9 『聞-期-危 ~ Lost Ship Over The Supercell ~』

 夕方。

 サツキは馬車から玄内の別荘に行き、その地下にある《げんくうかん》で修業していた。

 午前九時からと、午後の四時からのそれぞれ二時間ずつが、玄内による修業の時間になっていた。

 玄内と実戦形式で空手の試合をし、型の修業に移った。

 バンジョーが受け身の練習を終えて、玄内に聞いた。


「先生、終わったんですけど、次はなにをすればいいんすか?」

「ヒナが終わるまで腕立て伏せだ」

「押忍!」


 腕立て伏せを始めて三分後、ヒナもやっと受け身の練習を終えて立ち上がった。

 二人共、柔道着姿である。


「先生、終わりましたぁー」


 くたびれたようにヒナは言う。


「そうか」

「ふいー。オレも腕立て伏せ終了ー」


 バンジョーは座って、


「でも先生、オレには《スーパーデリシャスパンチ》と《スーパーウルトラデリシャスパンチ》って必殺技がありますよ! 受け身なんて必要あるんですか?」

「おまえのその長ったらしい名前の技も、要はただ拳を振り抜くだけ。決定打としてはいいが、それ以外でも動けるようにならないとこの先危ない」

「ほーん」


 わかっているのかいないのか、判然としない返事をするバンジョー。


 ――こいつは、自ら忍者の末裔だとか言うだけあって、相当動ける。現状でもそこそこ戦える。だが、まずは基礎的な戦闘の動きを覚えるところからだな。投げ技も仕込んでやるか。基礎のあとだが。


 玄内はバンジョーの指導方針をそう定めた。


「ヒナ。おまえ耳がいいな。魔法か?」

「はい! そうですけど」

「どんな魔法だ? 十秒だけやるから簡潔に述べろ」

「じゅ、十秒!? うーんと、あたしの魔法は音を聞き取る《うさぎみみ》です。遠くの音も、小さな音も聞こえます。普通の人の百倍くらいかな。あと、音になる前の音が聞こえるんですっ」


 なんとか十秒以内にヒナは答えた。


「音になる前の音?」

「なんだそりゃ」


 のみ込めないでいる玄内とバンジョーに、ヒナは得意になって胸を張り、


「ばーん!」


 と最初に注目を集めるように言って説明を始める。


「たとえば、わかりやすいところで言えば『さ行』とか『は行』の音。息が先に音になるでしょう? それを聞き取れるんです。もっと言うと、あたしの場合はその息になる前の音からわかるんですけどね」

「なんだそりゃ」


 まだわからないバンジョーはさておき、


「悪くねえ魔法だな。だが、それだけじゃあ戦闘では厳しい。サツキの目と同じで、攻撃手段にはならねえ。かといって、クコみたいにその手法を直接学べるわけでもねえ」


 クコは魔法《感覚共有シェア・フィーリング》により、額同士を合わせることで相手と感覚を共有することができる。クコが《感覚共有シェア・フィーリング》という魔法を扱えることを、士衛組ではサツキと玄内しか知らないから、


「ん?」


 と、ヒナは首をかしげた。

 クコは《感覚共有シェア・フィーリング》によりサツキの魔力の圧縮感覚を直接サツキから学び取り、それを実戦に活かせる。結果、《ロイヤルスマッシュ》が大技になった。

 だが、ヒナにはそうした芸当ができない。


「そこで、ヒナには別の魔法も覚えてもらうぜ」

「えー。別の魔法? 二つの魔法とか難しそう」


 玄内の怖い顔を見て、ヒナは口調を改める。


「です。できるんですか?」

「簡単とは言わねえが、理論を体系化したからそれをヒナもできるか試す意味もある。いわば数式を使って魔法って問を計算するようなもんだな」

「それならできそうな気がする」


 と、ヒナは真面目な顔で握った右手を唇に当てる。それからすぐに、跳ねるようにハッとして付け足す。


「です。やってみます」

「おう。だが、その前におまえも基礎からだ。刀を使え」

「じゃあサツキと練習ですね!」


 クコと修業するサツキのところへ行こうとするヒナだが、その首根っこをつかまれ、玄内に説明される。


「その段階じゃねえだろ。素振りなら明日からいっしょにやらせてやる」

「えー」

「まずは、おまえに適性があるか見ないといけねえ」

「はあ」

「それによっては、おれの刀を一振りやるよ」


 三人はそんな感じで修業を始めていた。

 ちなみに、ルカは玄内から「念動力のコントロールを練習しろ」と助言を受け、少ない数の武器から徐々にコントロールできるよう励んでいる。

 具体的には、ナズナとチナミを相手にする。

 以前からゴムの棒を使って二人に攻撃する修業をしていたが、修業内容が一段階先へ進んだ。

 玄内はルカとチナミに、


「ルカ、チナミ。二人はこいつを使え」


 と竹刀をそれぞれ1本ずつ渡した。サツキとクコが使っているものと同じで、なんの仕掛けもない。


「チナミは避けるのがうまくなった。今度は避けるのと竹刀で受けるのをどちらもやれ。ルカはチナミに竹刀で攻撃し、ナズナにゴムの棒で攻撃しろ。チナミに捌かれないようになるのが目標だ。ナズナは今のまま避ける修業だ」


 とのことで、ルカが《ねんそう》で竹刀一本とゴムの棒一本を動かし、二人を攻撃する練習をしている。

 フウサイはサツキの目のつくところではわからないが、あらゆる忍術の訓練に余念がなかった。

 クコは剣を構える。


「それではサツキ様? わたしの視線の動きにも注意を忘れないでくださいね」

「当然」


 そんな練習に切り替えてから、たったの半日でサツキは視野を広げることができてきた。

 その様子を見て、玄内はニヤリとする。


 ――クコのやつ、指導者の才能があるな。それに、サツキが新しく友人になったやつがいるっていうから見てみれば、王都と浦浜で会ったあいつだっていうじゃねえか。素振りを見ただけで、ただ者じゃねえとわかる。あの天下五剣を持つにふさわしいレベルだ。あいつがいれば、サツキは剣に関しちゃぐんぐん伸びる。あの天才剣士、いざなみなとがいれば。




 この夜。

 ヒナはようやく、サツキと星空を見上げる約束をした。


「研究のためよ」


 と何度も念を押したが、サツキは気にした様子もなく、二人で甲板に立って星を見ている。


「う、海の星は、きれいよね」


 ちらっとサツキの横顔を見てみるが、そこには表情がない。


「そうか?」

「そ、そうよ」

「確かに後ろは星空が広がってるが、俺たちが向いている方角は暗雲が見えるんだが……」

「え?」


 言われて、ヒナは前方の空を確認する。

 そこに暗雲が立ちこめ、お世辞にもきれいな星空とは言えなかった。

 サツキといっしょにいる雰囲気を意識しすぎて、肝心の空が見えていなかった。


「後ろよ。後ろを見るつもりだったのよ」

「ふむ」


 二人は後ろを向いて、空を見る。


「あの星」


 サツキが見た星は、新しく現れたという星だった。

 ヒナもその星を見て、


「新しい星ね」

「らしいな」

「あの新しい星が現れた頃から、いくつかの星が動いているの。今では、新しい星がしし座を消したはずが、また現れた。こねこ座はてんし座とくっついて弓を持ち、にんぎょう座と顔を合わせるようにしてる」


 確か、サツキの記憶では、こねこ座もてんし座も聞いたことがあった。だが、にんぎょう座は初耳である。


「にんぎょう座?」

「そうよ。あれ」


 と指差し、ヒナは説明する。


「人形が四つ並んだ星座ね。でも、ひとつだけ衛星なのよ。自らは発光しない星」


 イレギュラーな星が混じった星座らしい。


「あ」

「わぁっ」


 流れ星が尾を引いた。


「裁判で勝てますように裁判で勝てますように裁判で勝てますように!」

「それは、俺の世界と同じだ。流れ星に、三回願い事をする」


 サツキが笑うと、ヒナも笑った。


「あはは。どこの世界でも、珍しいものにはなにかを祈りたくなるのかもね。こねこ座が持ったてんし座の弓から流れ星が放たれて、にんぎょう座が射抜かれちゃった」

「どこが猫で天使なんだ?」


 聞くと、ヒナはいちいち丁寧に教えてくれた。あれがね、と指を差し、楽しそうに語る。


「元々、しまい座といっしょに動いていたんだけど、ぺんぎん座が止まると、こねこ座とてんし座も止まって、ぺんぎん座がにんぎょう座にぶつかったところだったのよ」

「そこで、流れ星があったのか」


 また、ヒナは別の星座のことも話した。


「で、かめ座とたぬき座はじりじり離れてるけど、かめ座が光の色を変えると向きを変えてまた近づいたの。やがてたぬき座も足を止めて、動かなくなったってわけよ」

「ほう」


 さらにヒナは言う。


「あっちでは、いしゆみ座が燃えるように光って、次には墨みたいに暗くなってる。みかづき座は光量が変わる星なんだけど、こうさぎ座とぶつかって、眠るように光は薄くなっちゃったわ。たて座がかたな座と交わってヒビを入れたのは何日も前の話。さらに前には、かたな座とこだぬき座がくっついたと思ったら、こだぬき座が消滅してしまった……けど、光を取り戻して、今は共にある。消えかけたかたな座と並んで光ってる」

「かえる座は、ほとんど動かないんだな」


 と、サツキも覚えた星について言ってみる。


「ふうん。サツキはそれが気になるの? 大丈夫よ。問題なさそうだし。それより、この前なんてたぬき座ときつね座が変な距離感だと思っていたらね、きつね座がたぬき座に飲み込まれそうになってたんだから」

「詩的な表現だな。神話みたいだ」


 さっきからヒナの言葉は星を本当の動物や武器などのように言っている。


「だ、だからなんだってのよ?」


 恥ずかしそうに頬を膨らませサツキをにらむヒナである。


「別になんでもないさ。狸と狐の化かし合いでは、一般的には狐より狸が上だと言われているな。狐七化け狸八化け。その割に、狸は憎めないと言われることが多い」

「へえ」

「しかし、ヒナは本当に星が好きなんだな」

「うん。特に今は、新しい星に惹かれてる。なんだか目が離せないの」

「その星が好きなのか」

「う……。べ、別に」


 なぜだかヒナには、素直に好きだというのが照れくさい。

 サツキはそんなヒナのリアクションには無関心かと思いきや、ヒナのほうを見て言った。


「きれいだ」

「えっ」


 ヒナは頬を両手で押さえて見返す。


「あたし、そんなこと言われたの初め……」


 だが、サツキの視線はヒナの先にあった。


「ん?」

「あれは俺も知ってる星座だな」

「へえ」


 ジト目になってサツキを見る。サツキは視線を下げた。ヒナも視線を海へと下げると、そこには船が走っていた。


「小さいけどいい船だな」

「そう?」


 ちょうど、この『アークトゥルス号』とすれ違って晴和王国に向かうところだった。


 ――なによ、あれ。あんな小さい船で海を渡れるのかしら。


 しかも、船の上には少女が三人だけいた。


「船足が速い。蒸気船だろうか。この船とは仕組みも違うんじゃないだろうか」

「あんなのどうでもいいじゃない。ほら、サツキ。あの星はね……」


 ヒナは船の話は流して、星の話を始めた。




 すれ違った船を見送り、少女は言った。


「あの船にも子供がいたね。リホよりちょっと上だよね。ミホ姉よりは下かな?」


 少女は振り返り、アホ毛をぴょこんと動かして姉を見る。


「さあ。わたし、もう眠い」

「そ。じゃあ寝てていいわ。今日の分はオッケーだし」

「おやすみ~すぅ……」

「寝るの早っ」


 アホ毛の少女『こうかいとうごう莉帆りほは、三姉妹の次女『ねむひめとうごうの眠りにつく早さに驚く。それから、遠ざかる船を見てつぶやく。


「昼間のあの子、どうなったかなあ」


 長女の『せんがんとうごうは呆れたように笑った。


「あんたずっと言ってるわね。気にしすぎだっての。わかったわかった。このお姉様が見てあげるわよ。《ゆびがね》でね」


 魔法《ゆびがね》を使えば、望遠鏡のように拡大して遠くの景色でも見ることができる。

 サホは親指と人差し指を丸めて右目に当て、目から離してゆく。

 途中で手が止まった。


「そんな心配はたいてい杞憂ですよーっと! お! 見えた! げっ!」

「え? げってなに? なにがあったの?」


 リホがサホの胸ぐらをつかんでぶんぶん振る。


「苦しっ! 苦しいから! しゃべれないんですけどー!」

「無駄口はいいから教えて!」

「はい!」


 答えて、サホは見えたものを教える。


「その……ええと、あの船さ、嵐に突っ込むか怪しいところだったじゃない?」

「うん」

「もし操舵手がポカやったら危ないって話してたわよね?」

「だから心配だったの! で?」

「それが、その……嵐に突っ込んでっちゃった」

「えー!」


ねむひめ』がリホの大声で目を覚ます。


「どうしたのぉ?」

「あの子の船、嵐に突っ込んだって……」

「やだ、大変。ダメだよ、そんなの……こんな悪い夢から早く覚めないと。すぅ……」


 悪夢だと思い込もうとしてまた眠りに落ちた次女ミホを見て、サホはぽつりとつぶやく。


「あーあ。また寝ちゃった」

「どうなるんだろう。大丈夫かな……?」


 心配するリホの言葉に、サホが笑いながら言った。


「あの嵐だもん、大丈夫なわけないでしょ。やっはっは」

「サホ姉の馬鹿! いいからもう一回見てよ!」

「わかったわよ。ごめんって。見るから髪引っ張らないで」

「どう?」

「今見てるから。ん、もうダメね」

「ダメって、船が波に呑まれちゃった?」

「いや。嵐の中が暗くてなにも見えない」

「そんなぁ……」

「まあ、考えてもしょうがないんだからさ。明日の朝にでもまた見てあげるわよ。距離的にギリギリ見えるでしょ」

「無事でありますように……」


 リホが神頼みする。




 晴和王国、らく西せいみや

いにしえみやこ』を歩いていた青年は、金物屋を通り過ぎたところで足を止める。

 仮面のようなメガネの下で、目を閉じた。


「嫌な感じやな」


 数珠を取り出して、じゃらっと鳴らす。


「《ようかいがくこう》、《かい》」


 陰陽師でもある彼は、魔法によって視ることにした。


「ああ、やっぱしそうや。《しんじゅ》が割れてもうたか」


 一度だけ、持ち主を命の危機から身代わりになって守ってくれる魔法道具。王都にて歌劇団の舞台を助けてくれた少女にお礼として渡したのだが、それが割れてしまった。このことが意味するのは……。


「渡して正解やったわ。数日前のこくふうはくが、あの姉妹の道を二つに分かつ働きをした。これで再会は遠のいたようにも見えるが、良い出会いには巡り会えたんやな。僥倖やで。よかったな、リラはん」


 そうつぶやき、『だいおんみょうやすかどりようめいは再び歩き出した。

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