212 『プルーフオブザーブ』
ヒナは観察する。
見るというより、聞かなければならない。耳を澄ませて彼らの会話を聞き、テディボーイのぬいぐるみの存在に気づいてここに来たのかを確認するのだ。彼らの挙動だけではまだ判断材料が足りないのだから。
けれどもヒナの《兎ノ耳》なら、この程度の距離での会話はささやき声でも聞き取れる。離れていてもそれができるのは大きな利点だ。
アルブレア王国騎士たちは、人数が六人、その中の一人が残念そうに言った。
「だれもいませんね」
「そうだな」
「さっきの大きなクマみたいなのはなんだったんでしょう? すぐに消えたから、ぼく以外は見てないんですよね?」
「おまえの見間違いじゃないのか? そんなデカいクマが街中にいるはずないだろ」
「そうですね。なんかそんな気がしてきました」
「疲れてたんだよ、おまえは」
「さ、行くぞ」
そんな会話を残して、彼らは歩いて行ってしまった。
この会話を聞き取れたのはヒナだけで、リラには聞こえなかった。声は大きくなかったが、小さくもなく、聞き間違いもない。
だからヒナは会話中、内心でほくそ笑んでいた。
――やった! ラッキー! どうやらあいつらはあのぬいぐるみを見ていた。だからこっちに来た。空間の入れ替えはそのあとに起こったから、あいつらのいた区画とは隣接していた。空間の入れ替えは二つの区画が隣接したまま同時に起こらないはず。したがって、さっき目の前にあった区画のほうが移動しただけ。あたしたちの進行方向は変わらない。このまま進めばいい。
証明はできた。
それは、ヒナたちにとって都合のいい展開だった。
――しかもあいつら、リラのぬいぐるみを見たのは一人だけ。その上それを見間違いだってことで済ませた。だから、ここから執拗に追われることもないはずだわ。
これだけ都合のいい展開も、ヒナが状況を一つ一つ丁寧に読み取って分析し尽くしたからこそだった。
このあとすぐにまたぬいぐるみを巨大化させて目立ちたくはなかったし、それをしないでいいのはどれだけ有難いことか。
アルブレア王国騎士たちが離れて行き、姿も見えなくなって一分、ヒナはようやく口を開いた。
「リラ、喜びなさい。進行方向に変化はない。このまま進めばいい。またぬいぐるみを巨大化させる必要もないわ」
「なぜですか?」
「それはね」
と。
ヒナはさっきの分析結果をリラに説明した。
「なるほど。ヒナさん、冴えてますね!」
「ふふん、当然でしょ。だってあたしは天才科学者のお父さんの娘! 『科学の申し子』
それを聞いて、リラは楽しそうに笑った。
「はい。そうですね! なんだか、こうしてヒナさんと二人でいるのって珍しいですよね」
「ああ、確かにそうかもね」
「今まではこうした機会ありませんでしたしね。リラ、ヒナさんのいろんな面を知ることができて、楽しいです」
明るい笑顔を咲かせるリラを一瞥し、ヒナはちょっと照れたように頬を赤らめた。
「楽しんでる場合じゃないでしょ。あたしはあんたの良い子ちゃんすぎるところとか恥ずかしげもなくそんなこと言うところとか、ちょっと苦手よ。さ、行くわよ」
「はい」
「せっかく屋根の上に来たことだし、ここから少しの間、まずはあたしが屋根の上を跳ねて行くから、振り落とされるんじゃないわよ」
「わかりました!」
かくして、二人は屋根の上を渡って進むのだった。
リディオから次の通信が来たのは、その少しあとである。
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