幕間紀行 『ファントムケイブシティー(11)』

 また《瞬間移動》して、サツキとミナトが物陰から顔を覗かせた。ターゲットが角を曲がるのを見守る。

 サツキは《透過フィルター》の魔法で物体を透過して、ターゲットの行く先を確認した。


「ミナト、次は左だ」

「じゃあ、あそこがいいかな」


 ターゲットの進行方向から考えて、物陰から観察するのにちょうど良い場所に《瞬間移動》した。

 ただし、今度は二回連続で行う。


「……」


 このとき、サツキはなにも言わなかったが、ミナトの《瞬間移動》の性質について推理できることがあった。


 ――やはり、ミナトはたまに、《瞬間移動》を重ねる。二回連続で行う状況には、同一の条件もあると思われる。確信できたとき、ミナトに聞いてみるか。ミナト自身、自分の魔法について俺に教えてもらいたがることもあるし。


 サツキとミナトは、よく二人で修業もする。出会った頃からそうだった。だが、最近はそれも少し変わった。どうやったら強くなれるか、魔法はどうすればいいかなど、二人で研究するようにもなったのである。

 特にミナトは、しんりゅうじまでサツキを相棒と認めて以後、サツキの意見を聞きたがるようになった。

 また、変わってきているのはミナトだけでもないとサツキは思っている。


 ――実は、ルカもちょっと変わってきているのかもしれないんだよな。


 サツキはかぶっていた帽子を手に取り、帽子の中に手を入れた。帽子は魔法道具になっている。アキとエミがくれた代物で、中が四次元空間になっている。しまっておいた包みを取り出した。開くと、《魔力菓子》があった。


「ミナト。はい」

「これは和菓子か。ヨウカン。僕、好物なんだよ」

「海老川博士の《魔力菓子》だ」

「ああ、魔力が回復するお菓子だね」

「さっき、ルカがくれた」

「へえ。気が利くなァ」

「あとでお礼を言っておくんだぞ」

「うん」


 さっそく食べ始めるミナトを緋色の瞳で見て、ミナトの魔力が回復していくのを確認する。


 ――俺の元に来るまで、ミナトは《瞬間移動》を繰り返したはずだ。さらに俺との尾行で《瞬間移動》を駆使している。そうなると、魔力の消費もかさむ。そこまで読んで、ルカはミナトの魔力を心配して《魔力菓子》を渡してくれたんだ。


 先程、別れ際にルカがくれたのはそんな意図だったのだ。


 ――昔は士衛組のみんなの状態なんて気にかけなかったルカだけど、今は士衛組のみんなのことをよく見ていると感じることが増えた。ルカの変化も良い兆候だと思う。


 ヨウカンを半分ほど食べて、ミナトはサツキに言った。


「サツキも目を使ってるだろう。食べておきなよ」

「そうだな」


 ミナトが口元にヨウカンを持って来たので、それを一口食べる。


「俺は充分だ。あとはミナトが食べてくれ」

「了解」


 おいしそうにミナトは食べて、ターゲットを観察しながらまた《瞬間移動》した。次のポイントで、最後の一口を食べ終える。男に担がれたフウサイを見て、


「フウサイさん。怪我とかはないかな?」

「大丈夫だ。うまくやられたフリをしていた」

「そっか」

「ああ」

「彼らがフウサイさんを攫ったのも、穴を掘るための新しい人手ってことだね」

「だろうな。万が一、連れて行かれたフウサイが偽物だとわかったら、相手に気づかれずに作戦を立てて乗り込むって選択が取れなくなる」

「そうだね」

「こっちの準備を待たず、相手側から攻め込まれるかもしれない。だから本体じゃないといけないわけだ」

「それはわかったけど、サツキはフウサイさんの影分身が見破られる可能性が高いって考えてるのかい?」

「見破られるというより、影分身が解除される可能性だ」

「解除か。僕、フウサイさんと修業するけど、戦ってダメージが大きいと消えるんだ。つまり戦うかもってこと?」

「いや。一応、《かげぶんしんじゅつ》は忍術だが、俺が里の試練で影分身を見破ったように、あの術には魔力反応がある。言い換えれば、魔力によって行われるってことだ」

「なるほどねえ」


 もうミナトは納得したらしい。だが、サツキも言語化はしておいてやる。


「地下の洞窟は、魔法による結界が張られている。渓谷の横穴のように侵入できない場所もあった。そしてその結界には、魔法を使えなくする効果を仕掛けられている可能性も高い。俺の《透過フィルター》や《緋色ノ魔眼》が地下を探れなかったのも、深さのほかにそうした可能性も考えられるからな。そこへ影分身だけが向かえば、その影分身は本体じゃなく魔力によって創られたものだから、結界によって消えてしまう」

「すると、わざと捕まったことがバレる。ゆえに、潜入させるのは本体じゃないといけないってわけだね」

「そういうことだ」


 フウサイによる潜入捜査。

 それがサツキがフウサイに話した作戦であり、その潜入捜査をする際に本体を差し向けるのも作戦だった。




 先程、サツキとフウサイは、こんな話をした。


「そもそも、影分身っていうのは頭脳は一つながら、たくさんの手足と視野を同時に扱っている状態だという。ピアノを弾くとき、俺は指を一本ずつ動かしてもうまくできない。しかし、慣れれば全部の指を同時に動かせるようになる。手足のコントロールも同じで、扱える分身体のコントロールも慣れでできるようになる。それに比べて、視野ってのは特殊だ。視野は扱いが難しい」

「で、ござったな」


 目を三つも四つも持っている人はいないから、話を聞いて参照するのも難しい。だが、その説明も玄内がしてくれたことがある。神龍島で教えてくれたことを噛み砕いて言えば。


「手足が別々のこと同時にできるのに対して、視野は一つしか持たないのが普通だ。物を見るとき、二つの眼で立体的に捉えることができる。動物や昆虫の中にも、複眼など複数の目でより高度な立体視を可能とする生物もいる。忍者の影分身は、それを応用して考えられる。あっちにもこっちにもカメラがあって、あらゆる角度から物を見る。そのおかげで空間把握能力が著しく高まる」


 フウサイの精密な手裏剣の投擲や吹き矢、鮮やかな身のこなしなど、常人にはないレベルの空間把握能力があって成り立つものは多々ある。


「確か、影分身がまったく別の場所にいたとしても、どこかを集中して見ていて、ほかはおざなりになっている、と玄内殿も言われていたでござる」

「うむ。影分身が複数の場所にいて、まったく別の物を監視しているときはどうなるのか。一度に見えるのは一つの対象だけ。つまり一つの視野だけで、ほかはぼんやりとしていることになる。頭を動かさずに目線だけギリギリ右や左にしたら、もう片方の目は意識して使っていないだろう? そんな感じで、集中して見ている視野以外はぼんやりしつつ、動きがあればメインカメラを切り替えるようなものなのだと先生は言った。この切り替えも、影分身がいてこそできる。もし、結界に入ったら魔法が使えなくなるかもしれない。そうなれば、俺の側に潜んでいる影分身も消え、視界は当然本体の一つのみになる……」

「そのときは、なにをすればよいでござるか」

「俺についていてくれる影分身が消えることは、俺との連絡が途絶えることを意味する。残るのは、洞窟に攫われた本体のみ。これを、俺とミナトは尾行する。だが、突撃は洞窟までの経路を探って、一度戻って士衛組のみんなに伝え、全員で行う。俺たちは必ず、洞窟に乗り込む。いざ戦闘が始まれば、加勢できるように備えていてくれ。魔力を使わない忍術の判断は、フウサイにしかできないし、うまく道具を仕込めるのかもわからない。催眠系の魔法をかけられた場合、自我をどれだけ残せるかもわからない。俺とミナトの尾行は、侵入経路の把握が最大目的だし、フウサイの仕事はひとまずそれだけで充分過ぎるから、あとは可能な範囲でいい。もし、自我を失わずにひっそりと情報を集められたら、そしてそれを外に伝える手段がなにかあれば、報せてくれ」

「御意」

「あくまで、フウサイはやられたフリをして敵地に潜入できれば、最重要の任務は果たせたことになる。無茶はしないでいい」

「お気遣い、痛み入るでござる」

「そして、影分身がいるうちはフウサイを攫うやつの会話を聞いて、尾行中の俺に情報を伝えてほしい」

「諜報でござるな」

「頼む」

「はっ」


 それからフウサイはまた姿を消して、サツキがクコとルカを探したのだった。

 フウサイの影分身の仕掛けについては、尾行中の今あえてすることでもない。機会があれば話せばいいし、フウサイ自身、


「ミナト殿には、いつか話そうと思っているでござる。ミナト殿とはしばしば修業もするゆえ、理解があれば修業の密度も変わるやもしれぬので」


 とのことだった。そのうち、フウサイが自分のタイミングでミナトに忍術の話をすると思う。

 さて。

 サツキがミナトと尾行していると、さっそくフウサイが声をかけた。

 ただし、姿は見せずに、声だけが聞こえる。影分身がサツキの影の中などどこかに潜み、頼んでおいた諜報活動をしてくれたのだろう。

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