらを合わせると、サツキはこの世界の現在からすれば、約一万二千年から一万四千年前の時代を生きていたと考察された。ただし、断定はできない。あくまで、可能性が高いとみていい、といえる段階でしかない。
つまり、この古代都市の遺跡は、サツキの生きていた時代かそれより前の時代のものだと玄内は言いたいわけだ。
「空白の一万年より前となれば、俺が生きていた時代のものかもしれませんね。となると、やはりポンペイの可能性も……」
玄内はあごをさすった。
「考えられなくもねえ。だが、材料が少なくてわからねえな」
「そうですか」
「とはいえ、こうした石造りの道はサツキの話に聞いていたとおりだ。特徴も一致してるし……」
などと、玄内が話してサツキも興味津々に聞いている。
クコとリラとナズナはピクニックでもするみたいになごやかにおしゃべりしながら散歩して、ルカはじっとサツキの横でサツキと玄内の話を聞いていた。
ヒナもせっかくだからサツキと玄内の検証も話半分に聞いて、いい時間になってくると、ヒナが腰に両手を当てて、
「ねえサツキ、そろそろいいでしょう? 先生も、チナミちゃんたちと合流する時間まで、ずっとここにいるつもりですか?」
「そうだな。俺は随分と楽しんだ。行きましょう、先生」
「ああ。戻るか」
このあたりのことも詳しくないサツキには、有力な発見というものはなかった。しかし、古代人の残したものを見られたのは、サツキには有意義な時間だった。なにより、サツキは歴史的なものが大好きなのである。
再び列車に乗り、サツキたちはきらめく海沿いを駆け抜け、ミナトとバンジョーとチナミの三人との合流地点に舞い戻った。
時間の前には、ちゃんとみんながそろった。
「今夜はポパニに宿泊します。宿を決めたら、そのあと自由時間にしましょう」
局長としてサツキが呼びかけると、ミナトがおかしそうに、
「ここまでも自由時間だったけどなあ」
「あたしはただサツキたちに付き添ってただけで自由時間って感じじゃなかったし、自由時間でいいのよ」
と、ヒナがシニカルに言った。
そんなわけで、士衛組はそれぞれが自由に過ごすことになった。
サツキはミナトと街を散策した。
ミナトがさっき食べておしかったスイーツを教えてくれたり、特におすすめのものはサツキも食べてみた。
「おいしいだろ? サツキ」
「うむ。最高だ」
「バンジョーさんがしつこくレシピを聞いてたけど、ここは教えてもらえなかったんだ」
はは、とサツキはその場面を想像して笑った。
「サツキ、見たいものあるかい?」
「博物館があるらしい」
「行こうか」
博物館は、考古学博物館だった。
「古代のものがたくさん見られるらしいね」
「おもしろい」
目を輝かせるサツキを見て、ミナトが揶揄するように聞いた。
「サツキは将来、学者になりたいのかな?」
「うむ。できることなら、国を治めたのち、悠々自適に研究活動に精を出し、この世界の真実に到達したいと考えているよ」
気分が高揚しているサツキだが、それは静かな情熱とでもいおうか。ミナトは、これは本気だな、と思っておかしくなった。でも、サツキらしくて好きだった。
「いいね。せっかく来たんだ、いろいろ見よう」
「よし、見るぞ」
まだまだ見学が足りないくらいに様々なものが展示されていたが、一時間もしないでサツキは博物館を出た。
「楽しかった。付き合ってくれて感謝するよ」
「存外、早かったね。まだ見ていけばいいのに」
「細かい文章は本でも読めるし、解説は先生やルカに聞いてもいい。俺もポパニのいろんな場所をこの目で見たいんだ」
「そっか」
「ミナトも観光したいだろ。どこかあるかね?」
「じゃあ、お城と絵画を見たい。修業も兼ねて、走って回らないかい?」
意外な提案に、サツキはきょとんとしたが、すぐに小さく笑った。駆け回って観光しても修業にはならないと思いながらも、楽しそうだとも思った。
「名案じゃないか。たくさんのものが見たいしちょうどいい」
「残された時間も少ない。そうと決まれば出発だ」
「あ、待てって」
駆け出すミナトに、サツキも追いついて追い越す。二人で競争しながらお城を見たり、かと思えば絵画はじっくりと眺めてみたり、全力で街を散策して回った。
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