25 『怪盗事件は怪異的解決をみる』

 サツキが対峙した人物は飄々と言った。


「物を返すだけのことやのに、えらい難しい顔しとるんやな、自分」


 仮面のようなメガネをかけた妖しい青年。

 二十代の半ばほどで、身長は一七六、七センチくらい。

 外套のようなものを羽織り、それがまた怪しさを際立たせていた。


「俺がこんな探偵みたいなことしなくていいと思ったんですけどね、巻き込まれたからには――俺はなんでも、最後までやり切らないと気が済まないんです。だからあなたと話したかったんですよ、怪盗ライコウ、いや、……やすかどりようめいさん」


 怪盗ライコウ――安御門了明は、ひひと笑った。


「こんなおもろい子、うち今まで知らんかったなあ。どこに隠れてたんや。うちは大抵の情報なら入ってくるねんか」

「……」

「先に、こちらから質問や。探偵さん、あんたはどこのだれや?」


 相手に名前まで突きつきておいて、自分だけ名乗らないわけにはいかない。

 サツキは冷静に名乗る。


「俺はしろさつき。事情があって、旅をしています」

「サツキはん。ごめんな、実は知っとったわ。可愛い道連れがいることも、会うまでの時間に調べさせてもらったで。いや、可愛い道連れのほうはサツキはんやったか」

「……」


 道連れとは、クコの旅の道連れになったサツキのことを指すのであって、クコのほうが道連れではない。リョウメイはそこまでわかっているのである。

 予想外のリョウメイの情報収集能力に、サツキは目を見開く。警戒心を高めるが、あまり意味のないことだろう。


 ――落ち着こう。ただ、俺は事実を知りたいだけだ。バンジョーの物を返してもらったあとも、禍根が残らないように、このあともバンジョーが安全だってことを確かめるために、事実を確認すればそれでいい。そう、俺の考えが正しければ。


 提灯を揺らす不気味な風が吹く。

 表情を変えずにサツキは言った。


「リョウメイさん、俺は事実確認ができればそれでいい。例のソースを盗まれたバンジョーが、それを受け取ったあとも無事だとわかればそれでいい。手短にいきませんか」

「せやな。事実確認、そこから言えば、うちはなんでサツキはんが気づいたか知りたいわ。全部わかったから、歌劇団の管理をするうちと会うために、わざわざ歌劇団の控え室のドアにこの紙を張ったんやろ? この約束の時間と場所を書いて、来るように要求した」


 そうやって呼び出したのである。


「しかし、よく歌劇団に目ぇつけたな?」

「昨日は歌劇団が休みだった。その日に限り、怪盗事件が多かった。これまでは一日一件だったものが、昨日は三件もあった。また、証言も運良く聞けました。《さいせいかい》が盗まれたとき、女の子の影を見かけたそうです。声も聞いたと。だから、犯人は女の子だと思うと紙芝居師は言ってました。また、男の子も見かけたという不思議な証言もあると言ってましたが、そちらは関係ないようです。注意をそらされたのでしょう。俺は彼の証言を信じつつも、慎重に考えました。つまり、実行犯は女の子、しかし主宰者は別にいるかもしれない、と」

「それはその通りやな。でも、だからと言ってなんでうちらに行き着くんや。王都にいる百万人の中から、どうしてうちらまで辿り着けた? 道筋があんねやろ? 聞かせて欲しいわ、その推理を」

「推理と言ったら大げさです。想像の域を出ません。俺には見えない論理で構築されたことですから。怪異、でしょう?」

「サツキはん、怪異は信じへんタイプの人間なんやな」

「ないとは言いません。いるんじゃないかと思ってます」


 少なくとも、この世界では。

 それは言わずに、語を継ぐ。


「ただ、いるとも言い切りません」

「懐が深いのはええことや。サツキはん、思考が柔軟なんやなあ。それでいて論理的なたちやね。だから気づいたんやと思う」

「……リョウメイさんの口ぶりを聞いていると、なんだかこれから俺が言うことをすべて見透かしているように感じます。それでも、ちゃんと聞いてもらいますよ」

「わかってるわ。なんでもゆうて欲しいわ」


 サツキは小さく息を吐く。

 そして吸う。

 胸を張り、リョウメイをじっと見つめて、切り出した。


「間違っていたら言ってください。まず、この怪盗事件、そして人斬り事件と疫病事件はつながってますね」

「せやな」


 リョウメイは先をどうぞと言いたげに手で促す。


「この三つの事件、つながりの手順としては、人斬りが魔法によって疫病をばらまいたことで、疫病を退治するためにあなたが怪盗事件を引き起こしたものです。それぞれの登場人物――人斬りの目的は疫病をばらまくことではなく、千人斬り……あるいはそれに準じた魔法でだれかの命を救うこと。『怪』盗ライコウの目的は、疫病の神……すなわち疫神えきじんたる鬼の怪異を自らの手駒にすること。違いますか?」


 パチパチパチ、とリョウメイは拍手した。


「名推理や。大胆な推理やで。でも、魔法と怪異、それを絡める想像力と大胆さがないと解けへん事件やった。どうしてそんなことがわかるのか、恐れ多くて聞きにくいわ。サツキはん、あんたほんまに人間か? でも、聞かしてもらおか」


 ひとまず、自分の推理が当たっていたとわかり、サツキは内心で胸をなで下ろしていた。


 ――さて。推理の細かな点での誤りはあるにしても、この人……リョウメイさんの、その先にある目的の確認だけはしておきたい。怪異なんてのが本当に存在するのか。また、俺が認識できるものなのか。それを知るためにも、そしてリョウメイさんの展望を知るためにも、やっぱりすべての思考手順を話さないといけないよな。


 サツキは喉の渇きを覚えた。

 だが、切り出す。


「三つの事件がつながっていると思ったのは、鬼と疫病の関係でした。『妖怪学』という本で読みました。鬼は疫神えきじん。古来より疫病を象徴し、鬼が疫病を流行らせ恐れられてきた。そんな鬼に関する物ばかりが、怪盗事件でのターゲットにされていた。同時に、疫病事件なんてのが王都では流行り始めていた。これは偶然でしょうか。無関係じゃないように思えた。引っかかった俺は、二つの事件はつながっていると仮定してみた」

「で?」

「もしつながっている場合、鬼に関する物を盗むのはどうしてだろうか。言い換えますとね、鬼イコール疫病を盗むことでどうしようとしているのか。その筋で考えたんです」


 すると、二つの場合が考えられた。


「疫病を鎮めようとしているのか、疫病を広げようとしているのか。どちらなのか。その手がかりは、犯行声明にありました。いえ、答えがあった署名です」

「なんて書いたかなあ」


 おちゃらけた調子のリョウメイに、サツキは鋭く言う。


「『怪』盗ライコウ」

「せや。せやったわ」

「まず、ライコウの名前。これは、大江山ノ鬼退治にある英雄ライコウからいただいた名前ですね」


 サツキが本屋で目を通した『大江山ノ鬼退治』の本でも、ライコウが鬼退治をした話になっていた。だが、ライコウことみなもとのよりみつという本名は登場しない。本のタイトルから、サツキの世界とまるっきり同じ伝説があると思われたが、ライコウの名前と大江山の名前しか一致はない。場所も同じか判別がつかなかった。

 ただ、この情報は伏せても話は進められる。

 サツキは続ける。


「次に。なぜ、『怪』の字にだけかぎ括弧をつけたのか。それは『怪』を盗むと宣言するためでした。物は預かるが、『怪』だけは盗む」


 リョウメイは微笑をたたえ、黙ってサツキを眺める。


「『怪』とは、妖怪や怪異を指すんじゃないですか? つまり、あなたはこう言いたかった。『この物は預かりましたが、盗むのは怪異です。物に取り憑いた怪異を盗むために預かったのです。怪異を盗んだら物はお返しします』、と。鬼の提灯には、盗まれた物と盗まれなかった物があった。盗まれた物は、事件の発生地点とかなり近い。妖怪や怪異と距離が近いほど、関わりが深くなり因縁ができてしまう。そして、その妖怪ないし怪異とは、疫病を流行らせる鬼のこと。したがって、あなたの目的はこうです」

「……」

「ライコウになぞらえ、鬼に因縁のある物に取り憑いた妖怪や怪異を退治し、疫病の拡大を防ぎたかった」


 そこまでまくし立てると、リョウメイは楽しそうに笑った。


「かっこええわ。うち、なんてかっこええんやろ。正義の味方やなあ」

「ええ。それだけならば」

「へえ。他の目的はなんやと思った?」


 目を光らせるリョウメイに、サツキは答える。


「あくまで盗むと宣言している。退治ではなく、盗む。妖怪や怪異を盗む。その目的は? たぶんですが、盗んだ妖怪や怪異を操る術がある、とかだと思います。この分野については詳しくないので、曖昧な想像ですが」

「想像で結構。怪異はな、理屈が大事なんや。そういう意味では、サツキはんは充分に素質があると思うで。なんせ、その通りやもん。正確にはな、式神として手足になってもらうねん。ただ、本物の手足にならんときも多々あるけどな」

「そこで、歌劇団ですね」

「そうや」


 と、リョウメイは笑う。


「俺があなたとこの怪盗事件を絡めて考えたきっかけは、まさにそこです。歌劇団のメンバーが事件に関わっているんじゃないかと思ったからでした」


 ここで、話は冒頭の歌劇団のメンバーの休日とのリンクに戻る。


「歌劇団のメンバーを使うには、理由がいくつか考えられる。パターン1、リョウメイさんが忙しいから。パターン2、歌劇団メンバーの問題を解決するために裏でリョウメイさんが手を貸していたから。パターン3、歌劇団のメンバーのほうがうまく盗めるから。で、今回の場合は、パターン3。紙芝居師の証言では、女の子の影が見えたそうです。姿を見たとは言ってない。影をどう見たのか。それはわからない。が、女の子だとわかる影を残す方法は、やっぱり魔法で説明がつく。影に溶け込むか、影に隠れられるか、影そのものになれるか、そうした術者を想像しました。同時に、不思議な証言についても掘り下げる。現場付近に男の子がいた。関係のない男の子が。その子はなぜ、証言に上がったのか。それも魔法だと思いました。注意をそらす魔法」


 ずっと黙っていた『はるぐみれいじん』アサリが、ここで口を挟んだ。


「正解。それが、オレの魔法だよ。キミには通用しなかった《集光スターライト》は、術者のオレ自身に注目を集める。反対に、《分光おこぼれライト》は別のだれかに注目を集める。これによって、無関係の男の子に注目が集まり、通行人の記憶に残った。あの謎の証言はオレの仕掛けだったんだ」

「ありがとうございます。おかげで、わからなかった想像の部分が補足できました」


 アサリにお礼を述べて、サツキはリョウメイに向き直る。リョウメイは問うた。


「せっかくアサリが援護してくれたんや。ここまでは合ってるとして、続きは? どうして歌劇団とつながると思ったん?」

「状況的に、実行犯の女の子と歌劇団のメンバーの一人に、重なる点があったからです。アサリさんが別人に注目を集める間、実行犯の女の子は影に関連する魔法を使った。その彼女は、今日に限って声を出した。なぜか。しくじって、怪我をしたからだ。そう思いました。歌劇団のメンバーの一人がちょうど、怪我をしたそうですね」

「そんなことも知っとったんか。なんでも話がつながるもんやなあ」

「でも、この段階ではまだつながってないものもあります」

「人斬り事件やね」


 はい、とサツキはうなずく。


「人斬り事件を起こす理由は、なんなのか。腕試し、試し斬りに、金品強奪、あるいは憂さ晴らし……。なにかの意図が絡んでいなければ、そんなところでしょう。しかし、連日連夜斬られている。それも一日一人ずつ。これは明らかになんらかの意図がある。被害者は帯刀した強者と言うし、腕試しの可能性はまだありますが、人斬り事件には奇妙な話もありました」

「というと?」

「西の古都……らく西せいみやでも、すでに百人が斬られたそうじゃないですか。その上で、今も王都で斬られ続けている。意図のある斬り方で、百人以上を斬り続ける。そんなまじないのような意味を持つ斬り方と言えば――千人斬りです。とある伝承では、これを達成すると、悪病もなおると言われている。そう考えると、人斬り事件とは――千人斬りによって悪病をなおそうとする者の仕業だったと予想できる。残念ながら、俺はその千人斬りを目論んだ人物が誰だったのかまでは特定できませんでした。けれど、個人を特定できなくても、人斬り事件、疫病の流行、怪盗事件はある点でつながります。それは、三つの事件の発生現場です」

「ほう」

「疫病にかかった人がいる場所、人斬り事件が起こる場所、怪盗事件が起こる場所。全て一致しました」

「もう何件も起きてて、発生場所まで一致するんじゃあ、関係ないゆうほうが難しいかもしれんなあ」

「三つの事件が関連している場合、どの事件がどの事件に向かって作用しているのか。もっと言うと、どの事件がどの事件を引き起こしていったのか。これは難しくはありません。さっきも言った通り、怪盗事件は疫病事件を解決するために引き起こされています。では、人斬り事件はどう関係しているのか。発生順序を見れば、人斬り事件が疫病事件を引き起こしたと考えられます」

「けど、そしたら疑問も生まれるな」

「人斬り事件がどうやって疫病事件を引き起こしたのか。ですね?」

「せや」

「この疑問は、魔法ということで説明がつきます。斬ることで疫病をふりまく魔法が使われた」

「そうかなぁ? 疫病のウイルスなんかをふりまく方法もあると思うけど?」

「いいえ。この王都では、魔法の使用なしに悪事を働けないんです。あなたは、物事を禁止する魔法を持っていますね? そしてその魔法は、他者の魔法には干渉できない」


 そこで初めて、リョウメイは顔色を変えた。一度笑みを消し去ったが、すぐにくつくつと笑った。


「魔法の推理までするんやな、自分。人斬り事件と疫病事件の関連の前に……どうしてうちが禁止する魔法を使えると?」

ふだの店があって、そこで話を聞いたんです。リョウメイさんの名前が出たとき、悪いことは『できない』とか、イカサマが『できない』ようになっていると言っていた。最初は、監視や監督系の魔法かとも思った。罰を与える魔法も考えた。しかし、『できない』を素直に読み解くと、実行不可能な状態にする魔法だと解釈される。つまり、禁止する魔法あるいは制限する魔法だと推理しました。いかがでしょう」

「ご名答。うちの魔法は《鍵付日記帳ロックダイアリー》。日記帳に書いたことを、自分と周囲に禁止するもんや。で、そうなるとどうなるん?」

「はい。人斬りそのものを魔法で禁止できるはず」

「でも、できてへんなあ」

「そう。できなかった。できないのは、禁止できる物事に条件があるからでしょう。じゃあ、その条件とは? ズバリ、魔法です。《鍵付日記帳ロックダイアリー》は他者の魔法には干渉できない。王都では常にたくさんの人が魔法を使っているし、俺はとある騎士たちに襲われましたが、そのとき攻撃的な魔法も使われていた」


 サツキを襲ったオーラフ騎士団長たちアルブレア王国騎士は、ほとんどが他者を傷つける可能性のある攻撃的な魔法の使い手だった。


「あなたの魔法は様々なことを禁止できる強力なものですから、他者の魔法に干渉できなくても不思議じゃない。少なくとも、人斬りに《鍵付日記帳ロックダイアリー》は通じなかった。斬り方に魔法があったのか、斬ることで意味を持つ魔法かはわからない。ただ、その魔法のせいであなたは人斬りを禁止できなかった」

「現に、うちは王都での悪事を禁止してたわ」

「そこで、さっき話した魔法です。斬ることで疫病をふりまく魔法が使われた。そしてここからは、ただの想像なので聞き流してくれて結構です。千人斬りでは一般的に悪病がなおると伝承にはある。なのに、実際は逆に疫病が流行っている。これだけ意志をもって人斬り行為が行われているのに、愉快犯で疫病を流行らせているとは考えにくい。だから俺は、犯人は疫病事件を起こす代償に、だれかの病をなおそうとしていたのかもしれないと想像しました。その代償こそが、病をなおす条件だと思ったんです」

「お見事や。すべてまるっと正解どす」


 穏やかなのは微笑みだけで、リョウメイは、敵意は見えないがまだ不気味さをまとっていた。

 いや、サツキにはそう見えてしまうだけなのかもしれない。得体の知れない別の顔がその裏に隠れているように思えて息が詰まる。

 サツキは聞いた。


「それで、あなたは結局、これらの事件を解決しようとしていたんですか?」

「ん?」

「鬼の怪異と戦って、疫病の拡大を食い止めたのは素晴らしいことです。ただ、せっかくの互恵関係にこれ幸いと、人斬り事件のほうの解決は知らん顔で、自分の手駒にする式神を増やすために利用していたようにも見える。人斬り事件との関連を知っていた、唯一の人物かもしれないのに」

「ひどいなあ。サツキはん、うちがそんな私利私欲ばかりの人間やと思うん?」


 おどけた言い方をするリョウメイの言葉に、サツキは返す言葉が見つからない。


「黙らんといて。悲しなるわ。まあ、そう思うのも当然やけどな。実はな、王都見廻組の数人は知っとったんよ。怪盗事件は人斬り事件の後始末でしかないんや。見廻組の仕事は大元の人斬り事件の解決。だから怪盗事件には見向きもせんかったやろ?」


 そういえば、とサツキにも思い当たる節はある。

 人斬り事件の優先は当然だが、あまりに怪盗事件をなんとも思わな過ぎていた。


「互恵関係っちゅうんは、うちと王都見廻組、王都見廻組と『ばんのうてんさい』さんみたいなのを言うんやで」

「玄内先生のこと、知ってるんですか」

「一応な。『おううらばんにん』が人格更生までしてくれて、『おうかんしゃ』ことこのうちやすかどりようめいが監視する。世間で言われるこの『おうてんのう』の四角関係で王都の治安維持はなされてんねん。それを統括するのが王家に仕えるとある能吏様でな、今回お借りしたもんも例外を除いてこのお方が魔法を使って一瞬で元の場所へ還してくれはるから安心してええんやで」

「……そうですか」


 能吏とは、優れた事務処理能力を持つ役人のことである。しかし『王都の監視者』リョウメイはこれ以上詳しくは語らず、話を戻す。


「まあ、とにかく。うちはそのさるお方からの協力要請を受け付ける以外では、情報を提供するだけや。そういう意味では、今回の事件解決のための本当の主催者は、その能吏様ということになるわな。怪盗事件の怪異については、どう解決するのか、手段は専門家のうちに一任されていたわけやし、サツキはんから見ればうちが黒幕でもええねんけど……。いずれにしても、サツキはんがその能吏様について知る必要はあらへん。うちに関しちゃあ建海ノ国には軍監として仕えとるけど、陰陽師としては王家や他の組織にも手を貸すこともあんねん。霊能力者と呼ぶ人もおるし、『妖怪博士』なんて呼ぶ人もおる。幽霊とか妖怪とか、そういうのひっくるめて、うちは怪異って呼んどるんや」

「怪異は、俺にも見えますか?」

「さあ。霊感があれば見えるし、そういう魔法があれば見えるし、敏感になってけば感じられる。ただそれだけの存在や」

「……」

「怖い顔せんといてな。別にからかってるわけやないねん。どこにでもいて、どこにもいないもんやねんからな。せや、おもしろい推理を聞かせてくれたお礼に、怪異的なことを教えたるわ」


 怪異的、という慣れない言葉に、サツキは心が構えてしまう。


「なんですか」

「引き寄せの法則っちゅうのがあるから、鬼に関するもんとは関わらんほうがええで。怪異的にはな、鬼は疫病を流行らす神でもあり、人殺しやねん。地獄にしかおらん。鬼畜とか鬼門とか天邪鬼とか殺人鬼とか。悪い意味ばかりやろ。鬼は殺す存在やし、殺すって字もよくないな。魔法の技名には使わんほうがええよ。魔法の『魔』なんかは、まだれによってしまわれてるからまだええんや。まだれは岩屋、つまり洞窟を意味するねんか。そこに入っとるわけや。さらに、『林』は『おおい』とも読むやろ? 数が多い意味でありながら、『覆い』にも通じる。これで厳しく鬼を覆うわけやねん。いにしえの頃より、人智を超えた悪いことは鬼のせいと考えられていた。その鬼を閉じ込めるために、魔が必要だったわけやな。邪を邪で制す、みたいなもんやから取り扱いには気をつけなあかん。まあ、魔法そのものを怖がる必要はないねんけど、扱いに気をつけなあかん危険なものに変わりは無いゆうことやな」

「気持ちとしては、言ってることもわかります。魔法は取り扱いが大事なことも」

「それで充分や。サツキはんのこと気に入ったし、もうちょい教えたる。そこのアサリの妹が今回怪我したんやけどな、その子はいつも薔薇の柄の着物やねん。だから足を怪我したって言っても信じひんと思うけど、薔薇は足にくるもんなんやで。薔薇はトゲやしな」

「はあ……」


 トゲ以外の理由も言われていないからいまいちピンとこないサツキだが、リョウメイはサツキには聞こえない声でつぶやく。


「せやから、イメージカラーが青のスダレがアルブレア王国王家と同じ色っちゅうんで、引き寄せてしもうたんやろなあ。あの子を」

「……」


 アサリは自分の妹のことを言われているのがわかり、ややむっとした顔になるが、それでもリョウメイの助言を聞かなかったスダレをここで擁護しても、実りのある会話などできないと知っている。だから口は挟まなかった。

 サツキは言った。


「ご高説、ありがとうございます」

「こちらこそ、いろいろ聞かしてくれておおきに。最後にもう一つ。言霊って聞いたことあるやろ?」

「はい」

「言葉には霊が宿るっちゅう意味やな。これは怪異全体がそうでな。つまらん駄洒落や思って鈍感にならず、音が同じで悪いもんと重なるもんは避けるようにしたほうがええで。今回で言えば、鬼の絵や名前が入るもんは持たないのが吉や。それと、サツキはんのお友だち、二人共髪が長いなあ」

「……」


 クコとルカのことを言っているのだろう。


「髪が長いと怪異がつきやすくなる。枝を垂れた柳の木に霊が集まるイメージもそうやろ? せやから、髪についた怪異を払うよう、櫛をかけるのを忘れずに。髪がいつも胸にかかってると肺を痛めるからそれも気をつけや」

「わかりました」


 答えると、リョウメイはアサリに顔を向ける。アサリは顎を引き、サツキの前に来て赤鬼激辛ソースを手渡した。


「そのお方の魔法でも、これは還せなかった。顔と名前を知っている相手の元へ還す、あるいは、元あった場所に還すのが条件だったので」

「どうも」


 サツキが受け取ると、アサリがすっと下がる。

 リョウメイはひらりと手を振った。


「ほな、また会おうなぁ、サツキはん」

「失礼します」


 アサリが一礼し、二人は闇に溶け込むように消え去った。


「は、はい。また……」


 遅れてぽつりと挨拶を返すサツキであったが、その声はむろん、二人には届いていないだろう。

 サツキも歩き出す。


「少しだけ、風に当たろう」


 すぐに帰る気分にはならなかった。

 当てもなく歩く。

 夜風に頭を冷やしてもらう。

 橋まで来て、手すりに腕を預け、川を見下ろす。

 もう夜桜は今夜で最盛期を過ぎてあとは散るばかりとなろう。

 桜の花びらが川面に落ちるのを眺める。

 いつまでそうしていただろうか。

 ふと。

 足音が聞こえた。

 サツキは振り返る。


「こんな時間にうろついてちゃあ、危ないぜ」


 そこにいたのは、着物をまとったカメだった。渋い声のこのダンディーは、玄内である。


「ま、もうじき朝日も昇る。人斬りも出やしねえがな」


 言われて、遠くの空をにらむと、もう明るくなりかけていた。

 背筋を伸ばして、サツキは玄内に言った。


「玄内先生。ちょうどよかった。お話ししたいことがあります」

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