6 『養-遥-揚 ~ Everything Is Practice ~』

 翌日。

 船が出発して三日目。

 甲板での剣術の修業に、ミナトも顔を出していた。

 しかし、サツキとクコの修業の邪魔をしないように口を挟むだけであり、あとは横で木刀や竹刀で素振りをしてみる程度である。

 それゆえ、ミナトの実力を知りたいサツキだが、わからないままである。

 サツキとクコは魔力コントロールをしながら互いに剣を振るっていた。竹刀だから身体に当たっても大丈夫なこともあり、打ち込むスピードを上げてやっている。それも慣れてきて、魔力コントロールしながらの打ち合いは始めた頃より少しずつ速くなっていた。


「サツキ様は飲み込みが早いですね。わたしがこのスピードで魔力コントロールできるようになったのは、魔法を覚えて五年が経ってからです」

「クコが魔法を覚えたのって、四才の頃だろ?」

「はい。それでも、たったの半月でここまで成長するのは並ではありません」


 そんな子供の頃のことと比べられても、サツキはうれしくない。だが、明らかに飲み込みが早い。

 ミナトは会話を横で聞いて、楽しげに言った。


「驚いたなあ。サツキは魔法を覚えて半月かァ。将来が楽しみだ」

「なんでおまえが楽しみになるんだ?」


 サツキがそう言うと、ミナトは明るく笑ってとぼけた。


「僕じゃなくても楽しみになるってものさ」


 こんな調子で、ミナトはいっしょに修業をしようとはしないし、アドバイスをするわけでもない。

 むしろ、サツキを養い導いてくれるのは常にクコだった。


「いい調子です、サツキ様。でも、今日のところはこれ以上スピードはあげなくてもいいと思います」

「なぜだ?」


 竹刀で打ち合いながらサツキが問うと、クコは横に視線を切った。

 瞬間――

 サツキの顔の真横に、竹刀が伸びていた。

 そこで、クコは手を止める。


「サツキ様、わかりますか? 今サツキ様は、わたしの視線の動きにつられて、わたしの剣から目を離してしまいました」

「ああ。それだけ聞けば、もう言いたいことはわかったよ」


 ふぅと小さく息をつくサツキに、クコは竹刀を下ろして微笑む。


「そういうことです。サツキ様はものすごい集中力ゆえに、剣の動きをとらえられてきたし、魔力コントロールもめきめき上達しました。ただ、それが弱点にもなるんです」

「へえ。そういうことかい。つまり、視野だね」


 と、ミナトが話に加わる。


「はい。サツキ様といっしょに戦ったことがあるわたしの経験から言えば、サツキ様は本来広い視野で分析するのが得意なタイプです。しかし、修業においてはその段階にないのもあり、目の前のわたしの剣筋にだけ没頭してしまいます」

「だから、魔力コントロールをしながらでも、広く視野を持つ練習をしろってことだな」


 サツキがそう言って理解を示してみせると、クコはしかとあごを引いた。


「ええ。戦闘中の切羽詰まったときに出るのは、普段の修業の内容です。まずは、このスピードで視野を確保するところから始めましょう」

「了解。常にクコ以外の周囲の動きも意識するとして――ミナト」


 水を向けると、ミナトは立ち上がった。


「いいよ。僕が手伝おう。なにをすればいい?」

「俺がなにかミナトのことも注意するような動きがいいな」

「でしたら、ミナトさんはサツキ様の後ろ以外の場所で、サツキ様の視認できるエリア内で指を立ててください。何本の指を立てたか、それをサツキ様は把握する練習です」

「なるほど」

「はいよ」


 ひらりとミナトはクコの後ろへと移動する。


「僕は歩きながらそれをやる」

「頼むよ」


 サツキは《いろがん》を発動して、ミナトにも注意を払いながらクコとの打ち合いをした。

 ミナトは歩きながら指を立てる。


「2」

「正解」


 数歩移動して、少し待ち、また別の指を立てる。


「5」

「正解」


 それを続けながら、ミナトはサツキを相手に剣を抜きたくて仕方なかった。


 ――本当に楽しみだよ、キミの将来が。サツキ。キミはどこを見つめているんだい? そのまっすぐな瞳は、遠くを見据えてるんだね。ずっと遠く、遙か彼方に、なにかがあるのかな?


 できることなら、自分もそれを見てみたい。


 ――本当に頑張ってる。ひたむきだ。なぜここまで頑張るんだろうか。あまりに研ぎ澄まされた集中力に、ビリッとくる。その集中力が射抜こうとしているものは、いったい……。


 どうしてなのか、サツキといるとサツキのことがどんどん気になって気に入って、惹かれてしまう。


「3」

「正解」


 ――サツキ。伸びろ。伸びろ。強くなれ。僕はキミが強くなることを望むよ。芽吹きを待つキミのため、僕はどんな手伝いだってしたくなる。そして、負けらんないって思うんだ。


 こう闘志をかき立てられる相手は、ミナトにとって初めてかもしれなかった。実力差など関係ない、特別な感覚。そんな友との時間に、未来を想うと火花さえ散る高揚感が生まれる。わくわくしながらミナトは微笑んだ。

 ヒナがその様子を眺めながら、


「ねえ、サツキ。修業はいいから天体の話でもしようよー」

「もう少し待ってくれ」

「ごめんなさい」


 サツキとクコにそう言われて、ヒナはむぅと頬を膨らませる。


 ――思えば、まだサツキと先生と情報をまとめる段階でしかないし、サツキとは夜に甲板で星空を見ることさえできてないんだよね。


 実は正直、ヒナはチナミよりもサツキに構ってほしかった。だからただただ修業風景を眺めている。

 ミナトが指を四本立てると、


「4」

「正解。さっきより反応が素早くなってる。この短時間でたいしたものだなァ。クコさんのアイディアがいいんだろうね」


 感心するミナト。

 クコは謙遜したように首を横に振る。


「いいえ。サツキ様が相手だから、わたしには長所も短所も見えやすいだけなのかもしれません。なにより、サツキ様の成長速度がすごいんです」


 とはいえ、実際にもクコは人を育てる才能があった。洞察や戦術に長けたサツキとは違うタイプの観察眼がある。

 王宮剣術を習ったとき、自身はそれほど特別な工夫などされたことはなかった。

 しかし、サツキのことを考えると、不思議なことによく策を思いつく。サツキになにかしてやりたい気持ちが強いのと合わさり、よりよく観察眼が働くことで案が浮かぶのである。

 サツキとクコの修業中、ヒナに遊んでもらおうとナズナがチナミを連れてやってきた。

 青い空を見上げ、ナズナはつぶやいた。


「ひつじ雲……」

「明日は雨が降るわね」


 と、ヒナが額に手をやる。


「そうですね。うろこ雲が出ると三日以内に雨とも言いますね」

「さすがチナミちゃん。どっちも晴和王国では台風の多い秋によく見られるけど、季節に関係なく雨の指針になるんだよね」


 ヒナに褒められ、チナミはそっぽを向いて頬を桃色に染める。


「前にヒナさんが教えてくれたことです」


 ナズナには聞こえない声だったが、ヒナの耳には届いていた。ヒナがニコニコしながらチナミにじゃれつく。


「やっぱりチナミちゃんは可愛いなぁ」

「やめてください」


 その横で、ナズナはひつじ雲を見つめる。


「雨、か……」

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