幕間紀行 『ファントムケイブシティー(12)』

 フウサイの影分身が、姿を現さずに告げた。


「もし。サツキ殿。一つ、わかったことがござる」

「なにかね」


 本体は潜入捜査のために攫われている途中にあり、攫った男女の会話を諜報するのが目的の一つでもあった。フウサイの影分身は、耳にした情報をサツキに報告してくれた。


「どうやら、『常闇ノ地下都市計画ファントムケイブシティープラン』というものがある模様。例の『あのお方』が計画し、拙者の本体を攫っている者たちや攫われたほかの者たちが手足として働かされている様子でござる」

「ふむ。『常闇ノ地下都市計画ファントムケイブシティープラン』か。攫われた人たちは、その計画のために洞窟を掘っている。そういうわけだな」

「それから。拙者の主観が混じるゆえ、話半分に聞いていただきたいことが」

「なんでも言ってほしい」

「では」


 サツキの分析力を信じているから、起こったことはありのままに伝える。そこに、フウサイの考えを述べる手順になる。


「彼らは、このあとなにをすべきかを確認し合っていたでござる。それは『あのお方』への報告であり、拙者を突き出すことであり、洞窟の掘削作業でござる。気になったのは、無駄話はなく、目的意識が強いということ。ゆえに、催眠系の魔法について、サツキ殿がクコ殿たちと話したものとおおよそ一致していそうでござる」

「なるほど。それで、気になった点は?」

「はっ。なにも知らぬ観光客に変装した拙者本体でござるが、わたしを連れ去ってなにをつもりですかと聞いたところ、『あのお方』へ突き出すとの答えがあったものの、ほかの観光客も見えないですねと言ってみたところ、『昔はいたんだが』とのこと」

「へえ。探りも入れてくれたんですねえ」


 と、ミナトが言った。


「目的意識は強い彼ら……しかし拙者とも会話ができていたことから、骨の髄まで支配する効果はないとみえる」

「だな」

「忍者は幻術や催眠への耐性のために、忍耐力と精神力を鍛えるものでござる。拙者も、程度の低い幻惑魔法は効かぬし、催眠術にも耐性を持っているでござる。特別効果の強くないものならば耐え忍び、自我を保てると思われるでござる。ゆえに、相性が悪くなければ、サツキ殿たちの侵入経路の把握ののちも、まだ働けるやもしれぬわけで」


 旅の中で、サツキはフウサイからもそうした話を受けたことがあったし、玄内も交えて神龍島で話を聞いたこともあった。そんな忍者の特性も考慮して、フウサイにこの仕事を任せたかったのだ。フウサイの報告も合わせて考えると、この采配は吉と出てくれるかもしれない。


「わかった。その後の諜報活動などは、できる範囲で頼む」

「御意」


 フウサイが答え、ミナトもお願いしますと言った。




 空がますます暗くなってきたところで、サツキとミナトはようやく洞窟の入口らしき場所を見つけた。

 フウサイを攫ったあの男女が、洞窟に入ってゆく。


「フウサイ。気をつけてな」

「はっ。サツキ殿、ミナト殿。あとは頼んだでござる」

「はい。フウサイさん。お任せください」

「遅くとも、明日の朝には向かう」


 最後にフウサイの影分身と会話を交わして、フウサイの気配が消えた。


 ――さて。このあともフウサイの影分身は残るかだが……。


 入口は、やや大きな横穴になっていた。

 場所は町の中でも南のほうで、高さで言えば下のほうになる。そこまでの道はやや複雑であったし、だれもが簡単には来られないだろう。家も少ない場所ゆえに見つからなかったのかもしれない。

 また、物陰から見ている限り、特別なことはせずに入れている。


「どうやら、あそこから普通に入れるみたいだね」

「うむ。《緋色ノ魔眼》で見ても、入るのに問題はない。渓谷の横穴とは違うけど、魔法の結界もあるから、魔法の使用はできないかもしれない」

「フウサイさん」


 ミナトが呼びかけてみるが、反応はない。いつもならばどこかに潜んでいて答えてくれるのに、反応がないということは。


「いやあ、本当に影分身は消えたようだ。これはサツキが言うように、魔法の使用ができない結界が張られているらしい」

「侵入経路の把握は済んだ。さっそく戻ってみんなに報告しよう」

「うん」


 またミナトがサツキの手を取ると、連続で《瞬間移動》した。

 一度にどれほどの距離を《瞬間移動》で飛べるのか、それはミナトにもわからないらしい。


「実際、どれくらいまでならいけたんだ?」

「最大で?」

「そう」

「百メートルほどなら、なんとなくで飛べる。が、三百とかは難しいんじゃないかなあ」

「自分の魔法だろう。あやふやすぎるぞ」

「あはは。まあ、僕の中でちゃんとわかる位置にしか飛ばないから、そのつもりでね」

「わかった。俺としては、こうした移動にも使ってもらえたらそれだけで助かるしな」

「今回は特別。ずっと動き詰めだったサツキのためだよ。《瞬間移動》中に足を動かさないからって、僕だってまったく疲れないわけじゃないしさ」

「そうか」


 短く言って、サツキはちょっと考える。


 ――わかる位置にしか飛ばない。それって、ミナトの驚異的な空間把握能力と関係があるのだろうか。ミナトの空間把握能力は人間業とは思えないほど高く、影分身によるいくつもの視点によって補強された状態のフウサイにさえ引けを取らないレベルだと先生は言っていた。


 そのミナトがわかる位置にしか飛ばないと言った。


 ――わかる位置とは、言い換えれば把握できる位置。ミナトの空間把握能力が及ぶ位置への転移を可能とするなら、普段平気でやっている五十メートルほどまでなら、精密に把握できてしまっているということかもしれない。百メートル以上になってくると、なんとなくで飛ぶ、になるのかな。


 チラとミナトを見るが、今も五十メートル間隔で《瞬間移動》を繰り返しており、ミナトは平然としている。

 常人がどれほどの距離まで精密な把握ができるかわからないが、ミナトの感覚は特殊なのだろう。

 途中でミナトが《瞬間移動》をやめて、


「よし。ここからは走ろう」


 と言った。


「うむ。ここまでありがとう。ミナト、大丈夫か?」

「当然。行くよ」


 二人は駆け出した。

 町長の家までは随分と近くまで来られた。そろそろ見えてくる頃だろう。町長の家に急いだ。

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