8 『おまえらしくていいじゃねえか』

 空が夕焼けを帯びる頃になると、町の明かりがふわっと灯り出す。

 王都の幻想的な雰囲気と異なり、温かみがある。行燈や燈籠も綺麗だが、提灯を持つ人々も風情があった。


「『田留木』の文字が見られるものもあるな」


 サツキの言葉に、玄内が教えてくれた。


提灯ちょうちんだ」


 これは田留木提灯と呼ばれるもので、王都でもたびたび見られ、おうまわりぐみが手に持っていたもの然り、晴和王国中で人気を博して広く使われていた。

 ルカがこれについて説明する。


「持ち運びしやすいように、というこの地の職人の思いから、折りたたみしやすい形状なのよ。丈夫で雨や霧に強いといった特徴もあるわ」

「そういえば、見廻組の方々も持ってましたね」


 記憶をよみがえらせるクコだが、ちょうどそのとき、パッと一斉に明かりをつけたたくさんの提灯に興味を引かれる。


「あれはなんでしょうか」

「ここでは夏にちょうちん祭りがあるのよね。でも、今は春……」


 ルカが考えると、


「提灯を売ってんのさ」


 玄内がそう言って提灯売り場に歩いて行く。

 提灯売りの主人が玄内を見つけて、ビシッと姿勢を正して挨拶した。


「どうも玄内先生!」

「おう。調子はどうだ?」


 提灯売りの主人は、四十くらいの男性だった。


「おかげさまで、よく売れてます」

「そうか」


 後ろから近寄ってクコが尋ねる。


「お知り合いですか?」

「まあな」


 答える玄内のあとを引き継ぎ、提灯売りが説明する。


はら甚右衛門じんえもんといいます。ぼくが今こうして提灯売りをやっているのも、師匠の玄内先生のおかげなんです」

「そんなことはねえさ。おれは少し助言したくらいで、魔法の習得も自分でやったじゃねえか。師匠と呼ばれるほどでもねえ。おまえの工夫で、客が来てるんだ」

「いいえ。玄内先生に提灯の魔法を教わったご恩は忘れません」


 ジンエモンが言った魔法について、クコが尋ねた。


「魔法ですか?」

「ええ。ぼくの魔法は、《はな提灯ちょうちん》。花と同じで、水をあげると燃料になるんです」

「つまり、水が明かりを灯すエネルギーになる」


 サツキがそう言うと、ジンエモンは顎を引いた。


「そうです。水もほんの少しでいい。すぐに吸い込みますから、重くもなりません。また、自分の好きな文字を書いた提灯を作れるのが売りで、中には絵を描く人もいるんですが、それによって、じゅうけになるんです。文字の内容によらず、効果が望めます」

「狐や狸に化かされない。また、魔獣も近づけない。旅人には特にありがたがられるもんだ」


 と、玄内は言った。

 気になっていたことをサツキが聞く。


「あの、そこにいるペンギンは……?」

「この子は何者でしょうか」


 チナミも気になっていたようで、ずっとペンギンの隣にいた。

 ジンエモンが説明する。


「カンムリペンギンという種族です。魔獣でもありますが、おとなしい気性で、ペンザエモン……この子はぼくの相棒なんです」

「相棒ですか」

「はい。頭が冠のような形になっているでしょう? これがコップの役割をして、水を溜めておけるんです。カンムリペンギンは水をよく飲むのですが、吸収しきれなかった分が冠に溜まります。その水を提灯に入れて火を灯すんです」

「なるほど。勉強になります」


 ペンギンが好きなだけあってチナミは興味津々に話を聞いていた。「ペンザエモンくん、偉いね」としゃべりかけている。ペンザエモンは背はあまり高くなく、チナミの腰くらいしかない。

 ジンエモンが提案した。


「みなさんもお一つ、いかがですか? お好きな文字や絵を描いてください。玄内先生のお連れ様ということで、お代はいただきません」

「おお、なんかおもしろそうだな!」


 身を乗り出すバンジョー。ナズナとチナミもすっかりその気になっていた。


「リラちゃんの、お土産に……いいかも」

「うん。私も、昔の幼馴染みにあげるのもあり」


 当の玄内は頭をかきつつ、諦めたようだった。


「悪いが、頼むぜ。世話かけるな」

「いいえ。うれしいです」


 さっそく、玄内を除いた六人は提灯に文字や絵を描く。

 和紙、えんぴつ、色えんぴつ、クレヨン、マジックペン、筆が置かれている。和紙には梅の花の柄が入っており、文字や絵を入れたらこの和紙を提灯の骨組みに貼り付けるという手順になる。

 ペンザエモンはチナミになついていて、隣でじっと見ている。

 ナズナはクレヨンで絵を描いた。

 チナミがその絵を覗いて、


「上手。可愛い」

「ありがとう」


 得意の猫の絵だった。


「チナミちゃんは?」

「私はこれ」

『証明』と筆で書かれていた。

「友だちに会ったらあげる」

「そっか」


 バンジョーはというと、マジックペンを使って『カモン』、『いらっしゃい』が並列されて書かれていた。


「料理を出すときの屋台に飾るんだぜ。なっはっは!」


 得意げに笑っている。

 ルカは『田留木』と書いている。


「田留木って書いたんだな」

「旅が終わって家に帰ったら、両親にあげようと思って」

「いいな」

「サツキは?」

「俺はこれだ」


『努力』と筆で書いてある。

 これを見て玄内が小さく笑った。


「おまえらしくていいじゃねえか」

「玄内先生は書かないんですか?」

「おれはいいさ」


 ジンエモンとも知り合いだと言うし、あえて今それを書くつもりはないらしい。


「じゃあ玄内先生、オレに一つください。屋台にもう一つ飾ります」

「おう。いいぜ」

「ありがとうございます!」


 へへっとバンジョーは笑って、『大歓迎』と書いている。


「これがもっとあるといいんだけどなあ。ぱぁーっと屋台に飾りたいぜ」


 とバンジョーが言って、提灯を手に取って高くあげて眺める。


「では、もう少し出しましょうか」

「いいんですか」


 バンジョーがうれしそうにジンエモンを見上げるが、玄内がそれを止めた。


「こいつのためにそこまでしてもらっちゃ悪いからな。大丈夫だ。代わりに、おれがレプリカを作ってやる」

「レプリカっすか」

「《はな提灯ちょうちん》としてのじゅうけの魔法効果はないが、水をやれば普通に使える」

「ほえー。玄内先生、なんでも作れるんすか?」

「完全再現も可能だが、じゅうけは一つで充分だしな。生物とか飲食物、あまりに特殊な魔法効果を持つ物なんかは作れねえが、あとはだいたい作れる。これでいいな」


 と、『大歓迎』と書かれた提灯を左手で持ち、魔法を唱える。


「《てんふくせい》」


 玄内は右手で魔法陣を描く。クコがサツキを召喚したときの魔法陣とは異なる図柄であり、《はな提灯ちょうちん》のレプリカができあがると魔法陣は消え去った。


「ほらよ。あと三つくらいあればいいだろ」

「ありがとうございます! さっすが先生、本物と見分けがつかねえ」

「そいつを構成する原料は魔力だ。あんまり強い魔力を込めると壊れちまうから気をつけろよ」

「平気っすよ! オレ、魔法使えないんで」

「おめえは魔力の量だけいっちょ前だから気をつけろって言ったんだ」


 そう言って玄内は同じ工程でレプリカを全部で四つ作ってやった。バンジョーは喜んでいた。

 クコはまだ悩んでいる。


「どうするんだ?」


 サツキに聞かれ、クコは筆を手に取る。


「決めました!」


 ルカさんに倣って、とつぶやきつつクコは書き上げる。


「はい」


 書いた文字を見せるクコに、サツキとルカと玄内は呆れた顔になる。ジンエモンは慌てて、


「困るなあ、イメージが」

「え?」


 首をかしげるクコは、和紙を見る。クコが書いた文字『鼻提灯』。なにがいけないのかクコにはわからない。

 サツキが教えてやる。


「この提灯はフラワーの花で《はな提灯ちょうちん》。クコの書いたそれは、寝てる人が作るものだ」


 と、サツキは横に視線を切る。そこには、寝ているバンジョーが鼻提灯を作っていた。書くもの書いて居眠りしている。

 クコは顔を赤くした。


「まあ! そうだったんですか」

「こちらで、別の文字をお願いします」


 親切なジンエモンの勧めもあり、クコは「すみません」と謝りながら文字を書き直した。

『花提灯』

 今度こそちゃんとした表記になっている。


「さっそく使ってみますか?」


 ジンエモンに聞かれて、クコが大きくうなずいた。


「はい。お願いします!」

「では、水を入れましょう。提灯をペンザエモンの頭の高さにしてください」

「わかりました」


 ペンザエモンの頭の高さにして提灯を構えると、ペンザエモンは頭を傾けて提灯に水を注ぐ。

 すると、ぱぁっと提灯に光が灯った。


「わぁ! 綺麗ですね!」


 感嘆の声を上げるクコ。バンジョーがその声に鼻提灯を割って目を覚まし、士衛組の面々もその温かな光を楽しんだ。

 みんなの作品ができあがったので、ジンエモンはお土産にそれらをくれた。


「記念にもらってくれるとうれしいです。日も暮れてきましたし、それを灯りに使ってくださいね。本日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました!」


 最初にクコがお礼を述べ、続いてみんなも感謝の言葉を口にした。みんな自分が作った提灯を手に持っている。ただし明かりを灯しているのはクコのものだけである。


「香りもありますね」

「お花みたい……」


 クコとナズナが提灯の香りを楽しむ。

 チナミはペンザエモンとの別れを名残惜しそうにしており、「また来るよ」とこっそり声をかけていた。

 玄内はジンエモンにひらりと手を振った。


「じゃあな。海の外に行くから、しばらくはまた顔を見せることはないだろう」

「はい。玄内先生、お気をつけて」

「おう」


 見送られ、士衛組一行は提灯売り場を離れた。

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