6 『背伸びしすぎてたんだわ……』

 サツキとクコが『かぜめいきゅうとびがくれさとを目指す馬車の中にある、四月十日のこと。

 この日、あおは、王都を発った。

 目指すは港町、『かいまどぐち』浦浜。

 現在、リラは二人の同行者と馬車に揺られていた。

 クコの妹にしてアルブレア王国第二王女のリラだが、その素性は隠している。

 なにも知らず気にもしないで連れ立ってくれている二人は、青年と少女。

 青年の名はたかとう

 トウリは二十歳くらいに見えるが、現在二十三歳。穏やかでおしとやかな雰囲気の青年で、顔立ちも整っている。髪はくせ毛、灰色の着物の上から深い緑色の羽織をまとっている。背は一七〇センチほど。

 少女はとみさとうめ

 リラより一つ年下の十一歳。小柄で背は一三五センチくらいと、一四七センチのリラよりもずっと小さい。チナミよりもわずか二センチ大きいくらいである。明るくにこやかな顔に丸い瞳があり、髪はおかっぱ、梅を模した髪留めがくっついている。薄紅色の着物の手にはけん玉が握られていた。『画工の乙姫イラストレーター』リラの魔法《真実ノ絵リアルアーツ》によって創造されたものだった。


「けん玉はむずかしいですね」


 馬車に揺られながらだとなおさらだろう。

 ふふっとリラは笑った。


「わたくしも、昔はそうでした」


 のどかな馬車の旅。

 ウメノはリラという同乗者を得て楽しそうだったが、トウリはリラの小さな変化にもすぐに気づいた。


「リラさん。顔色がよくありませんね」

「あら? そうでしょうか」


 やや首をかたむけてそう言うが、リラは顔が少し赤くなっている。


「失礼」


 そう断って、トウリはリラの額に手のひらを当てた。


「熱かな。ただの風邪だといいが」

「トウリさま。リラさまは大丈夫でしょうか?」


 心配そうにウメノがトウリを見上げる。


「うん。ここから鹿じょうは近い。一度、城に寄ろうか」

「はい。それがいいです!」


 トウリの意見にウメノが賛同し、馬車は鹿志和城へと行き先を変えた。


「それまで、リラさんは眠っていてください」

「いいえ。そんな……」

「お疲れだったのでしょう」


 いたわるようにそう言うと、懐からそろばんを取り出して、そっとリラに当てる。これによって、トウリはリラの偏差値を読み取った。


「やはり体力はあまりないようですね」

「あの……なんのお話でしょう……」

「私の魔法《じゅうそう》の一つ、《へんそう》は、『頭脳』、『体育』、『芸術』、『容姿』、『道徳』の五つの能力がそろばん上に数値化されます。それを私は操作することができるのです」

「五つの能力……」

「では、願いましては……体力を」


 パチッと、そろばんの珠を弾く。


「『体育』の偏差値が低かったので、リラさんの得意な『芸術』から数値を回しました。あとで戻しますが、その健康状態では体力が第一です」

「なんだか、元気が湧いてきたような気がいたします」

「『体育』は運動神経だけでなく、体力もふくまれますよ」


 と、ウメノが説明を加えた。


「まずはこれで大丈夫。城に戻ったら医者に診せますので。おやすみなさい」


 リラもおやすみなさいと言おうとしていたが、身体が少し楽になると気分もよくなり、心地よく、すぅっと眠りに落ちていった。




「リラさん。そろそろ我が鹿志和城に到着しますよ」


 眠っていたリラの耳に、トウリの声が聞こえてきた。


「すみません、眠っていました」

「ほら。あれです」


 ウメノが指差す先には、城がそびえていた。

 王都のすぐ西にある小国、武賀むがくに

 その国の主が暮らす城の名前が鹿志和城である。

 晴和王国におけるこの時代、晴和王国内では二宮三十三国に分かれていた。二宮は特別な二つの宮であり、『王都』とも呼ばれるあまみや、西の『古都』たるらく西せいみやがそれである。三十三国はサツキの世界における都道府県みたいなもので、武賀ノ国の領土は西東京と神奈川県川崎市に当たる。

 リラは頭の回転が戻ってきて、ウメノの言葉にもうんとうなずく。


「素敵なお城ですね」

「はい。いいお城です」


 リラが眠ってから起きるまで、たったの一時間ほどだった。

 だが、外はもう夕焼け空になりかけていた。

 紅く霞む城は、リラには幻の中に建っているように見えた。リラの体調のせいで景色がぼやけているだけかもしれない。

 馬車は城門の中に入ってゆく。

 城への扉の前で三人は馬車から降りた。リラはここからも自分の足で歩けそうだった。


をお願いします」


 わざわざ城内でまで駕籠を使わせようとするトウリを制止するように手のひらを向けて、


「大丈夫です。歩けます」

「そうですか。では、ゆっくりまいりましょう。こちらへ」


 トウリの案内でリラは客室に通された。

 十畳はある部屋で、壁には山河を描いた墨絵が掛けられ、布団が敷かれた他にはテーブルがあるのみだった。


「このあと食事も持ってきます。まずは着替えて横になっていてください。行くよ、姫」

「はい、トウリさま。それではリラさま、姫たちはまた来ますね」


 二人はそれだけ言って部屋を出て、部屋着用の浴衣を持った侍女が二名ほど入れ替わりにやってきた。

「大丈夫です」と言っても侍女二人は構わず着替えさせてくれた。

 そのまま布団に入って横になった。

 まだ少しぼうっとする頭で、リラは城内の様子を思い出す。


 ――そういえば、トウリさん……城内のみなさんには「トウリ様」と呼ばれていた。やっぱり偉い人なんだわ……。


 トウリとウメノを待つ間、遠のく意識の中で考えた。


 ――お姉様とサツキ様を目印に旅立って、首尾よくヴァレンさんとルーチェさんに出逢えた。そのおかげで、リラは一気に晴和王国まで来られた。歌劇団でもスダレさんやアサリさんたちのお役に立てたと思った。だれかの力になれる人間、そんな理想像に近づいたような気がしてて……。だから、すぐに未来をつかみとれると勘違いしていたのね……。背伸びしすぎてたんだわ……。リラはまだ、自分だけではなにもできない。


 リラはつぶやく。


「未来のキャンバスに思い描いていた色は、ちょっと綺麗すぎたみたい……」


 そして、リラは眠りについた。

 食事を運んできた侍女が襖越しに呼びかける。


「お食事をお持ちしました。開けますね」


 侍女は襖を開ける。客人の少女は寝ついていた。


「失礼しました。お眠りでしたか。一応、起きたときに喉が渇いてお腹をすかせてはかわいそうですし、置いておきますね」


 眠りの中にあるリラにも律儀に話しかけ、侍女は食事と水を置いて部屋を出た。

 次にリラが目を覚ましたとき――。

 横にいたのは、トウリとウメノだった。

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