30 『旅の目的』
世界樹に近い森の中。
トウリとウメノは、とある家を訪れていた。
そこにいたのは、『万能の天才』にして『
亀の姿をした人物、
彼の家に一晩泊めてもらうことになったが、ウメノが口にした「リラ」の名前。玄内も知っているはずの少女について、あえて避けるような風だった。
トウリはこれを、玄内がリラとの関係で言えないことがある、とみた。
悪い場合、リラの敵側にいる可能性だってある。その可能性を排除するため、トウリは玄内とリラのつながりと現状を考察することにした。
まず、トウリは情報を整理する。
――さて。第一に、玄内さんはもう王都にいない。そのことは知っている。
『王都護世四天王』を取りまとめているのは、『幻の将軍』
――カエデさんには、玄内さんがいなくなるから王都の治安維持には前以上に力を貸して欲しいと言われた。期間は未定、いつ戻ってくるかはわからないという。それが今、こんなところにいる。それが最初の疑問。
玄内とウメノが雑談をしている間、
トウリは思考を展開してゆく。
――カエデさんに聞いたところでは、玄内さんが期間未定で王都を離れる目的は不明だった。見廻組のヒロキさんも玄内さんが王都を出ていったと教えてくれた。《
それより深い事情を、二人共語らなかった。
――以上から、わかることはある。期間を設けていないこと、そしてすぐに戻ってくるとは言われていなかったことから、未定=長期であることは読み取れる。王都からは割合離れた場所で、長期的に時間のかかる目的を持っていることまでは前提として確定していい。でないと、ヒロキさんに《魔法手形》を譲渡しないはずだ。
もし王都に近い場所であれば、玄内ほどの能力者でなくても、カエデが少し手を回せば戻ってこられるからである。
そうなると、玄内の目的について、いくつかのパターンが思いつく。
たとえば。
――人里離れた場所に籠もって、研究することでもあったのか。大きな仕事をするためか。仕事でもない私的なことのためか。
大別すれば、この三つ。
――この人は研究者としても有名だけど、研究する対象が現地に行かなければならないものであっても、それはヒロキさんに話せて同じ『王都護世四天王』のおれに伝わってもおかしくないはず。話したところで玄内さんの不利益にもならない。もし研究内容がディープで後ろ暗いことならばその限りではないが。また、研究するスペースの問題でもない――この人は発明のための空間を創造するくらいやれると思われるからだ。長年王都に暮らして大きな発明もしてきたくらいだから、スペースは障害にならない。
つまり。
――もし研究であれば、他人に話せない犯罪性の高いもの。しかし、ヒロキさんは快く送り出したようだったし、研究のパターンはない。であれば、大きな仕事か私用か。そのどちらか。……いや、両方を兼ねる場合もある。そうしたとき、目的として真っ先に思いついたのは、元の人間の姿を取り戻すこと。すなわち、私用だ。元の姿を取り戻すアテは「一応ある」と答えた。近くにアテのないことに対して、姫に約束まではしないだろう。
そんな軽々しい人には見えない。また、そのアテに関しても、わからぬことがないわけでもない。
――そして……亀の姿になった原因は、十中八九魔法。それ以外で人体にそんな影響が出ることはない。魔法で亀になったとしたら、これを解く魔法の使い手、これを解く方法を知る者、これを解く儀式をする場所、などが必要になる。そのいずれかに当たりをつけるとすれば、人か場所が、少なくとも国単位では絞れていないと王都を出るまでしないだろう。結論、私用の場合、玄内さんがリラさんの敵側に回ることはない。
さらに、もうひとつ。
――大きな仕事については、想像は難しい。アルブレア王国が絡むなにかだとした場合、リラさんについて情報を伏せたくなるから、おそらくこの線でいい。それ以上は不明瞭。
そうなると、アルブレア王国に関する記憶を引っ張り出す必要が出てくる。
最近のアルブレア王国について、浦浜の中華料理屋にいたウエイトレスが気になることを言っていた。
――彼女の言葉を、一言一句、正確に思い出そう。
トウリは左手で自身に触れた。
といっても、魔法の発動を匂わせる素振りはない。
軽く、左手で右の手首を握っただけである。
これが、トウリの魔法を発動させる条件。
触れ方は問わない。
左手で触れると、思い出したい記憶を思い出せる。
魔法《
たちまち、トウリはあの日のあの場所でのウエイトレスの顔も言葉も思い出した。
「ここだけの話、アルブレア王国の王女は城を抜け出し旅に出ているアル。第一王女はずっと以前に、第二王女も最近のコトよ。しかも強い仲間がいるアルね」
――人間、一度見聞きしたものは記憶の引き出しにしまわれる。しかし、それを引き出しからすくい上げるとき、砂のようにサラサラとこぼれる部分もあり、それが記憶の欠如にもなる。けれど、その砂の粒も引き出しの外に出るわけじゃない。思い出そうと思えば、どんな人間もすべてを思い出せる。それが、おれの記憶に対する認識。
そんな認識によって、トウリの魔法は構築されている。
そしてその魔法で思い出したことによれば、やはり気がかりな言動はあった。
――アルブレア王国第二王女はリラさん。第一王女は、名前はクコさんといったかな。顔は知らないけど。この姉妹が城を抜け出した。これは大問題だ。世間に公表されずにそんなことになるなんて、アルブレア王国内で相当のことがある証拠。しかも、強い仲間を持っていることからも、私的な事件に巻き込まれたというより、王女姉妹自身なにか目的を抱いている可能性が高い。
ここまでは、トウリの踏んだ手順にも抜かりはない。だが、わかりにくい部分もあった。
――ウエイトレスの言う「ずっと以前」や「最近」には具体性がないから、主観と切り捨ててもいいが……少なくとも、姉妹で城を出た時期には明確な差がある。現に、リラさんはお姉さんに会いたいと言っていた。先に旅立った姉……第一王女・クコさんに会いたいということだ。
数字上での明言がない限り、時間は主観的に観測され、個人差が大きく、情報を錯綜させることも多い。だが、今回の場合は正確な時期の特定は不要だから、姉妹による旅立ちの時期の差があることだけ把握していればいい。
――また、王女が城を抜け出すという大事件を、王国は隠している。
国内ばかりでなく外にも情報網を巡らせている鷹不二氏でさえ、王女の脱走を知らなかったのである。
――この情報が知られて困るのは、王女姉妹の行動によって都合が悪くなる人間……つまり、王女姉妹は王国内の何者かと対立している。だから強い仲間も必要。相手は、王女姉妹の脱走を国家単位で隠せるほどの地位にいる。だったら、第一王女の脱走時から第二王女への警戒は強まり、簡単には抜け出せなくなる。なのにリラさんも脱走できた。手引きした人間が、内部、それもこの姉妹の近くにいたことになる。同時に、最近では国王夫妻が表舞台に出ていない。国王周りでなにかが起こっているのは間違いなさそうだ。
と、そこまでまとめた。
――これらリラさんの近況を踏まえ、玄内さんが絡む余地はどこにあるのか。玄内さんについて考えよう。
玄内への疑問、その2。
それは。
――玄内さんがここにいることは、いずれにしても不自然。王都を離れるからには、もっと遠くに出ないと意味がない。だから旅をしているとおれはみたわけだし。ここが世界樹の近くであり魔法的影響を受けやすい土地なのは事実だけど、「元の姿を取り戻すためにここにとどまっているだけ」とは考えにくい。しかし居を構えている節があり、生活感もある。元の姿に戻る旅をしているのに、生活もしているとすれば……ワープ系の魔法でここにつながっている、と考えるのが納得いくかな。
トウリ自身、『万能の天才』が無数の魔法を所持していることを知っている。だから、希少なワープ系の魔法まで使えてもおかしくないと思える。
――玄内さん本人は普段ここじゃないどこかにいる。でも、いつでもここには戻ってこられる。たとえるなら、いつでもどこでもアクセスできる宿って感じだろうか。『万能の天才』ならそれくらいできて不思議じゃない。しかし、だったら王都の家にいつでも戻れるようにすればいいはず。なのに、そうしない。理由は、王都の家をアクセスできる場所にしても、都合が良くならないから。意味がないから。あるいは煩わしいから。つまり、本人は家の外には出られない、とかなんらかの条件があるのかも。煩わしいだけなら、それはそれでわかることもある。ヒロキさんが魔法を没収して欲しい相手を家に連れてきたとしても、困る。言い換えれば、旅の中でやることがあるから相手する余裕がない=元の姿を取り戻す気ままなだけの旅ではない。つまり、別の大きな目的がある。
そうすると、話はつながる。
――姫はいいアシストをしてくれていたことになるね。会いたい相手がだれか。その問いからおれの仮説を補強できる。
玄内はこう言った。
「どっちも同じところにつながってる。時間の問題だ」
――会いたい相手は二人いて、道は同じところにつながり、時間も解決材料になる。旅の目的を二つに大別したとき、「元の姿を取り戻すこと」と「その他の大目的」としたら、会いたい相手はそのそれぞれにいる可能性がある。そして、いずれも同じゴールを目指せばいい。だから王都からの旅立ちも決意させた。
あとは、「その他の大目的」を導き出す。
――もし、会いたい相手のうちにリラさんが含まれていたら……
雑談の中、ウメノが玄内に聞いた。
「玄内さま、ご夕食は食べましたか?」
「いや。これからだ」
「では、いっしょにいかがでしょう? 姫はもっとお話ししたいです」
「そうだな」
「姫たちはお弁当を持っていますよ」
それを受けて、玄内は立ち上がった。
「じゃあ、悪いがご馳走になるぜ。おれからも飯は出すが、ちょっと待ってろ」
席を立ち、玄内は部屋を出た。
気配が近くから消え、トウリはウメノに言った。
「姫」
「なんですか?」
「一応、おれたちの情報はなるべく出さないようにね」
「はい。姫はいつもトウリさまと他国へも交渉に行ってます。当然気をつけてますよ」
うん、とトウリはうなずいた。
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