幕間紀行 『ファントムケイブシティー(8)』

 サツキと参番隊は、渓谷の横穴に入ってみた。

 人が通れる大きさ。

 ナズナは地面に足をつけず空を飛んだままで、チナミは一歩ずつ進んでゆく。

 しかし、その足はすぐに止まった。

 たったの三歩で、チナミは見えない壁にぶつかったような感覚に陥った。それはナズナも同じで、見えない壁に頭がこつんとぶつかってしまった。


「いたっ」


 と、ナズナが右手で頭を押さえる。左手にはサツキとリラを乗せたままだ。


「壁っぽい……けど、なにも見えない。サツキさん、なにか見えませんか」


 チナミが聞いた。


「《いろがん》で見たところ、魔力の壁みたいなものが見える。結界だと思われる」

「では、この先への侵入は難しそうですね」

「そのようだ。ナズナ、超音波を試してみてくれ」


 サツキの指示に、


「あっ、はい」


 と答え、ナズナは「あー」と声を出しながら超音波を発した。

 こうして声を出しながらのほうがナズナは超音波も発生させやすいが、サツキとしてもチナミとしても、戦略上ナズナの《超音波探知ドルフィンスキャン》は隠密行動に使いたい場面が多いし、声を出さずにできるようになるとうれしいと思っている。だが、こればかりは簡単にできるものではない。


「どうだった?」

「ダメ、です。目の前で跳ね返されちゃう、感じです」

「わかった。一度、退こう」


 敵の気配はない。見られている様子もない。だが、撤退を決めたら迅速にするのが鉄則だ。

 一行は洞窟の横穴から出てきて、チナミが器用にジャンプしながら渓谷をのぼり、ナズナが羽ばたき、さっきこの渓谷を見下ろしていたテラータの町の端まで戻ってきた。

 リラが肩を落とした。


「奥のほうも見えませんでしたね。残念です」

「うむ。まずは、俺とリラの大きさを戻してもらおう」

「そうですね。ナズナちゃん、お願いね」


 ナズナが小槌を取り出して、二人に向かって振った。


「《うちづち》さん、お願いします。おおきくなーれ、おおきくなーれっ」


 どんどんサツキとリラが元に大きさに戻っていって、完全に元通りになると、ナズナがリラに小槌を返した。


「はい、リラちゃん」

「ありがとう。ナズナちゃん」


 サツキも「ありがとう」と言って、それからこめかみを叩いて《透過フィルター》を発動し、《いろがん》も同時に使って周囲を確認する。

 チナミが額当てを外して忍者衣装を解き、額当てが巻物に戻った。


「どうです? サツキさん」


 透過できた範囲に敵の姿もなく魔力反応もない。それがわかったので、参番隊に言った。


「敵は周囲にいない。だが、速やかに離れよう。気配や超音波の反応を察知して、こちらにやってこないとも限らない」

「はい」


 リラが返事をして、参番隊とサツキはその場を離れて行った。




 町長の家は、テラータの町の上のほうにある。

 今、サツキと参番隊がいるのはテラータの町の端で比較的下部になるため、ここからのぼっていく必要がある。


「あら。綺麗」


 リラが顔を華やがせる。


「本当だね。オレンジ色の明かり、優しくて、好き……だな」

「夕陽に照らされた町、灯る明かり。幻想的」


 ナズナとチナミもつい見とれてしまう町の景観に、サツキも感嘆の声が出る。


「だな。さすが、観光名所だ」


 坂ばかりでなく階段もあったり、ぎゅっと詰まったおもしろい町の構造だが、町の端からの眺望はなかなかだった。

 洞窟住居という特殊な家並みに、オレンジ色の明かりが灯っている。チナミが言うように幻想的で、夕空との調和も美しい。これが夜になればまたオレンジ色の明かりが強いコントラストになって見事な景色となることだろう。


「来た価値が、あるね」

「うんっ、そうだね。リラ、絵を描きたくなっちゃう」


 まだうっとりしているナズナとリラにチナミが声をかける。


「でも、もう夕方になってるし、早く町長さんのうちに戻ろう。士衛組のみんなにも報告しないと」

「みんなのパトロールと聞き込みの結果も聞きたいしな。行こう」


 最後にサツキが言って、参番隊が「はい」と明るく返事をして町長の家に戻った。




 家に戻ると、ちょうど戻った弐番隊とばったり会った。

 それから少しして壱番隊一人で出ていたミナトが戻ってくる。


「やあ、サツキ。どうだった?」

「先生たちにはもう報告したが、渓谷には人が入れる横穴があった。しかし、結界が張られていて俺たちは侵入できなかった」

「へえ。そいつは厄介だなァ」

「ミナトのほうはどうだ?」

「僕もほうは成果なし」

「先生たちも話さえ聞けなかったようだ」

「だよねえ。僕は小さな男の子と仲良くなって、その子のおうちでお茶だけいただいたが、世間話をしただけだもん」

「おまえ、こんな町でも子供とはすぐに仲良くなれるんだな。怖がられたりしなかったのか?」

「ちょっと離れたところに行ったから、僕らが目立っちゃったって話を知らなかったみたいなんだ。その子の家族も士衛組の噂は知らなかったよ」

「なるほどな。ミナト、クコとルカを見てないか?」

「うん」

「じゃあ、俺はちょっと見てくる。ミナトはみんなと待っていてくれ」

「僕も行こうか?」

「いや。ミナトもずっと歩いて疲れただろう。休んでいてくれ。場合によっては、このあと任務がある」

「わかった。気をつけて」

「うむ」


 サツキはミナトと入れ違いに外へ出て、同じ司令隊のクコとルカを探す。

 司令隊として、自分が二人を探すのが筋だ。そうした理由のほかに、このあとの方針を士衛組の頭脳である司令隊で話し合いたいと思っていたからというのもある。

 歩きながら、周囲を見る。


 ――だれも外に出ようとしないよな。この時間だし。だが、クコとルカが町の人から話を聞けて遅くなっているとしたら、ミナトみたいにちょっと遠くまで足を伸ばしているかもしれない。


 人の姿は見えない。

 夕方になって、夕陽も徐々に沈み出している。

 あと三十分もすれば日没だ。

 サツキはフウサイを呼んだ。


「フウサイ」

「はっ」


 どこからともなく、フウサイが現れる。


「ちょっと頼みたいことがある」

「なんでござろう。サツキ殿」


 これまでの旅で、フウサイはサツキと出会ってからというもの頼まれた仕事はすべて完璧にこなしてきた。サツキはフウサイに、忍者として完全な信頼を置いている。そしてフウサイもまた、サツキの先を読む力や指揮官としての能力を信じ抜いている。


「このあと起こることはおおよそ決まっている。そこで、フウサイには潜入捜査をしてきてもらいたい」

「御意」

「だが、それには手順がある。影分身も使ってもらうが、潜入に行くのは本体だ。つまり、ただの潜入捜査よりも危険が伴う。できるか?」

「無論。サツキ殿の思うままに果たしてみせるでござる」


 うむ、とサツキはうなずく。


「じゃあ、さっそくこのあと起こるであろうことを話していく。フウサイにしてもらいたい手順も合わせて話す」

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