5 『友-誘-結 ~ Fate Friend ~』

 ミナトは一同を見回した。


「バンジョーさんにルカさん、ヒナさん、そしてサツキさんかァ。この船じゃあ同じくらいの年の子供がいないから、みなさんがいてちょうどよかった。それに、アキさんとエミさんもいるみたいだしねえ」


 クコが尋ねる。


「ミナトさんは、アキさんとエミさんにはもうお会いになりましたか?」

「いいえ。まだです。あとで挨拶しないと」

「お部屋を教えておきますね」

「ありがとうございます、クコさん」


 アキとエミはそれぞれ128号室と129号室だと教えると、ミナトは口に出して繰り返して記憶した。


「でも、よかったです。同じ船に乗れて。本当はアキさんとエミさんの分で枠が埋まってしまったようでしたから」

「ああ、それならちょうど空いたみたいですよ。いやあ、運がよかった」


 サツキはミナトの名前を聞いて、クコが言っていた人だとわかった。気になっていた名前なのである。

 ヒナが聞いた。


「で、何歳なの?」

「十二です。六月に十三になります。クコさんとヒナさんとサツキさんもそれくらいかな?」

「はい。わたしは十三歳で、九月五日に十四歳になります。サツキ様とヒナさんはわたしより一つ下です。サツキ様は五月五日、ヒナさんは三月三日がお誕生日なんですよ」

「うむ」

「そうよ」


 と、サツキとヒナは答える。


「へえ。じゃあサツキとヒナには敬語はいらないや。旦那とクコさんとルカさんには敬語を使いますがね」


 ミナトがバンジョーを見やると、


「おいおい水くさいじゃねーか」


 と、肩に腕を回された。

 可愛い口元をにこにこさせて、ミナトは飄々と返す。


「いやだなあ。違いますよ、バンジョーさん。目上には敬意を払えってのが教えなんです。まさか僕より小僧なんてことはありますまい」

「そりゃあな。まあ、遠慮はしてねーみたいだし、好きにしろや」


 おかしそうに笑うバンジョーに、ミナトは陽気な笑みで言った。


「旅の目的を言ってませんでしたね。僕は一応、剣の修業のため旅をしてます。剣の高みを目指す、アテのない旅です」

「それはすばらしいですね」


 クコが答え、ヒナはジト目で、


「そう? ただの流浪人じゃん」

「あはは。ヒナは厳しいなあ。そういうヒナはどうして旅を?」


 このあとも六人でしばらくしゃべりながら朝食をいただいた。ただルカは少し人見知りのけがあり、口数はいつも以上に少ない。サツキも無口なタイプだから、他の四人――バンジョーとクコとヒナとミナトを中心に会話が盛り上がった。

 食事が終わると、ミナトは部屋の番号を教えてくれた。ヒナの隣、108号室らしい。急遽枠が空いたヒナと連番だし、この船をキャンセルした二人組がいたことになるだろうか。そのおかげで偶然にもヒナとミナトと同じ船になったのはサツキにとって幸運だった。

 ミナトには、いつでも訪ねてきてくれと誘われ、サツキは一度自室に戻った。




 読書をして一時間が経つと、サツキの部屋のドアがノックされた。

 またクコだろうかと思ったが、ドア越しの声は別人のものだった。


「ミナトです。いいかい?」

「どうぞ」


 やってきたのはミナトだった。

 ミナトは「座るね」と断ってベッドに腰を下ろした。


「どうした?」


 机の椅子の向きを変え、サツキが聞くと、ミナトはにこやかに答える。


「少し話したいと思ってね。まだサツキとはそんなにしゃべってない」

「そうか」


 この世界に来て初めて、同学年の友人ができそうだから、サツキもこの少年に興味があった。


「ミナト。ちょっと聞いていいか」

「なんなりと」


 話を切り出すのをためらうサツキに、ミナトはあくまで爽やかに語を継いで言った。


「まどろっこしいのはナシで頼むよ。僕は謎解きなんてまっぴらだ」


 なんだかミナトのあどけない笑顔に毒気を抜かれて、サツキはため息をついた。


「じゃあ、単刀直入にいくぞ。ミナト、おまえが昨日の人斬りか?」

「うん。なんでわかった?」


 即答するミナト。臆面もなく、微笑さえ浮かんでいる。その平然たる顔に、サツキは淡々と答える。


「なんとなくだ。なんとなく、あれをケンカだって決めつけた言い回しが怪しかった。それに腰の刀。二本とも、業物だろ?」

「この刀、知ってるの?」

「知らん」


 まるで昨日人斬りをしたなんてうそみたいに、ミナトは透明な笑顔で軽やかに笑った。


「おもしろい人だ。鎌をかけたワケでもないようだし。やっぱりキミ、なんかあるね。愉快だなァ」

おさろうを斬った理由は?」


 目の前にいるのが人斬りだとわかっても、サツキは冷静だった。かねてより、何事にも動じない気質なのである。

 ミナトの口ぶりはやわらかだった。


「なァに。たいした理由じゃないよ。夜に剣術の修業をする僕に、彼がケンカを売ってきた。血気盛んなのはいいが、相手は選ばないとねえ」

「ケンカっていうと?」

「オレが剣を振るから消えろ、と言われた。それだけならどくのも構わないが、脅しに剣を抜いてしまってね。あまつさえ斬りかかってきた。きっと、死ぬ覚悟のある人なんだなあって。まあ殺してはないんだけど」


 どこか他人事のように言うミナト。

 サツキには、この少年が本当に長部虎太郎などより強いのか、たまたま油断した相手に不意打ちで勝ったのか、よくわからなかった。


 ――まあ、これに結論を出すのはあとだ。


 と、サツキは思った。

 遠い昔の思い出話でもするようなミナトだったが、急に話題を変えてきた。


「サツキ。二日前、浦浜にいただろう?」

「いたな」


 うそをつく意味もない。正直に答えた。クコやアキとエミとも顔見知りだというし、警戒もない。


「僕にはキミの顔に覚えがあるんだ」

「記憶力がいいんだな。俺も見かけた人の顔を覚えてることがままあるけど、ミナトの顔は覚えてない」


 こんな着物を風流に着こなす同い年くらいの少年がいたら、サツキならば覚えている。


「そんなもんさ。サツキとクコさんみたいな目立つ人でもなきゃあ僕でも忘れる」

「俺はおかしなかっこうなどしていなかったし、目立たないだろ」

「本人だけは気づいてないってのは、よくある話だねえ」


 ミナトはくすくすと楽しそうに笑う。

 ちょっとむっとしてサツキが口をへの字に曲げるが、ミナトはさらりと話を続けた。


「普通の風体でも、姿がよけりゃあ目立ちもする。悪いことじゃないと僕は思うがね」

「詳しくは言えないが、俺は今、追われる身だ。それでも悪いことじゃないか?」

「良いこととは、言い切れないねえ」


 おかしくなって二人は笑った。このミナトという少年には、明るい中にも特有のゆるさがあった。サツキも肩の力が抜けて笑ってしまうほどである。こっちの世界にきて、こうやって笑ったのは初めてかもしれなかった。


「それでだ。僕は王都から歩いて、浦浜には出航前日に到着した」

「うむ」

「王都と浦浜でキミを見た。一度目はすれ違ったが、僕は仮面をつけてた。二度目はキミが騎士のようなのと戦っているところを上から見かけた。なんだか気になった。おもしろいと思った。それで、浦浜でフウサイさんと仲良くなって、キミがこの船に乗ると知ったんだ」

「なにか大事な部分が抜けた気がするんだが」

「気にしないでいいよ。で、そのあと僕の好きなぺんぎんぼうやってキャラクターのミュージアムに行ったら、アキさんとエミさんに会ったんだ。あの二人とは王都で知り合ってね。その王都で知人に船のチケットをもらって、海の外に出たらどうだと言われ、ここまで来た次第さ。まさかあの二人に浦浜で再会するとは思わなかった。そこにクコさんもいた。サツキの疑問はだいたい解けたかい?」

「うむ。だいたい」


 天都ノ宮では、サツキもいろいろあった。そのあともいろいろあったが、それらのタイミングが歯車かパズルみたいに合致しなければ、ミナトには会えなかったわけである。

 しかも、ミナトが取れた乗船券というのは、ヒナが取れたものと同じで、空きができたことによる余りの券。ヒナの乗船券を取ったとき、二名分空いて、うち一枚は少し前に少年が取ったと案内係が言っていた。最初から最後まで、いくつもの偶然が重なっている。

 これも奇縁だと思った。


 ――フウサイか、アキさんとエミさんか、クコか。もっといろんな人も関わってたのだろうか。たくさんの人が結び付けてくれた出会いな気がする。


 しかしミナトにはいちいちすべては言わず、また別の話題を話した。

 思いのほか、サツキとミナトは馬が合った。

 元いた世界ではろくに友だちなんていなかったのに、そんなサツキがこれほど自然と打ち解けられる相手もめずらしい。クコはなんだか特別に話しやすいし話をせずともなにか通じ合える感覚があったが、ミナトの場合は友人として呼吸が妙に合ってしまった仲といっていい。

 その日から、サツキとミナトは友となった。

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