31 『言葉の裏』
玄内は、とある部屋につけておいたドアノブをひねった。
《
食堂に行くと、バンジョーがいた。
「おう」
「あ! 先生! もう終わったんすか」
「いや、まだだ。今日は飯もいい。明日の朝戻るからみんなにはそう伝えておけ」
「オッケーっす!」
「それから、別荘にはだれも来ないように頼む」
玄内は伝言して馬車を通り、再び晴和王国の別荘に戻ってきた。晴和王国、『
――トウリのやつ、表情に出にくいタイプだな。が、おれへの警戒もある。王都の知人の魔法《
現在、トウリはそれを懸命に考えているようだ。
――逆に、おれはもうおまえらの事情、リラの事情も読み切ったぜ。リラが旅立ちの前に創造した魔法、それは物体の生成をする系統であること、しかも絵を描いて実体化するものであること、ワープ系の魔法の使い手によって王都に送ってもらったこと、そこでおまえたち二人と出会ったこと、リラもクコを追って西へ向かっていること、がな。ウメノとの雑談だけでもそれくらいは読めた。リラが「絵が上手」と言ったとき、けん玉に視線を落とす素振りを二度もしたり、わかりやすいヒントもあったからな。おまえらがリラの敵じゃないこともわかった。だからネタばらしでおれが話してやってもいいが、最低限の読みができるようなやつじゃないと、リラの味方として認められねえ。おれも協力関係を結ぼうとは思わねえ。ヒントは少ないが、辿り着くことを期待するぜ。おれは結構、おまえらのこと、気に入ったんだ。
部屋では、トウリとウメノが夕食のお弁当を広げながら待っていた。ちょうど準備ができたらしい。
「おかえりなさい」
「どうぞお召し上がりください」
二人の前に座り、玄内は薄く笑った。甲羅の中から酒瓶を出す。
「酒ならある。付き合ってくれや」
玄内が酒を注ぎ、二人は飲み始めた。
ウメノにはオレンジジュースも用意してやる。
「わあ! ありがとうございます! 玄内さまの甲羅はすごいですね!」
「《
と、湯気の立った温かい焼き鳥を取り出した。
紙皿も甲羅から出して並べて、ウメノは拍手した。
「わーい! 姫は焼き鳥も大好きですよ!」
「そりゃあ酒飲みの才能があるかもしれねえな」
これにはトウリもウメノもおかしくて笑った。玄内は冗談も通じるし、妙に空気感も合うようで、トウリも食事を楽しんでいた。
――さて、改めて……。玄内さんがアルブレア王国へ向かっていると仮定して、その目的はなんなのか。それを導き出すため、情報をまとめよう。玄内さんにはリラさんへの敵意がないとも思ってる。あとは、ゆっくり、じっくり、考えてみる……。
会話も弾み、ウメノはいろんな話を一生懸命になって玄内にしている。
玄内はお弁当のおにぎりを食べて、
「しかし、晴和の飯はなんでもうまいよな。売り物でもない弁当なんて久しぶりだぜ。家庭の味だな」
「お口に合えばいいのですが」
「合うねえ。晴和の米はどこのもうまい」
「お米は姫のおうちから送ってもらったんですよ。
うれしそうにちょっと得意げな顔になるウメノである。玄内も笑顔を返す。
「なるほどな。いい米だ!」
「はい!」
トウリはそんな二人をにこにこと見守るようにして、お酒を一口いただく。
――すっかり意気投合してるなあ。おれも玄内さんのこと、好きになってしまった。もっと早く知り合って、王都でもいっしょに食事もできていたら……。
そこで、閃くものがあった。
――……食事。やっぱり、玄内さんはもう晴和王国にはいなかったらしい。現在地は海外だ。
玄内の言葉によって、今確かめられたように思う。
――玄内さんはかなりの食通だ。グルメな人だし、《
今だって焼き鳥を出してくれている。
――そんな玄内さんが、「晴和の飯」と口にした。おそらく無意識で。これは、現在の玄内さんの旅の場所が晴和王国ではないから。
海外にいるからそんな言い回しになってしまった。
であれば、あとは旅の目的がなんなのか。
――旅の目的の第一は、元の身体を取り戻すこと。同時に、別の大きな目的も抱えているかもしれないと思った。それらはどちらも海外にあって、同じ場所になる。リラさんとのつながりがあるとすれば、アルブレア王国だと思われる。だが、結び付けられる根拠がない。
情報が欲しい。
――もう少しだけ、情報があればな……。ヒサシさんかサクノシンさんがいたらよかったんだけど。
茶人のヒサシは無数の情報網を組み上げており、しれっと情報を与えてくれる。御伽衆のサクノシンもたまに顔を見せては情報をくれる。どちらも今の鷹不二にとって大切な生命線である。
――そういえば、サクノシンさんが言ってた。茶や囲碁将棋をやるといい。情報網を張れるから、と。おれが持ってる糸なんて、最近将棋を教えてくれるようになった『名人』トモヒロさんや……あっ。
トウリは思い出した。
――トモヒロさんの娘は、確か玄内さんと同じ日に王都を旅立った。お隣に住む、カエデさんの娘も同じ日に。二人がいっしょに旅立ち、カエデさんの家はアルブレア王国王家と親戚関係にある。しかも、リラさんはその日だったか前日か、お姉さん・クコさんに会いたいと思いながらもすれ違ってしまったらしい。これだけのキャストが、あの日の王都にはそろっていた。しかもすべてがクコさん、リラさんとつながる糸だ。この偶然の重なりに意味があったとして、それらを結び合わせると……玄内さんは、クコさんたちといっしょに海の外へ出た。その可能性はないだろうか。
一人娘を預けるには、相当の覚悟がいる。だが、今目の前にいるこの『万能の天才』が仲間にいたら、不安などあるだろうか。ない、とは言い切れない。それでも、王都にいる人間は知っている――この天才にならば娘を預けても大丈夫だ、と。
玄内が海の外に出た。
この想像を裏づける情報はある。『
――測量艦を浦浜に迎えに行ったとき、中華料理屋のウエイトレスの発言が怪しかった。あのウエイトレスが王女姉妹のことを知っているのは、あまりに通じすぎていると思った。だからおれは魔法を使った。《
トウリのこの魔法は、他人だけでなく自分にかけることもできる。しかも、自分の偏差値を操作する場合に限り、そろばんを使う必要がない。
操作する偏差値には、『体力』や『容姿』など五つの項目があり、浦浜では『芸術』と『頭脳』と『道徳』を削って『体力』に数値を割り振った。一時的に、トウリは常人にはないほどの聴覚が備わり、この力を使って、店の奥に下がったウエイトレスたちのとある会話を聞いた。
「ワタシたち、アルブレア王国には帰れないから関係ないアル」
「あのあと目が覚めたら魔法も使えなくなってたし、騎士なんてもう無理のコトよ」
この会話も完璧に思い出して、トウリは思考する。
――彼女たちはアルブレア王国騎士だ。騎士を動員する「なにか」が起こっているとは読めていた。でも、あのときは聞き流していたことがある。「魔法も使えなくなっていた」の部分。これは、文字通り他者の魔法を禁止する能力……たとえば、リョウメイさんの《
これが、クコと玄内を結ぶ整合性を取る可能性。
リラの話とのリンク。
――強い仲間と呼ぶのに、玄内さんならだれから見てもそれは瞭然。そして、あまりに秘密裏な王女姉妹の脱走劇は、姉妹の通信を充分なものにもできないほどだった。あるいは、クコさんを追って旅立ったリラさんが、あまりにも急速な移動をした。クコさんが把握しきれないほどに。リラさんの移動が高速だったと考えられる理由に、リラさん自身がアルブレア王国騎士を意識していなかった点に現れている。追われているのはクコさんだけ。リラさんの目的は合流だが、それほど高速な移動をした場合、リラさんはすれ違いながら、アルブレア王国を目指しながら、クコさんを探していたことになる。同時に、姉妹での連絡は予期せぬスピード感に翻弄され、玄内さんさえリラさんの居所をつかめない状態にある。今現在も。
このあたりからは、確証はない。
だが、あながちまったくの見当外れとも思えない。
――クコさんも、リラさんも、玄内さんも、目指すは、アルブレア王国。キミヨシくんとトオルくんの目的地もそうだった。アルブレア王国には、賢明な河賀沙家が『
これについては、兄・オウシも口にしていた。
――兄者の予想では二、三年以内になにかが起きる。よほどの役者がそろわなければ、まずそのくらいだと言った。もし、おれの推論が正しかったとして、玄内さんが元の身体を取り戻す以外の大目的を持っていた場合、そしてそれがクコさんにとっての大目的であり、国家規模の大事であり、玄内さんはそのサポートだとしたら、アルブレア王国は……一年以内に変化を迎える。
オウシの勘の良さに、トウリは身震いした。
――兄者が、予感がするからって浦浜を手に入れることを急いだ。測量艦を使ってアルブレア王国の捜査までさせていた。しかも、嵐の前の静けさだと報告を受けたのに、今度はさっそくアルブレア王国にまで行こうと計画してる。いったい、なにが見えてるんだ……。
ゾッとするほどのオウシの動きに愉悦の笑みさえ浮かびかける。それを表面に出さぬよう、トウリは平静な顔で言った。
「玄内さん。よろしければ、お米を送りましょうか」
「悪いが、頼まれてくれるか。本当にうまい。おれからもうまいもんを送り返してやるぜ」
ウメノが天真爛漫に、
「わーい! ぜひたくさん食べてください! どんなお料理にも合うじまんのお米ですよ! 玄内さまはお料理ができますか?」
「作れなくはねえが、不精者でな。研究やら発明やら、やることが多くてずっとつくってねえ」
「姫はトウリさまによろこんでもらえるお料理ができるようになるために、お勉強しようと思ってます」
「偉いじゃねえか」
えへへ、とウメノは楽しそうだった。
トウリは、さっきの会話を聞いて、確信した。
――旅には仲間がいる。料理ができる人が。クコ王女の強い仲間の中に玄内さんが含まれ、料理ができる人もいる。料理をずっとつくっていないのにお米を送ってほしいと言ったのも、料理上手な仲間がいるからだろう。そうすると、さっき「晴和の米はどこのもうまい」なんて言った背景も見えてくる。
その言葉が引っかかっていた。
だが、玄内が一定以上の期間海外にいて、晴和王国の米も特定のものしか食べられない状況ならば、話が通る。
――売り物のお弁当や飲食店の料理をそのまま保管していれば、晴和の食事自体は久しぶりにならない。でも、家庭料理はその限りじゃない。仲間の料理人がつくる料理に《
現在地の正確な特定はできない。
あくまで、リラとクコと王都ですれ違いそう時間を置かずに両者が海の外に出た場合、そうなるだけだ。
だが、ここまでの想像が正しかったとして、他にわかることをまとめると。
――玄内さんたちの旅は西へと続いている。だが、不規則な挙動をみせるリラさんへの合流はまだ叶わず、そのときを待っている。そして、王女姉妹はアルブレア王国の地位ある何者かと対立している。それは、国王ではない権力者。となると、王女姉妹は国に反乱を起こそうとしているのではなく、反乱分子を取り除くために一度外に出た。かな。
今は力を蓄えながらアルブレア王国へと帰っている最中。
だから、やはりこの宿はいつでも戻れるポイントでしかない。ここにやってこられるのが玄内だけなのか、旅の仲間もなのか、それはわからないが。
――とにかく、大きな、とても大きな革命が起きる気がする。おれも関わるかもしれない。ただ、今はまだ、おれも玄内さんも、その途中にいる。やっぱり、この方とはつながりを持っておいたほうがいいだろうな。玄内さんと親密になることで、リラさんを助けることができるかもしれない。
やっと、トウリの色が完全な落ち着きをみせた。
それを《
――辿り着いたか。
と思った。
玄内がトウリに言った。
「さあ、飲んでくれ。遠慮はいらねえ」
「いただきます」
トウリは微笑みかける。
「玄内さん。お米のことですが、送り先はこちらでよろしいでしょうか。ここなら、いつでも、どこまで行こうと、受け取れるでしょう?」
「……へ。まあな」
思ってもいなかった言葉に、玄内は内心楽しくてトウリにおかしな友情を感じていた。
――いいねえ、こいつ。リラのことだけじゃなかったかよ、読み取れたのは。どこから推理したのかわからねえが、おれが旅をしていて、ここがいつでも帰ってこられる家であることまで看破するとはな。せいぜいアルブレア王国のことくらいまでだと思っていただけに、期待以上だぜ。どこまでわかったのか、答え合わせしたいところだが、せっかくおもしろい会話してんだ。聞くのも野暮だな。
正直、玄内は以下の三点ほどが読めたら充分だと思っていた。
①自分とリラが敵対関係にはなく、トウリの警戒が不要なものであること。
②玄内がリラと会いたいと思っていること。
③現在不安定なアルブレア王国の調和のため、クコとリラが動いていること。
だから、玄内が海の外にいることやこの宿のシステムにまで気づくとは予想外であった。
玄内は甲羅から小さな箱を取り出した。
「先に、礼をさせてくれ。ここに小箱がある。《
「占う、ですか」
「目安を教えてくれるって魔法だから、占星術じゃねえけどな」
「お願いします」
小箱には『目安箱』と書かれており、そこに玄内は小銭を入れた。小銭が小箱の中で跳ね返る音を注意深く聞き分け、玄内は言った。
「時は晩夏」
「はい」
「水平線を超えた
「……?」
「ただ会えん」
「……なるほど。ありがとうございます」
どう読み解く?
玄内も気になったが、トウリの考えは聞かなかった。
――おまえの探す剣士は、特別な存在だった。「特別でした」って過去形に、おまえと浅からぬ仲にあった剣士だったと予想がつく。同時に、探しているってことからも、ずっと会ってなかったこともわかる。時間は主観的に観測されるから、期間は不明……また、剣の腕、魔法、名刀、そのどれかが他にも特別なのかもしれないが、そこまではわからねえ。ただ、あの『波動使い』が求めるほどだ、相当の使い手に違いはあるまい。その人物がだれかは知らないが、会えるといいな。
それが『
これに対して、トウリは兄と旧友の顔を思い浮かべていた。
――残念。会えるだけ、か。でも、会えたら、それだけでうれしいな。おそらく、時期から推定して、兄者がこのあとイストリア王国へ向かう途中で出会うことになる。そのとき、おれは船にいない。おれがミナトくんと再会するのはもう少しあとになるだろう。兄者にはまだ黙ってよう。
玄内はウメノに視線を移して、甲羅の中からトランプを出した。
「こっちはウメノへの礼だ」
「わあ! ありがとうございます!」
ウメノは嬉々としてトランプを受け取った。
「絵がきれいです!」
「だろ?」
「はい!」
美しい鳥の絵に見入っているウメノ。
トウリはにこやかに言った。
「トランプまでありがとうございます」
「図柄が縁起物って理由で選んだ。あとでそいつで遊んでくれ」
その後も、雑談は続き……。
二人は、会話の端々から、互いが互いになにを知っていてなにを考えているのか、おおよそのことをまるでゲームでもするように読み解き合い、友好を育んだのだった。本人たちにしかわからぬ言葉の裏と裏で、密やかに……。
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