8 『速-測-息 ~ Three Sisters ~』

 海上を走る船は、いろいろな問題に直面する。

 特に、天候に翻弄されると船はバランスを崩してしまう。

 そんな中でも、ここを走る小さな蒸気船は、まるで天候の影響を受けずにスイスイ進んでいた。

 煙突から吹き上げる蒸気も後方へと流れてゆく。

 快速の船の上には、三人の少女がいる。

 少女たちは姉妹だった。


「リホ。暗雲を抜けたわ。ミホを起こしてもいいわよ」

「あいあいさー!」


 リホと呼ばれた少女は、終始眠っていた二番目の姉を元気に揺り起こす。


「ミホ姉! 起きて! もうお天気も大丈夫だから」


 目をこすり、のんびりとした調子の声で、


「おはよぉ~。あ、もう晴れてる~」


 とミホは空を見上げた。


「ミホ姉のおかげだよ。でも、さっきの船は大丈夫かな? 結構な大しけだよね」

「ほんとだぁ」


 振り返ったミホが緊張感のない声を出す。

 リホは心配そうに振り返る。


「あの子たち、無事に抜けられるといいけど」

「へーきよ! あんなの外に出なけりゃそれほどでもないでしょ。大回りすれば大丈夫。操舵手が居眠りでもしてなきゃ、あの大しけに突っ込んだりしないわよ。やっはっは。アンタはミホの魔法のせいで雨風に免疫がないだけだって」

「サホ姉は適当だなぁ」


 と、リホはぼやいて苦笑した。

 三姉妹は、長女がサホ、次女がミホ、三女がリホ。

 年齢は、サホが十七歳、ミホが十五歳、リホが十二歳である。

 性格も見た目の特徴も異なっているが、三人ともマリンセーラーを着ている。

 長女サホは、本名をとうごう。白いセーラー服、紺碧のような青いリボン、帽子はつば付き。ロングヘアが似合う凛とした顔立ちをしている。三人の中ではいかにも一番しっかり者っぽいが、本当にしっかり者なのは三女なので見かけ倒しでもあった。背は一六〇センチほど。

 次女ミホは、本名をとうごう。ワンピースタイプの白いセーラー服で、リボンと帽子の差し色が薄紅色とも言える桃色。帽子は水兵帽子のようなデザインである。ゆるくウェーブがかった髪をおさげにしており、のんびり屋で柔らかい雰囲気をしている。三姉妹の中で一番マイペースである。背は一五二、三センチほど。

 三女リホは、本名をとうごう莉帆りほ。サホと同じく白ベースのセーラー服に、ショートパンツを履いている。帽子のデザインがミホともやや異なる。リボンと帽子の差し色が明るい山吹色、肩に掛かるくらいの短い髪に、ピョコンと立ったアホ毛が目を引く。快活でどんどん先に進むサホとぼんやりしたミホを姉に持つ苦労人でもある。背は一五〇センチほど。

 サホが言った。


「リホ、今アホ毛はどっち向いてる?」

武賀むがくに、浦浜だよ」

「オーケー!」


 うなずき、サホはリホの真後ろに回り込み、アホ毛の方向に向かって、人差し指と親指を丸めた輪っかを右目に当てる。その輪っかから覗き込む。そして指を目から遠ざけてゆく。


「さすがに『せんがん』のアタシでもまだ見えないか」

「サホ姉の《ゆびがね》でも見えないんじゃ、もう少しかかるね」


 リホに言われて、『せんがん』サホは腕組みする。


「そうなのよねえ。アタシの魔法《ゆびがね》は、人差し指と親指でつくった輪っかから覗くと、遠くが見える。目から離していくと最大で100倍の倍率で物を見られる。ってことは、うん。あと数日ってことね」

「サホ姉、計算適当!」


 末っ子リホのつっこみをサホは「わかんないけど、どうせ二日くらいよ」と受け流し、


「で」


 と輪っかを内側に巻くように絞る。


「ほかにもまた船が来てるわ。あの距離だと、出発はさっきのと半日から一日違いだったってところね」

「《ゆびまきじゃく》も便利だよねぇ」


 にこにことミホが言った。


「だね。サホ姉の《ゆびまきじゃく》は、輪っかを内側に巻くように絞れば計測ができるからね。ま、あれがあるからリホたちはたった三人でも鷹不二水軍の特殊部隊、そくりょうかんをできるんだけどさ」

「だねぇ」


 二人がそんなことをしゃべっている中、サホは計測をやめてリホを振り返る。


「おそらくさっきすれ違った船は、操舵手のポカでもなきゃギリギリでほぼ影響なく大しけを抜けられるから、今度の船は二、三日遅れるって感じね」

「あの子、大丈夫なんだね」

「へえ。そうなんだぁ」


 リホが名も知らぬすれ違っただけの少女の心配をしていることを、サホも気遣って計算してくれたらしい。こういうところだけはサホを姉らしいと思うのであった。


「でも、あの船にいた連中も驚いたでしょうね! 急に晴れ間が見えたから、天気が変わったと思ったんじゃないかしら。ミホの魔法《しずまる》を使って、うちらの周囲だけ台風の目になっていたのも知らないでさ」

「ミホ姉を中心にして半径で210メートル、直径で420メートル。ミホ姉の目が閉じる代わりに台風のおめめが開いて、寝てる間だけ雨や風や波までが静まる。それはさながら本物の台風の目。ミホ姉の魔法はすごいよ。『ねむひめ』だもんねえ」


 ミホにべたべたしようとするリホ。それを嫌がるでもなく、ミホはするりと抜けてリホの後ろに回り込み、アホ毛をちょんちょんとつつく。


「わたし、この《アホコンパス》のほうがよかったなぁ。アホ毛が北を向くだけで魔法が成立するんだもん」

「ミホ姉、リホの魔法は《ぜったいコンパス》だよ。コンパスは大事なんだからね。それに、このコンパスは場所の記憶もできて、今だって浦浜を向いてるんだから。『こうかい』リホがいれば海での迷子はあり得ない!」

「だねえ」

「でも最近、みんな《アホコンパス》としか呼んでくれないよね。本当は《ぜったいコンパス》なのにぃ。とほほぉ……」

「可愛いよぉ」

「可愛くないよっ」


 次女と三女がしゃべっているのを聞いて、長女サホが笑う。


「やっはっは! まあなんでもいいじゃん! それより、まだ数日は海の上にいることになるんだから、報告書をまとめておきましょ! アタシたち、どうせ船でやればいいからってまとめてなかったでしょ!」

「あ、天気が……」


 と、晴れているのに天気を気にする素振りを見せ、ミホは愛用の枕を抱える。


「すぅ……」

「寝るな!」


 眠りに逃げて寝息を立てるミホの首をしめるように、サホが腕を回す。

 リホがすかさずつっこむ。


「もう! 早くやるよ。遊ばないで」

「アタシは起こしてるだけじゃないっ!」

「トウリ様に報告するんでしょ?」

「トウリ様への報告なら、わたしがんばる」

「お、ミホ姉がやる気に。じゃあやりますか」

「うん。オウシ様とトウリ様が浦浜を取ってくれたんだもん」

「よーし! ミホ、リホ! やるわよー!」


こうかい』がリホならサホは『せんちょう』といったところで、妹二人は「おー」と声を合わせて、作業に取りかかる。

 そのとき、サホの前に文書が現れた。

 海上を走る船の上では、紙が風に流されて、サホの顔に貼り付いた。


「うまままま! ちょっとなによ! ん? これ、オウシ様からの手紙じゃない。スモモ様の魔法ね」

「魔法、《はこ》の一種、《はこぶね》だよね」


 ミホが横から顔を覗かせる。一瞬で物体を転送する魔法を、三姉妹が仕える国の姫は扱う。それによって送られてきたものに違いない。


「まったく、あの兄妹ホント人使い荒いわね」

「で、なんて書いてあるの? サホ姉」


 ぼやくサホをリホが促し、長女によって文書が読み上げられる。


「文章はオウシ様から。『二日前に報せたように、浦浜が武賀ノ国の領地になった。それに伴い、浦浜から十二海里までの海域も武賀ノ国のものとなったため、この海域の調査をされたし。よろしく』。だって」

「なるほど。領海になる、浦浜から十二海里までの海域の情報も見てくればいいんだね。サホ姉、なにを見ればいいの?」

「知らないわよ。魚でも見ておけばいいわ」

「サホ姉、適当」

「いいのいいの。あの兄妹の指令が悪いんだから。アタシが《ゆびまきじゃく》で計測して観察しておくわよ」


 そう言いつつ、サホは少しばかり考える。


 ――新しい武賀ノ国の領海。その情報までおうみさきくにから教えてもらえるわけないもんね。たぶん、その領海の邪魔をする小島なんてなかったはず。それは見落とさないように注意ね。あとは、漁業権をいただいたとはいえ、浦浜で漁獲していた人は引き続き変わらぬ仕事をするでしょうし、そいつらからうまくちょろまかされないように、アタシらのほうでも漁獲境界やらの情報も持っておかないとか。やっと帰れると思ったら、最後の最後まで仕事を押しつけてくれちゃって。やれやれだわ。


 サホがため息をつき資料を置いて、みんなでそれをまとめようとしたところ、リホは波に運ばれてきたパンダのぬいぐるみを見つける。


「なんだろう? ぬいぐるみ……?」


 小さな蒸気船、測量艦は晴和王国の武賀ノ国の新しい港・浦浜を目指して海上をひた走る。

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