9 『アタシたちは心の友だ!』

 提灯作り体験を終えた士衛組一行は、夕食にした。


「漁港のあるこの城下町では、海鮮物がいいよな!」


 料理人バンジョーの意見もあり、海鮮丼の店に入った。名物かまぼこも食べることができる。

 サツキのいた世界では江戸時代から小田原でかまぼこ作りが始まったといい、人が多く訪れる宿場町という環境と、抗菌作用と腐りにくさからの携帯性と、かまぼこ作りに適した良い水が、おいしいかまぼこの産業を発展させたという。

 ここ田留木でもそうした条件が重なり、町の名物にまでなったらしい。

 サツキは舌鼓を打つ。


「おいしい」

「そうですね。新鮮でおいしいです」

「さすが漁港がある場所のお店は違うわね」


 クコとルカも箸が進む。

 ふふ、とナズナは丼を見て微笑む。


「どうしたの?」


 チナミに聞かれ、ナズナははにかむ。


「なんだか、きらきらした、宝石箱みたい」

「そうだね」

「うん。いただきます」


 盛り付けも楽しんでからナズナもいただく。

 玄内はそんな二人の会話を聞いて、改めて自分の海鮮丼と向き合う。


 ――そうだ。こいつは宝石箱だ。イクラは小粒のルビー、力強いマグロはガーネットだな。そして、どんと存在感を示すウニは、琥珀といったところか。温和そうに見えてガツンとおれの舌を揺さぶる底力に拍手。ワサビという名のヒスイをなじませ、また光沢を変えてみる。うまい。さて。そろそろ海からすくいあげられた原石たちを、また海に還してやるか。


 海鮮丼の味を噛みしめ、玄内はビールジョッキを手に取った。


 ――この荒波に抗うように、まだうまい。うまさが残ってる。次を食えとせかされるようだ。


 無言で食べて飲む玄内の横で、バンジョーはいろいろと食べていた。


「うめえ。うめえ。なんでこんなにうまいんだい?」


 店員に尋ねるが、まだ二十歳くらいのお姉さんにはわからないらしい。


「すみません、わたしにはちょっと……」

「それはおいしい水を使ってるからさ!」

「おいしくてほっぺが落ちちゃうよ!」


 聞き覚えのある声に、サツキはそちらに顔を向ける。

 知った顔がいた。

 だが、先に声を上げたのはクコだった。


「アキさん! エミさん!」


 名前を呼ばれた二人は再会を喜んだ。


「クコちゃん? あ、サツキくんとルカちゃんもいるんだね。バンジョーくんもモリモリ食べてるや」

「玄内さんだ。チナミちゃんとナズナちゃんもおそろいだね」


 めいぜんあきふく寿じゅえみ

 世界樹に近い星降ほしふりむら出身。まだ十代の半ばから後半くらいに見えるが、年は次の誕生日で二十一歳になる。

 共に身長は一六五センチで、頭にはサンバイザーがある。今の衣装はサツキが最初に出会ったときと同じ軽装だった。アキがパーカーとズボン、エミがパーカーとスカートである。


「よう。おまえらもいたのか」

「こんばんは」


 玄内とルカが挨拶し、チナミとナズナもぺこりと会釈する。最後にサツキが言った。


「こんばんは。こっちに来てたんですね」

「まあね。大仏様の写真を撮ったりしてたんだけど、こっちにも一度来ておこうと思ってさ」

「友だちのところに顔を出しておこうと思ってね」


 二人の回答を聞き、サツキは疑問符を浮かべる。


 ――大仏様って、クコに聞いたがこの世界でも鎌倉のあたりの……『ひがししょうはまというところにあるって話だったような。俺たちはまっすぐ向かっていたのに、寄り道してた二人に追いつかれてしまったのか。


「そうでしたか。ここまで来るには馬も結構走らせたりしてお疲れなんじゃないですか?」

「馬? なんのこと?」


 アキが不思議そうに首をひねる。なぜなら、ここまでこの速さで来られた秘密はエミの《うちづち》にあるのだが、サツキがそれを知るのはもうしばらく先のことになる。

 エミは楽しそうに言った。


「でもさ、みんなとはよく会うよね」

「ボクが思うに、縁があるんだよ、きっと」

「アタシたちは心の友だ!」


 会話のペースを合わせるのがクコで、「はい! うれしいことです!」とエミと手を取り合っていた。

 チナミがじぃっとエミの顔を見上げている。

 それに気づいて、エミが聞いた。


「どうしたの?」

「ぺんぎんぼうやのお面は?」

「ここだよ」


 今、エミは頭にぺんぎんぼうやのお面をはつけていない。エミはカメラのシャッターを押した。フラッシュも焚かれない。だが、目の前にぺんぎんぼうやのお面が現れる。


「てってれーん! 気に入ってずっとつけてたら、ぶつかって一回へこんじゃってね。普段はしまうことにしたの」

「つぶれたら直せばいいのに」


 アキはそう言うが、エミは眉尻を下げる。


「だってえ。ぺんぎんぼうやのお顔がつぶれるところ見たくないんだもん」

「なるほど。エミらしいや」


 簡単に納得するアキである。

 サツキはふと思い出す。


 ――そういえば、王都でオーラフ騎士団長と戦ったとき、アキさんは時間を戻したよな。あれでへこんだお面を直したのか……?


 だがそれでも、エミはお面がつぶれるところを何度も見たくないという話じゃなかろうか。

 そう思ったが、会話は進む。

 チナミは述懐する。


「私もお面が壊れたことはありました。この子は三つ目です」

「でも、この子は、長いよね……」


 ナズナがチナミのぺんぎんぼうやのお面をなでて、エミもマネしてチナミのお面をなでる。


「偉いね。チナミちゃんもこの子も。物を大切に使うのはいいことだよね」


 ここで、バンジョーが口を開いた。


「なあ、料理のことも気になったんだけどよ。なんでカメラからお面が出たんだ?」


 玄内が答える。


「魔法だ。こいつらのカメラは特別でな、写真も物もなんでもしまえる。出すのもシャッターを押せばいい」

「そうだよ。玄内さんの魔法さ」


 胸を張るアキに玄内が言う。


「魔法道具ってやつだ。まあ、おれが二人に渡したのはその効果だけだがな」

「すごいでしょ」


 エミもうれしそうに胸をそらす。

 サツキが聞いた。


「お二人はこのあとどうされるんですか?」

「田留木城下町にはさっき着いたところだから、友だちのおうちには明日お邪魔するよ」


 アキが答え、エミが問い返す。


「サツキくんたちは?」

「俺たちも明日、向かうところがあります」

「そっか。じゃあ気をつけてね」

「アタシたちは食事も終わったしこれで」

「また会えるといいね!」

「ごきげんよーう!」


 軽やかにアキとエミは席を立って去って行く。会計を済ませて外に出ると、窓の向こうから手を振ってくれた。最後に、アキとエミは勝利祈願の《ブイサイン》と安全祈願の《ピースサイン》をしてくれた。

 二人はすぐに城下町に消えてゆく。


「お二人は忙しそうですね」

「おれらもヒマじゃあねえ。このあと修業だぜ」


 玄内に言われて、一同は「はい」と返事をした。

 宿を取ったあと、修業の時間が始まる。

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