幕間紀行 『ファントムケイブシティー(9)』

「承知したでござる」


 フウサイはサツキから話を聞くと、即時、行動に移るためにこの場から姿を消した。

 ただし、見えなくなっただけで、フウサイの影分身は側にいる。いつでもサツキの呼びかけに答えられるよう潜んでいた。


「あとは、クコとルカを見つけないと……」


 サツキがフウサイへの説明を終えて足を急がせると、ようやくクコとルカを見つけた。二人はちょうどだれかと話しているところらしかった。


 ――あれは、少年? 子供がいるなんて。


 この町には老人と子供が残されたという話だが、危ないから子供が外を出ることはないとも聞いた。

 クコが腰をかがめて少年の目線の高さに合わせ、話を聞いている様子だ。

 少年の姿につられて、サツキは早足に三人の元へ向かった。




 えいぐみの頭脳、司令隊。

 局長のサツキ、副長のクコ、総長のルカ。

 この三人で構成されている。

 組織のリーダーであるサツキとサブリーダーであるクコに対して、ルカは組織においてはあくまで局長の補佐役であり参謀なのだ。この三人で方針を固め、局長の司令は副長を介して各隊の隊長に伝わり、隊長が各隊の隊士に伝達するシステムとなっている。そうした指揮系統の中に、総長は属さない。例外はほかに、監察のフウサイだけである。

 それほど大きな組織ではないからサツキが直接全員に声をかけることも多々あるが、一応はそんな体裁になっていた。

 駆け寄るサツキにルカが気づき、視線を向ける。クコもそれにつられて視線を移すとサツキがいたので、手を振った。


「サツキ様ー」

「クコ、ルカ。ここにいたのか」


 司令隊がそろった。

 近寄ったサツキに、クコが言った。


「はい。サツキ様も、参番隊との調査は終わったのですね」

「うむ。クコとルカ以外のみんなはもう町長さんの家に戻ったから、結果報告は済んでいる。ここで今言ってもいいんだけど、それよりその子は……」


 少年は七歳くらいだろうか。明るい感じではない。この町の状況からすれば笑顔でいられないのは仕方ないことだが、話を聞いてもらいたいという顔をしている。


殖須田次呂フェスタ・ジッロさんです。ジッロさんからお話を聞いていました」


 ジッロはサツキに聞いた。


「お兄ちゃんも、このお姉ちゃんたちの仲間?」

「うむ。俺は士衛組局長、城那皐だ。キミはこの町の子供かね」

「そうだよ。ねえ、お兄ちゃんたちは正義の味方なんだよね?」

「その通りだ」

「じゃあ、助けてよ。お兄ちゃんを助けて。お願いだよ」

「大丈夫。任せてほしい」


 サツキが安心させるように言うと、ジッロはちょっと落ち着いて話し出した。


「ぼくのお兄ちゃん、連れて行かれちゃったの。でね、はやく帰ってきてほしいと思って待ってたら、もどってきたんだけど……」


 言い出しにくそうに言葉が詰まるジッロ。

 このわずかな間に、サツキは疑問を浮かべる。


 ――戻ってきた? いや、そういうことか。


 次にジッロが言い出すことがサツキにはわかった。


「前と、ちがってたの」

「違うというのは、人が変わって、お兄ちゃんじゃないみたいになっていたということかな?」

「うん。そうなの。ぼく、最初はうれしくてお兄ちゃんに抱きついたんだけど、『邪魔だ』って押し飛ばされちゃった。でもね、押し飛ばされたときは怖かったんだけど、それより……お母さんが……」

「お母さん……?」

「ぼくたちに気づいて、おうちから出てきたらね……お兄ちゃんがもどってきたのを喜んで近づいただけなのに、お兄ちゃんがお母さんをなぐって、お母さんが連れて行かれちゃったの……。あのときのお兄ちゃん、怖かった。あと、悲しかった。あんなお兄ちゃん、お兄ちゃんじゃない。でも、ぼくのお兄ちゃんだから、助けてほしいの」


 ジッロがうまく言葉を整理できていないことはわかる。感情でしゃべっているから当然だ。それでも、言いたいことはわかった。


「そうか。つらかったな。わかった、俺たちがなんとかしよう。お兄さんを元に戻してみせるよ」

「ほんと?」

「うむ。俺たち士衛組は正義の味方だからな」

「わたしたちにできないことはありません!」


 サツキに続いてクコも力強く言い切った。

 ルカが問う。


「それで、なにかわかることはない?」

「わかること?」


 首をかしげてきょとんとするジッロに、ルカは言い方を変える。


「お兄さんの件で、気になることとか、お兄さんがどんな変わり方をしたのかとか、ほかにも関係がありそうなことで、気づいたことがあればなんでも」

「言いにくいことは言わなくても大丈夫ですよ」


 と、クコがまた腰をかがめて優しく言い添えた。


 ――確かに、お兄さんの変化とか、この子には言いにくいことだったわね。やっぱり私は子供が苦手みたい。


 司令隊の交渉事では、サツキとクコが前に立ち、ルカが細かなフォローをしてきた。だが、なんでも直球すぎて交渉ごとには向かないクコも、相手の立場で気持ちに寄り添った言葉が出てくる点など、サツキとルカを補ってくれる。

 ルカは自分の至らなさを思うが、ジッロは問題解決の気持ちが優先されているのか、言いにくい様子もなくしゃべってくれた。


「んと……お兄ちゃん、ぼくのこともお母さんのことも知らないみたいだったけど、町のことは知ってた。道はわかるみたいだったよ」


 サツキがあごに手をやって思案した。


「ふむ。やはり操られていると考えていい」

「はい。そう思います。サツキ様、なにかわかりましたか?」

「相手を操作する際、パターンが何通りも考えられる。感情や記憶もなくなり、動きだけ指定するもの。コントロールする側の意識が乗り移っているもの……つまり遠隔操作だな。記憶や性格もほとんどそのままに、操られている人間さえ自分が操作されていることに気づかないものなど、ほかにもいくつかある。そして今回想定されるのは、記憶は保持されるが、元の人格と結びつかなくなるケース。命令した行動を取るうえで、元の人格は足枷になるからな」

「そうね。ミナトが追い払った男性は、『昨日も待ってやっただろうが!』と言っていたし、ジッロのお兄さんも道順を覚えていた。記憶が知識みたいに頭に入っているだけで、命令されたことを行っている間は元の人格が抑制されていると思われる。おそらく、若い人間を無理矢理にでも連れ去ること、暴力を辞さないことなどを命令された。そんなところでしょう」


 と、ルカがまとめた。


「うむ」

「それでも、『あのお方』の魔法はかなり強力よ。攫われた若い人間たちの数は、わかっているだけで数百を超えている。私たちの聞き込みでは、町の規模と状況から、千人以上だという話だわ。つまり、千人以上に催眠をかけるほどの力を持つ。覚悟して臨まないとね」


 クコがジッロに尋ねる。


「ジッロさんのほかのご家族はどうされているんですか?」

「お父さんは、知らない間にいなくなっちゃった。さらわれたんだと思う」

「俺もそう思う。……が、どうしてキミはそう思ったのだ?」


 気になってサツキが聞くと、ジッロは言った。


「なんかね、ぼくの知ってるおじさんみたいにさらわれちゃったのかも。おっきいモグラみたいなのが出てきて、おじさんをがばって後ろから抱きつくみたいにして、地面の中にさらっていっちゃったの。顔はちょっとキツネみたいだった」

「キツネみたいなモグラですか!」


 びっくりしてクコが口を押さえる。


「うん。おっきくてね、後ろ足で立ってたから、最初は人間かおっきいコウモリかと思ったんだけど、手がモグラの形なの。地面に連れ込まれてたから、モグラみたいだった」

「興味深いな。だから、お父さんもそのモグラがさらったのかもしれないと思ったのだな」

「うん」


 人間のように大きいコウモリというのは確かに存在する。サツキの元いた世界でも見られ、日本では琉球列島や小笠原諸島にオオコウモリが存在するし、海外で見られる大きなコウモリはメガバットやフライングフォックスと呼ばれている。


「そんな大きなコウモリ、このあたりにもいるのか?」


 サツキがクコとルカに聞くと、ルカが答えた。


「熱帯域には大きなコウモリが普通にいるけど、魔獣化して大きくなったコウモリは、これくらいの緯度でもすみかとなる洞窟さえあれば存在すると聞くわね」

「ルーン地方東部では、そんな大きなコウモリが人間の姿にも見えて、ドラキュラやヴァンパイアの伝説が生まれたとも言われていますよ。元はギドナ共和国やイストリア王国、メイルパルト王国あたりでその名前が使われ出したと言われていて、実在するかはわかりませんが、アルブレア王国の作家さんの小説で有名になりました」


 と、クコも補足した。


 ――こちらの世界でも、ヴァンパイアやドラキュラは伝説上の存在なんだな。……まあ、この世界ならいてもおかしくないが。


 サツキが空想上の存在だと思っていた獣人やエルフ、ドワーフ、ホビット、それから妖怪なんかもこの世界にはいるのだ。ヴァンパイアがいても驚きはない。

 この手のファンタジックな話もいろいろと聞きたいところだが、サツキは横道に逸れないように気をつけて言った。


「だったら、ここには洞窟もあるし、『洞窟都市』テラータに大きなコウモリがいても不思議じゃないな」

「うん。たまに町にもいるけど、屋根にぶら下がってるだけで、おそってこないよ」


 ジッロに言われ、改めてサツキが周囲を見回しても、今は大きなコウモリも近くにはいないようだった。


「その手のコウモリが食べるのは、主に果物。オレンジやトマト、オリーブがなるこの近辺だと、町の外では見られるかもしれないわね」


 と、ルカが言った。


「でも、最近は見ないの」

「ふむ。最近になって、か」


 ――だとすれば、考えられることもある。もしかしたら……。


 サツキは可能性を思い描いただけで、一度思考を止めて、問いを続けた。


「ほかには、なにか気になることはあるかね?」

「あとは、わからない」

「そうか。ありがとう」


 サツキはふっと目に秘めていた魔法を解除した。


 ――そして。《緋色ノ魔眼》でずっと見ていたが、この子に魔力反応はなかった。この子は操られているわけじゃない。


 また瞳の色が戻ったところで、少年はサツキを見上げて瞳を覗き込んだ。


「あれ? 目が、黒い」

「夕陽のせいで赤く見えたのでしょう。もう日が沈んできたし、あなたもおうちに帰りなさい」


 ルカが促すが、クコはまた腰をかがめて聞いた。


「おうちには、だれかいますか?」

「今は、だれもいないよ。昨日、お父さんもいなくなっちゃったから」

「それは大変です! では、わたしたちといっしょに来てください」


 クコがそう言ったときだった。

 フウサイがどこからともなく現れた。建物に背中を預け、サツキに報告した。


「サツキ殿。例の件、そろそろでござる」

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