幕間紀行 『ファントムケイブシティー(10)』
「うわあ! コウモリ! ……じゃない」
フウサイの声に振り返ったジッロが、その姿を見て驚き、顔を見てホッとしたように肩を下ろした。
「ふふ。全身黒いからコウモリと間違えてしまったのですね。大丈夫ですよ。フウサイさんはわたしたち
「そっか」
クコの説明を聞いて、ジッロは安心したらしい。
「それで、サツキ。例の件というのは?」
ルカが尋ね、サツキは言った。
「そうだった。それを伝えようと思っていたんだ。フウサイ、場所は?」
「昼間と同じく、先の家の前に向かっている様子」
「わかった。今から向かおう」
それから、サツキはクコとルカに呼びかける。
「歩きながら話そう」
「ジッロさんもいっしょでいいですか?」
家に帰っても家族がいないジッロを心配するクコに、サツキはうなずいた。
「もちろんだ。とにかく、急ごう」
ジッロは素直についてきてくれた。
昼間、町の人から上納金として金を奪おうとして青年と出くわした家。その前までやってくると、別の男女がいた。
「お金の徴収ではなく、やはりわたしたちへの仕返しが目的みたいですね」
「まあ、しっかり徴収もする気でいるみたいだけど」
クコとルカが言うように、男女はもう行動を起こしていた。ちょうど、昼間の家のドアを蹴り出したところだった。
「お待ちください」
まだ遠目に見える距離にいた四人より先に、彼らの前に現れたのは、見たこともない青年だった。
「私はこの町に来たばかりで事情はわかりませんが、そんなことはやめたほうがいいです」
「なんだ、てめえ」
「アタシらに用?」
「まあ、用がないっつっても、こっちには用ができたわけだが」
「ちょっと面かしてよ」
「なあ!?」
と、男のほうが青年に殴りかかった。
あっさりと青年は殴られてしまい、男に担がれる。女がドアを蹴って中に呼びかける。
「ほらほら! 開けなよ」
「は、はい」
昼間と同じおばあさんが家から出てきて、
「あの、昼間はすみませんでした。観光客がしゃしゃり出たみたいで、本当はお渡ししたかったのですが」
とお金を渡してしまった。
「許してあげるわ。でも、その観光客ってやつらはどうしたの?」
「どこにいるか教えろ」
おばあさんはおずおずと口を開いた。
「そ、それが、よくわからなくて……。さっきも町をうろついていたので、まだ町にいるとは思いますが……」
聞き込みをしていた各隊を見たのだろう。
男女はつまらなそうに背を向けた。
「わかったわ。じゃ」
「これは『あのお方』に報告だな」
「別の収穫もあったし、行きましょ」
「ああ。こいつを献上しねえとな」
お金だけ奪うと、男女は歩き出した。男の肩には、さっき殴られて倒れた青年が担がれている。
男女がいなくなると、ジッロは司令隊の三人に言った。
「正義の味方なのに、なんで助けなかったの?」
「ここに来る途中も言ったはずだ。彼らのアジトまで尾行するため。今はあえて手を出さなかった」
移動中、ジッロにはこれからの作戦を説明したつもりだが、まだ難しかったらしい。もう一度ここで説明する時間はないので、サツキはクコとルカに言った。
「俺はこのまま尾行に向かう。ジッロのことは任せる」
「はい。わたしたちは町長さんのお家でお待ちしてますね。ジッロさんのことは任せてください」
とん、とクコが胸をたたいた。
「そうだわ。はい、これ」
ルカが思い出したように、サツキに包みを差し出した。
「これは?」
「バンジョーさんも今修業している《魔力菓子》よ。
「そういうことか。ありがとう」
ええ、ルカは腕組みしてうなずく。
あとは二人が町長の家に連れて行き、士衛組のみんなが面倒を見ていてくれるだろう。
「気をつけてくださいね、サツキ様」
「無理はしないで」
クコとルカが声をかけた。
「うむ」
サツキはうなずき、動き出した。
サツキが尾行していると、急に、ぽんと背中を叩かれた。
「やあ。サツキ」
「来たか。ミナト」
やってきたのは、ミナトだった。
「フウサイさんが案内してくれた。でも、影分身のほうなんだって?」
「そうだ。本体はあの通り。やつらに運ばれている」
「ああ、あれがフウサイさんか。うまく変装するものだなあ。ルーン地方のありふれた青年にしか見えないや」
「当然だ」
「まあ、あれなら怪しまれないだろうね。さ、尾行をしないとね。そのために僕を呼んだんだろう?」
「うむ」
話している最中でも、ターゲットはどんどん先へ進む。
ターゲットを影から見守りつつ話していたサツキ。その手を、ミナトが握った。次の瞬間、二人は別の建物の影に移動していた。ターゲットとの距離が詰まっている。サツキが建物からわずかに顔を出して、ミナトはサツキの肩に手を置いて後ろから覗き込む。
サツキはターゲットから目を離さずに言った。
「尾行には、注意点が二つある。一つは、ターゲットから離れすぎないこと。もう一つは、見つからないこと。やることはわかっているみたいだな」
「そのためのキミと僕だ。一定の距離を保つ上で、こうやって《瞬間移動》すれば背後の動きがほとんどないから見つからない」
ミナトは、《瞬間移動》の魔法を使うことができる。ただしそこにはいくつかの条件もあり、万能ではない。
「で、サツキは物体を透過して見られるんだったね」
「《透過フィルター》だ。ミナト、今度の角は右に曲がった」
「はいよ」
と、ミナトは《瞬間移動》して消えた。次に現れたのは、先の角の死角であり、また二人はそこから顔を覗かせた。
「いるねえ。うん、完璧。僕たちの相性はばっちりだ。これなら最強の怪盗にもなれるかもよ」
「今やってるのは、どちらかと言えば探偵じゃないか?」
「確かに。サツキは探偵っぽいや」
サツキとミナト、二人の共通の友人であるとある陰陽師には、サツキは少年探偵はんと呼ばれているが、それもサツキが王都で事件が起きたときに謎を解いたことによる。
「それにしても、《瞬間移動》は触れ合っている相手も効果を受けられるのは便利だな」
だから、ミナトはサツキの手を取ったのだ。そのあと、物陰からターゲットを観察する際に顔を覗かせる動きも、自然と距離が近くなるそれも、《瞬間移動》の条件に合うので都合が良い。ゆえに、サツキとミナトにとって、ピッタリくっつくのが正しい距離感なのである。
「やっぱりミナトの《瞬間移動》について、
「そうなんだよねえ」
と言ったときにはまた《瞬間移動》で別の建物の影に隠れ、しっかり距離を保つ。
「こき使われそうだから、あえて黙っていたんだ」
「ふ」
つい笑ってしまう。そんな理由ではなく、ミナトがサツキにすべてを託してくれた信頼から教えてくれたのだ。それがわかっていたから、サツキは笑った。ミナトは冗談が好きなたちだが、サツキもなかなか嫌いじゃない。
「悪いが、今後は遠慮なく多用するから覚悟してくれよ」
「まいったなあ。今も遠慮の欠片さえなかったじゃないか」
とミナトがおかしそうに笑った。
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