7 『やあやあやあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃいだなも!』

かぜめいきゅうとびがくれさとは、現在の神奈川県にある。

 この世界においては、おうみさきくにと呼ばれている。

 がわ氏が治める国であり、じょうとその城下町は東海道最大級の宿場町にもなっている。

 田留木城はサツキの世界でいう小田原城のあたりに位置し、目的の鳶隠ノ里は城の北西数キロの場所にあるらしい。

 城下町として栄える活気ある田留木は大きな宿場町でもあるのに、そのすぐ北は山になっている。いくつもの尾根が連なるが、山稜から少しずれたその山間にぽつんと、発見されにくい場所に隠れるように里があるとのことである。

 四月十日。

 この田留木城の城下町にやってきた『えいぐみ』一行は、適当な宿に泊まることにした。


「今は昼過ぎ。日が暮れるまで、幾ばくもない。今日はここに泊まって、明日、里まで歩いて行くぞ」


 玄内に言われて、クコは素直にうなずく。


「はい」

「でも先生。オレの馬車で行けばいいじゃないすか。なんで歩くんですか?」


 バンジョーの問いに、玄内は答える。


「ここはな、そうがまえになってる城下町なんだ。北は山、南は堀がある。堀によって城だけじゃなく城下町ごと囲まれ、北の山には堀切もある」


 つまり、南はお堀で水を挟んでおり、これを越えねばまず城下町に入れないし、また城に入るにもお堀を越える必要がある。北は山が守り、堀切という特殊な地形に掘削されているのである。


「鋭いV字の道になってるってことだよ」


 と、サツキは理解してバンジョーに教える。

 だが、バンジョーはわからない。


「スペシャルは山でも走るぜ?」

「そうじゃない。足下がV字に細まっているから、馬車じゃ通れないんだ。徒歩で向かう必要がある上、あの山の中から里を探すのも困難だろうし、日が暮れる時間に行くのは得策じゃない。そういうことですよね」


 サツキが確認を取るように玄内に聞くと、「そうだ」と答えが返る。


「大堀切は、馬の足にはかわいそうだ。新戦国時代、他の大名もやったことがない城下町まるごとの要塞化。その上で、街道随一の宿場町。天然の要害を利用した、北や西からの猛攻もはねのける『なんこうらくじょうまち』田留木。こんなのをつくった『かんとうしゃがわもくれん。なかなか見上げた国主だぜ」


 玄内が褒めるのだから、小座川氏はやり手なのだろう。

 実際、現在の国主モクレンは『関東の覇者』とも呼ばれていた。

 まだこの世界の晴和王国内部のことを知らないサツキは他人事のように感心していたが、すべてはつながるようにサツキにも関わってくる。だが、今はそれよりも鳶隠ノ里だ。


「玄内先生、今日はどうしますか? 里について聞き込みをしてもいいものか」

「その必要はねえさ。城下町の人間も普通は知らねえもんだ。クコは場所も聞いてるか?」

「一応、指定の場所からどの方角へどれだけ歩くか、手順が描かれたものを持っています」

「それだけあれば充分だ」


 と、玄内は澄ましたように言った。

 バンジョーが質問する。


「じゃあ、今日はこのあとどうするんすか?」

「ま、せっかくだから城下町を見てきたらいいさ。修業も夜にやる」


 はい、と全員が返事をした。




 田留木城の城下町は、王都にも似た江戸情緒のある赴きを持っていた。

 しょうくにでルカといっしょに行った、通称『おうおくしきがわおんせんがいにあるむらに似ている。


 ――あそこでは団子屋に寄ったりしたな。


 そんなことをサツキは思い出していた。


 ――それに、忍者屋敷も体験したっけ。


 今、またその忍者の住む里へ向かう直前にある。これも思い出させる要因だったかもしれない。


「サツキ様もお城が見たいだなんて、お好きなんですか?」


 クコに聞かれ、サツキは首肯する。


「うむ。興味がある」


 この世界をいろいろと旅をしてきたサツキだったが、まだ城を間近にちゃんと見たことはなかった。

 現在、士衛組の七人で城下町を歩いている。

 王都ほどの規模ではないが、さすがに街道一の宿場町でもあり、町は賑やかで活気があった。同時に、心落ち着く空気もある。


「いい町だな」

「そうね。道も綺麗で、風も気持ちいい。安らぐわ」


 ルカは長い髪に爽やかな風を受け、同意の言葉が出た。


「傘も綺麗」


 チナミがつぶやく。この道には、道の真ん中に傘を立てた座所があり、近くの店で食べ物を買ってそこで食べていたり、休息していたりする人の姿が見られる。これは王都にはない光景だった。都会の忙しい足並みは見られず、王都よりもゆったりと時間が流れている。

 ナズナもきょろきょろと周りを見ながら言う。


「そうだね。おいしそうな、お店も……いっぱい」

「うん。特にういろうは外せない」

「チナミちゃん、甘いの……好き、だもんね」


 二人が話すのが聞こえてか、バンジョーが振り返って言った。


「そっか! チナミは甘いもんが好きか」

「べ、べつに……」

「じゃあ今度からデザートも作るか?」

「はい!」


 照れていたくせに、デザートの提案を受けると即答するチナミであった。表情の変化がわかりにくいチナミも、目の輝きが変わっている。

 一行が歩いていると、路上で声を張ってなにかを売っている青年がいた。


「拙者親方と申すは、お立ち合いの内にご存知のお方もござりましょうが、王都を発って二十里――」


 それを見て、バンジョーが聞いた。


「あれはなにを売ってんだ?」

「ういろうだ」


 玄内が言ったのを聞き、


「ほーん」


 とバンジョーは間延びした声を出す。そして、横の菓子屋を見る。そこには、『田留木銘菓・ういろう』と描かれた看板があった。

 またあのういろう売りを見て、


「あっちのが安いじゃねえか。サツキ、オレ買ってくる」


 サツキはまた別のほうを見ていたから、


「うむ」


 とうなずくのみで、バンジョーの買い物は気にしていなかった。状況がわかってる玄内だけは呆れていた。


「やれやれ」


 サツキが見ていたのは、別の物を売っている青年だった。


「やあやあやあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃいだなも! ただいまはこの針、ことのほか世上に広まり、方々に偽看板を出し、いやの、ふるの、はるの、つるぎのと、色々に申せども――」


 なかなか愉快に針を紹介している大声の青年は、愛嬌のある猿顔で口ぶりなめらかだった。離れている場所だったがよく通る声をしている。横で会計役をしている青年は表情こそ強面風だが、顔立ちは涼やかである。

 他にも宿の呼び込みをする若い女性やわらじを売る年配の男性もいた。やはり王都と比べると宿場町らしい感があった。

 そこへ、バンジョーが戻ってきた。


「よし。行こうぜ」

「はい。では参りましょう。もうすぐですよ」


 クコが言って、一行はその場を離れる。




 三十分後。

 城門まで来て、サツキはぐるっと周囲を見て回った。


「さすがに中には入れない。でも、外観を見るだけでもおもしろいものだ」

「そうですね」


 サツキとクコは城を見るのも楽しんでいたが、玄内に声をかけられる。


「じゃあ行くか」

「はい。まだ夕飯まで時間がありますけど、どうしましょうか」

「今は四時ですね」


 四時になったばかりだから、時間に余裕がある。

 バンジョーが言った。


「なんか食おうぜ。名物を食べないとな。オレは料理人だからよ」

「飯には早いし、茶屋か」

「茶屋、賛成です」


 玄内も尋ねるような言い方だったが、チナミが賛成したので、バンジョーは腰に手をやった。


「うっし! じゃあ食うか」


 士衛組の七人は、ういろうが食べたいチナミの意向により、ういろうを出しているお休み処『さきてい』に入った。茶店だが、お菓子の提供に力を入れているお店といった感じだろうか。中は広い。夫婦でやっている店らしく、さきやすという人がクコとおしゃべりしながら注文を受けた。

 ヤスコは五十歳に近い女性で、おっとりとした笑顔が常に浮かぶ。


「よろしくお願いします」

「はい。少々お待ちください」


 にこりとしてヤスコは下がってゆく。

 ういろうを注文した玄内を見て、サツキは意外な一面を知った思いがした。


 ――玄内先生、あんまり甘い物は食べないイメージだったけど、意外といける口なんだな。


 バンジョーはニヤニヤしながら懐に手を入れる。


「どうした?」


 サツキが聞くと、バンジョーは弾ける笑顔で小包を取り出した。


「じゃーん! 食べ比べだぜ。待ちきれないからちょっとだけ食べちまうか。たくさんあるしな。サツキにも分けてやるよ」


 そう言って、バンジョーは粒状のものを五つほど口に放り込んだ。


「あむあむ、あむ……うえぇえ! にげぇ! なんだ? こんな苦い菓子があるってのかよ」


 サツキはジト目になる。

 クコは心配そうに「大丈夫ですか?」とバンジョーに聞いて、サツキに助けを求めるように顔を向ける。

 これには玄内が答える形で教えた。


「そいつは紛れもなく、ういろうだ。が。薬のういろうだな。菓子のういろうとは違うんだよ」

「マジすか! なんだよ、騙しやがって!」

「確かに最初に関係なさげな口上を述べてやがったが、ありゃあ売り文句まで聞かないおまえが悪い。ほら、別のういろうがお出ましだぜ」


 いざお茶とお菓子が運ばれてくると、バンジョーが驚いた顔になった。


「な、なんだぁ? ホントだ! さっきのういろうと違うぜ! よし、食べ比べだ」

「薬と菓子でなにを比べるってんだ」


 と、玄内は腕組みする。

 はむっと食べたバンジョーは、ほっぺたを押さえる。


「うめえ! 甘くてうまいじゃねえか」

「もっと甘いのもアリだけど、これは完成されている……」


 チナミもういろうを小さな口でもぐもぐ味わう。


「おいしい、ね」


 ナズナもにっこりと微笑む。

 クコはお茶を飲んで、ういろうを食べ、「おいしいです」と満足そうだった。

 ルカはサツキに説明する。


「見た目はヨウカンに似てるけど、蒸し菓子なのよ」

「へえ」

「歴史も古くて……」


 話を聞きながら、サツキは外の景色に目がいった。窓の外で動いていたものが、奇怪に見えた。


 ――あれは、石像……か?


 だが、動いている。

 歩いているのである。

 サツキは聞いた。


「石像が動いてるぞ。ルカ、あれがなんだか知ってるか?」

「いえ……」

「薪を背負ってますね! 歩きながら、本も読んでいます」


 不思議な石像のことは、ルカもクコも知らないようだった。

 そこへ店員のヤスコがやってきた。


「あれは《とくきんぞう》だよ。通りかかったってことは、四時四十五分になるね」

「本当です!」


 パッと時計を見上げて、クコが叫ぶ。

 サツキが質問する。


「つまり、決まった時間に通りかかる石像なんですか?」

「そう。うちの前を通るのが今の時間なの。決まった時間に決まった場所を通るように城下町を歩いてるわ。だから、時間の目安になるのよ」

「魔法でしょうか」


 今度はクコが尋ねる。


「ええ。実在した人がモデルよ。とくきんぞうっていうの。彼の門人が作ったらしいわ」

「偉い方だったんですね」


 と、クコは漏らす。

 ヤスコは胸を張って、


「もちろん。遠い昔、この像のモデルになった二徳金造は、世界樹を目指す旅の中で、星降ほしふりむらの手前……いちふみむらで病没したそうよ。なんでも、幕府の用事で赴いていたさなか、病気がひどくなったようなの」

「そうでしたか」

「あの石像には教訓めいた意味があるのよ」

「意味?」

「本を読みながら歩くことから、勤勉さを示し、近隣に住む親は子供に勉強するよう言い聞かせる。ただし、人も増えたこの時代、本を読みながら歩いたらぶつかって危ないから、時間を惜しまず勉学に励みなさいって意味なんだよ、って大人たちはちゃんと教えてるわ。わたしだって、息子にそう教えたの。ずっと王都から帰ってこないし連絡ひとつ寄越さない子だけど、それも元気な証。このあたりでよく語り継がれている植木観音の孝行息子の話みたいに、生きてさえいればそれが親孝行。今も頑張ってるといいけどね」

「そうでしたか。また帰ってくるのが楽しみですね」

「まあね。それで、この《とくきんぞう》だけど、見かけるとちょっぴり怠惰な心が引き締まって勉学の質がちょっぴり向上するのよ」

「そんな効果まであるんですか」


 感心するクコに、店員はにこっと笑いかける。


「そういうことだから、あなたたちもやるべきことがあるなら、今日はいつもよりちょっぴり励んでみなさい」


 ウインクをくれたヤスコにクコは大きく返事をした。


「はい!」


 その後、五時過ぎになって外に出た。

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