26 『大陰陽師は旧友に次の目標を示す』

 リョウメイは独り、夜道を歩いていた。


「おもろい子やったなあ」


 さっき会った少年の顔を思い浮かべる。


 ――あれは、この世界の人間じゃない可能性もあるわ。知られているのは世界樹ノ森でクコ王女と出会ってからのことだけやもんな。あぁ、もう少しだけちょっかいかけたかったわ。それに、もうちょい、あの子のために知識もあげたかってんけどな。


 ニヤニヤしながらつぶやく。


「けどまあ、あの『ばんのうてんさい』がいればあの子は強うなる。どこかのだれかに壊されたりせえへんやろ」


 橋に差しかかって、リョウメイは知った顔を見つける。

 少年だった。

 年の頃は十三、四歳。

 髪を後ろで一つに束ね、袖にだんだら模様の入った羽織をまとっている。さっき対面してきた少年と同じ年の頃。

 風流を楽しむ少年は、橋の上で夜桜を眺めていた。


「久しぶりやな」

「?」


 顔を横に向け、少年はにこっと微笑んだ。


「リョウメイさん。お久しぶりですね」

「ミナトはん」


しんそくけんいざなみなと

 旧知の間柄だが、会うのはしばらくぶりになる。


「どうしたん? こないなとこで」

「いやあ、夜桜が今日までだと思いましてね。風流に浸っていました」

「相変わらず風狂人やな」

「あはは。リョウメイさんだって」

「うちはそんなんやない。ちょいと人と会う約束があってなあ」

「こんな時間に? 変わった人もいるものですね」

「せやな。えらい変わりもんやったわ」


 でも、とリョウメイは思う。


 ――ミナトはんとは、気が合う。そう出てるわ。


 星を読み占いなんかもやるリョウメイだが、数珠を取り出してじゃらっと鳴らして、それを確認する。


 ――年もサツキはんと同じ十三、か。


 二人共、今年で十三歳になる。


「なにか見たんですかい? 《ようかいがくこう》で」

「ちとな」


 リョウメイの《ようかいがくこう》は、怪異に関する八つの魔法の総称であり、


「《かい》で視てたんや」


 この《かい》では怪異を視ることができる。しかも、ただ視るだけじゃなく、式神を使って良し悪しを見抜くといった、易者のような真似もできる。それによると、ミナトとサツキは気が合うというのである。

 ただ、その点についてはリョウメイも言わず、ミナトも聞かなかった。

 ミナトは笑顔を浮かべ、


「そういえば、僕も変わった人に会いました。何人かいましてね、お友だちになってくれた二人は素敵だったなァ。片方はこのぺんぎんぼうやが好きな同志なんです」


 と、ぺんぎんぼうやのお面を見せる。


「ペンギンはええなあ」

「はい。で、あとの二人は人斬りです。もう一人なんだかよくわからない寝坊助みたいな人もいたが、剣のキレも悪かったのでただ寝ぼけていただけだったのでしょう。幕末の夢でも見てるようでした。そのあとの二人の人斬りはそれほど強くもなかったけど狂気的でしたねえ」

「ミナトはんが強いだけやろ」

「だったらどんなにいいかなあ」


 あはは、とミナトは笑って、


「そうそう。それで、一人はイッサイさんっていって鬼の魔法で疫病をばらまく人でして。前にリョウメイさん言ってましたよね。鬼は疫神えきじんだって」

「よう覚えとるなあ。その通りや」

「まったく迷惑なものですね」

「ほんまやで」


 自分はそれらの怪異を盗み式神にしていたくせに、リョウメイは調子を合わせて笑っている。


 ――しかし、サツキはんとは正反対やなあ。ミナトはんはまるで怪盗事件も気にせんし、他の事件も裏を考えへん。ただただ、剣の道に邁進する。そこが偉いところやで。見た感じ、人斬り退治のあとも修業しとったみたいやし。


 ミナトはそれでも思うところがあるのか、質問した。


「斬られそうになったからやり返してしまいましたが、ちょうどね、《黄泉よみふねながし》の船が来たんですよ。ガモンさんって人をそれに乗せてやったんです。外国……黄泉の国に行くんでしたよね」

「怪異や。一種の神隠しみたいなもんやな。西のほうでは天狗隠しとも言うんやけど、あの船の場合は闇に取り込まれるようなもんで、死線を彷徨うねん」

「帰ってこられるもんなんですか」

「人によるわ。死相があるかないか。なければ返される」


 リョウメイは数珠をじゃらっと鳴らしてどこか宙を見て、


「ああ、まだ死なへんみたいやな」


 と《黄泉船流し》に取り込まれたガモンについて話す。これも《ようかいがくこう》の一つ《かい》によるものである。


「しぶとい方だなァ」

「死相がハッキリ出てへんからな。ミナトはんが本気で殺す気であの船に落っことしたら戻ってこれへんかったかもな」


 と、リョウメイは笑う。


「この怪異は夢みたいなとこがあってな、死にかけた人間からよく三途の川を渡ったとかって話を聞くやろ」

「ええ」

「あれも、《黄泉船流し》に遭ってた人かもしれへんで」

「へえ」


 ミナトは話を半分しか聞いてないみたいに、夜桜を眺めながら言う。


「今回はね、夜桜を見るためにいくつかの橋を渡り歩いてみたんです。その中でいろんな方を見かけました」

「橋は、橋渡しって言うやろ。人と人、縁と縁、そういうんをつなげるんや。良くも悪くもな。場所もそうやし、名前もそうやな。そういう意味じゃあ、あのウサギはんは自分だけつながらへんかったなあ。斬るもん斬ってばっかりの人らがいたから、どっかでだれかに縁を斬られて浮いてもうたんかな。あの子もほんまなら幼馴染みに出会えとったのに」

「?」


 途中からなんのつぶやきかわからず、ミナトは小首をかしげた。


「こっちの話や」

「あはは。リョウメイさんがこっちって言うと、怪異の世界と僕の見てる世界のどっちかわからないや」

「怪異はどこにでもいる、なんて話さっきもしたわ。こっちってのはミナトはんには関係ない話や。今はな」

「今はねえ」


 それも聞き流すと、ミナトは相談する調子でもなく言う。


「僕、これからどこに行こうか迷ってるんですよ。しばらく晴和王国を巡って剣術修業をしてましたが、王都に戻ってきてもあんなのが威張ってるようじゃあ、王都には強い剣士がいないのかなって」

「今回は複雑やったから王都見廻組が手を焼いたのも無理ないわ。うちもわからんかったしな。すぐに、たとえば王都に来て一日もせず、すべてを見抜くなんて、そっちのほうがバケモンやで」

「あはは。そんな人いるのかな? まあそれはいいんですけどね、僕は剣士として強くなりたいんです」

「そこで、うちに視てもらおうってことやな」

「たまにはね。目安があってもいいと思いまして。せっかく『だいおんみょうやすかどりようめいが目の前にいるんです」

「ええわ。《かい》で視たる」


 リョウメイはじゃらっと数珠を鳴らして、にこっと微笑む。


「『けんせいがきまさみねっておるねんけど、そこ訪ねてみるとええかもな。三日は王都に留まっとき。そのあと、浦浜から海の外に出てもええ。最強の騎士、『よんしょう』グランフォード総騎士団長でも目標にしたらええんと違うかな。晴和王国以外を知り、その中でも最強を目指すのはきっと実りある旅になるで。そう出てるわ」

「わかりました。せっかくですから、まずは剣術家を訪ねてみて、そのあとでアルブレア王国を目指します。グランフォード総騎士団長、か」

「せや。ちょうどチケットがあるし、あげるわ」


 船のチケットを差し出され、ミナトは受け取って礼を述べる。


「ありがとうございました。では、また」

「ほな、また会おうなぁ、ミナトはん」

「はーい」


 ミナトはふわりとした足取りで去る。

 リョウメイ独りが残る橋の上で、ぽつりとつぶやく。


「これはおもろい推理を披露してくれたお土産や。出会いを大切にな、サツキはん」

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