7 『小-消-笑 ~ Changeable Weather ~』

「そろそろ降ってくるな」

「もう空も鉛色ですからね」


 空がどんどん暗くなってきている。

 今にも雨が降り出しそうだった。


「二人共、船内に入ろうだなもー」


 雲を見上げるトオルとリラを、キミヨシが呼んだ。

 ナズナが空を見上げているのと同じ頃、リラは海上にいた。



 あおは、クコの妹でアルブレア王国第二王女。年はクコより二つ下、今年十二歳になる。ナズナとはいとこで同い年でもある。

 クコに会うためアルブレア王国から旅立ち、シャルーヌ王国でヴァレンとルーチェの二人に出会ったことで、ルーチェの魔法《出没自在ワールドトリップ》により晴和王国の王都にワープしてやってきた。しかし王都ではクコに出会えず、王都で出会ったトウリとウメノに浦浜まで送ってもらうも、浦浜でもすれ違ってしまった。

 だが、リラにとっては旅を共にしてくれる友人との出会いもあった。

 わたりきみよしとおる

たいよう』キミヨシは愛嬌ある猿顔の明朗な青年で、『おんぞう』トオルは反対に強面で、身長差もあるデコボココンビである。

 実は、キミヨシはトウリとは旧知の間柄なのだが、リラはそれを知らない。

 サツキやクコを乗せる『アークトゥルス号』から一日先に出港したこの船は、『エルタニン号』という。

 三人が乗る船『エルタニン号』が出航して四日目、共通の知人の話題は出ないが、リラは二人と楽しく旅をしていた。

 しかし、『エルタニン号』は、ここで大雨に遭いそうな気配であった。


「雨じゃしょうがねえ、食堂にでも行くか」

「リラちゃんもどうだなも?」

「はい。ぜひ」


 食堂では、朝昼晩の食事以外にもおやつをいただくこともできる。それに飲み物もいただけるとあって、集まって話をする人もよくいる。

 リラがきびすを返そうとすると、こちらに向かって近づいてくる船があった。

 いや、船は反対方向から来て、『エルタニン号』の横を通り過ぎようとしている。

 ただその船、意外に小さい。

 また、速かった。

 もくもくと蒸気を吹き上げている。


「蒸気船かしら」

「はーん。蒸気船たあ、随分と立派なもんに乗ってるやつもいるんだな」


 トオルも船に目を向ける。

 ひょいと二人の横まで来て、キミヨシがニコニコする。


「蒸気船は先進技術だから、あれを持ってるのはごく一部の人だなもね。船の外観からして、晴和王国のもの。そして、晴和王国へ帰るところって感じだなもか」


 白々しいキミヨシの説明に、トオルはふと疑問を浮かべる。だがそれは口にしなかった。

 なぜなら、もっと気がかりなことがあったからである。


「……なんだ、ありゃ」

「まあ」


 トオルとリラが見たのは、空。

 怪しい黒い雲が立ちこめる鉛色の空が、みるみる明るくなってゆく。雲が開けて消えるようだった。

 だが、明るくなっているのは、ほんの一部分だけなのである。


「どうなってやがる」

「わかりません」


 別にリラが答えを知っているものと思ってトオルも聞いていない。


「異常気象か……!?」


 リラとしても不思議な現象だった。


 ――あの船が近づくにつれ、天気が……。


「天気が、静まってゆくようです!」

「おかしなこともあるだなもね! 愉快愉快! これで降られずに済むだなも」


 うきゃきゃ、とキミヨシが笑って、三人は船を眺める。

 船がさらに近づき、距離が100メートルほどに縮まったとき、乗員の姿が見えた。

 少女が三人。

 水兵服のようなセーラー服姿で、キミヨシの言うように晴和王国の人間らしい。

 年は、上が十六、七歳、真ん中がクコと同じくらい、下がリラと同じくらいに見える。真ん中の少女は能天気にも枕を抱いて眠っていた。三人の顔は似ているし、姉妹かとも思われた。

 この海をたった三人の少女だけでわたれるとは思えないが、船も小さいし本当に三人のほかにはだれもいないかもしれなかった。

 二つの船のすれ違いざま。

 リラが夢中で蒸気船と三人の少女を見ていると、向こうの船からもアホ毛がピョコンと立った一番年下のリラと同い年くらいの子がこちらに目を向けた。

 目が合う。

 アホ毛の少女は、リラに明るい笑みを送って手を振る。

 ついリラも手を振り返す。元来のお淑やかさのせいか、遠慮がちなささやかな手の振り方になるが、少女は気にせずうれしそうに大きく手を振って、互いの船がすれ違って別れた。

 不思議そうにキミヨシが聞く。


「知り合いだなも?」

「いいえ。目が合って、つい。です」


 うきゃきゃ、とキミヨシが楽しそうに笑う。


「また会えるといいだなもね」

「はい」

「いやあ、雲もすっかり……だなも!?」


 キミヨシが空を見上げて驚いている。


「なんだ?」


 トオルとリラもつられて空を見上げると、さっき晴れてきたと思ったばかりなのに、また鉛色の空に戻り、暗い雲に覆われていた。

 ぽつ。ぽつぽつ。

 雨粒がリラの頬に当たり。

 ザーッと、一気に雨が降り出した。

 どしゃ降りである。


「急いで入るだなもー!」

「わーってるッ!」

「はいーっ」


 キミヨシとトオルとリラは慌てて船内に戻った。

 三人ともずぶ濡れで、キミヨシはこの期に及んでも笑っているが、トオルは苛立たしげに髪をかき上げた。


「結局降るのかよ! ったく、どうせこんなことだろうと思ってたけどよ」


 基本的に悲観的な観測をするため危機察知能力が高いトオルでも、一度晴れかけた空からの急などしゃ降りは予想できなかったようである。

 だが、横で文句を言う強面なトオルのことも、リラは怖くなかった。トオルは怒っているような言葉に反し、割と常に冷静で表面ほど感情的じゃない、とこの船旅で知った。

 キミヨシは顔を洗うように両手でこすって、


「ふう! すっきりしてたまにはいいだなもね!」


 と笑った。

 それからリラを見て、


「あらリラちゃん! 服が透けてるだなも。着替えたほうがいいだなもよ」


 と明るく言った。

 指摘してくれるのも有り難いが、リラはこういったことを実に爽やかに言えるキミヨシがおかしかった。別にキミヨシがオウシとトウリの妹スモモに憧れていて、他の女性には興味もないというわけでもない。根っからの陽性の善人ゆえである。

 両腕で胸の前を押さえるようにして、


「ありがとうございます。では着替えてきますね」


 と部屋に戻ることにした。


「我が輩たちも着替えたら、食堂に行って温かい物でも飲もうだなもー!」

「はーい」


 一度半身振り返って手を振った。

 リラは船内を小走りに、さっきの少女のことを考える。


「明るくていい子そうだったな。もしまた会えたら、お友だちになりたいわ」


 これからアルブレア王国を目指す自分と、晴和王国へと帰ってゆく少女たち。それらが交わることがあるかわからないが、リラはそんなことを思った。

 先のことを考えると、続いてクコとナズナの顔が浮かぶ。


「お姉様とナズナちゃんが乗った船は、いつ浦浜を出たのかしら。サツキ様にもお会いしたいわ」


 それでも船の進みは変わらない。

 リラは部屋へと入って着替え始める。まずは服を脱いで髪を拭く。


「航路もまだまだある。あと三ヶ月……。キミヨシさんとトオルさんと温かい飲み物をいただいたら、また魔法の勉強をしなくちゃね」


 服を選び、着替えを済ませて部屋を出た。

 雨の音はまだ聞こえる。

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