5 『あれが、玄内先生の元の姿なのか?』
サツキはいつもやっているように、正座から始まる空手の修業をした。基礎をやり、型をやる。
型が始まってすぐ、玄内はくわっと目を見開いた。
――なんて集中力だ。驚異的なほどだ。しかもあの汗の量。この型一つに、これまでの人生すべてを込めるような、そんな演武だ。何年も真面目にやってきたんだな。美しい型だぜ。こいつは、思った以上に鍛え甲斐がある。
すべて見終えた玄内は、腕組みしたまま言った。
「綺麗な型だ。基礎にさえ一つ一つ指の先まで神経が行き届いてる。サツキはこれまでも、ずっと真摯に打ち込んできたんだな」
「そのつもりでした」
「ああ。だが、それだけじゃあ足りない。この基礎は続けろ。ワンセットとして一日一回でいい。あとは、おれとの組み手の時間を増やすぞ」
「お願いします」
そう答えつつも、サツキは内心で疑問に思う。
――身長一メートルもない玄内先生と組み手をするのか。どんな感じになるのだろう。
玄内はサツキの疑問をよそに話を進める。
「あと、クコとは剣術修業するそうだな。見せてみろ」
「はい」
「よろしくお願いします! わたし、頑張らせていただきます!」
クコもサツキに続けて返事をして、サツキは靴を履き、床板から白い地面に移動する。
二人はいつものように素振りして、そのあと向かい合って一つ一つ打ち合った。剣術は独自のやり方で、サツキが剣の動きを確かめるような組み打ちである。
玄内はニヤリと笑った。
「確かにな。クコは随分といい先生に教わったみたいで、筋もいい。だが、サツキは自分で流派を作る勢いだぜ」
「俺は、剣術もわかりません。どうすればいいですか」
「まあ、これは続けていい。刀と剣は戦い方が異なる。最後はアルブレア王国騎士との戦いだ。それを見越し、刀を相手にする以上に剣を相手にする修業をする。パワーをスピードで制する戦い方を身につける」
「なるほど」
熱心なクコはうなずくが、具体的になにをすべきかサツキは知りたかった。
「スピードを鍛えるんですか?」
「ああ。二人共、竹刀を使え。竹刀なら倉庫にあるしな。真剣ではゆっくり、竹刀では速く打ち合う。これも最初のうちはおれが相手をしてやる。だが、竹刀のほうも徐々におまえたちだけでやっていくようにする。力が伝わらない振り方をしたら、くせになる前に教えてやるし、動き方や判断、その他よかった点と悪かった点を教える」
「わかりました!」
「はい」
クコとサツキが返事をしたあと、玄内はぽつりとつぶやく。
「かなりの使い手がひとりいれば、サツキの刀の速さと、そして目の魔法を鍛えるのにうってつけなんだが。まあ、きのうの騎士団長や人斬りを速さで制して相手にできるような使い手なんざ、そうそういるわけねえか。高望みが過ぎるかもな」
このあと、サツキとクコが剣術修業をする間、チナミは動きや魔法を披露し、ナズナとルカも魔法だけやってみせた。
「チナミはもっと動けるはずだ。それも、そうだな……ちょうど、これから忍びの里に行く。忍者みたいな動きを身につけられるといい。素養が高い」
「はい」
「魔法に関しては、扇子で物質や風を操るものみたいだが、種類を増やすかパワーを高めるか。ついでに、眠らせる効果の砂を発明したのがあるから、そいつも使え。あとは体術。柔軟性とバネを伸ばすメニューを考えてやる」
「はい」
「それから、ナズナは今のまま、なるべく離れない近い位置から歌ってサポートできるよう、飛行能力は高めたい。まずはそれだけだ」
「は、はい」
「ルカ。おまえは随分と強くなったもんだ。それだけでもかなりのもんになるが、今のままだと雑魚を一掃する役目だけで旅が終わっちまう可能性すらある。いいか? 細かい処理が苦手なのがおまえの欠点でもある。槍一本だけで微細な《
「わかりました」
「で、バンジョー。おまえは戦闘経験もないしやるつもりもないかもしれねえが……」
「オレ、やりますよ! みんなの力になりたいんす!」
力強く拳を握るバンジョーを見て、玄内はニヤリとする。
「それでこそ仲間だよな。よし、おまえには柔術を教えてやる。ボクシングみたいな身のこなしよりもいいだろう」
「そうなんすか」
「ああ。おまえは一方的にやられそうだからな。受け身を鍛える。で、投げる。あるいは殴る。それだけだ。相手の攻撃はなるべく払うように避けるのがコツだ」
「なんかわかんねえけど、やってやるぜ! お願いします!」
「おう。だが、そんな格好で修業する気じゃねえだろうな?」
「お?」
パチンと玄内の指が鳴り、バンジョーの衣装がスーツから道着に替わった。カラーはスーツと同じオレンジである。
服に目を落とし、バンジョーはその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「うおお。スゲー」
「今後、修業のときはこの道着だ」
「はい!」
「この《
「押忍!」
オレンジ色の派手な道着に身を包み、バンジョーも準備万端である。
これより、玄内の稽古が始まった。
「さて。元の姿に戻るか」
そうつぶやくと、玄内は指をパチンと鳴らす。
すると、玄内の姿が変わった。
「おいおいおい! マジかよ!」
バンジョーが大きなリアクションをし、クコも「まあ!」と驚いている。
「渋い」
「ダンディー、だね」
チナミとナズナもびっくりした顔であった。
サツキはルカにささやく。
「あれが、玄内先生の元の姿なのか?」
「そうよ。私の知ってる先生は、ああだった」
ここにいるルカ以外の面々が初めて見る玄内の姿は、渋いおじ様だった。
筋骨は隆々とし、顔にはカメのときと同じ傷跡が走っている。ひげを生やした逞しい顔は、百戦錬磨の勇壮さである。
袴姿なのはカメのときと服装が異なるが、この玄内の作り出した空間内では自由に変えられるのだろう。
「強そうだぞ、サツキぃ」
「うむ」
少しばかりバンジョーがおじけづくが、この人に鍛えてもらえるのはそれだけ心強いことでもある。
「サツキ。まずはおまえからだ。組み手をやるぞ」
「はい。お願いします」
一礼するサツキに、玄内は言う。
「あのカメの姿のままだと、組み手をするにも小さいからな。アルブレア王国騎士は、サツキよりデカいのが多い。この姿のほうが都合がいいんだ」
「この空間でだけ、姿を戻せるんですか?」
「ああ。服装もその都度変えられる。まずは道着にするか」
またパチンと指を鳴らし、玄内は道着姿になる。
「よし。やるぞ」
「はい」
サツキは元の姿の玄内と組み手の修業をする。
このあと、バンジョーだけまた馬車の手綱を引きに行ったのだが、すぐにドタドタ戻ってきた。
なにやら大声で言い立てる。
「みんな、すげーぞ! 馬車がすげーきれいになったんだ! 見てくれ!」
一同が馬車の中に戻ると、なんだかとてもすっきりとしている。きれいになってはいるが、サツキにはその変化がわかりにくい。
「ほら、埃がねえんだ」
「本当です! きれいになってます!」
興奮するバンジョーとクコに、玄内が言った。
「《
床に置かれていた紙製の容器を手に取り、容器ごとゴミ箱に捨てる。
「それって、どのような魔法なのでしょう?」
クコが質問すると、玄内は説明した。
「あの容器のボタンを押すと、塵、埃、髪の毛、糸くずなどの小さなゴミを集めるガスが噴き出す。ガスの細かな粒子はゴミを吸着して、また容器に戻ってくる。容器は紙製だからそのまま捨てられるってわけだ」
「使用中の一時間は空間を密閉しておく必要がありますが、本当に綺麗になるので、王都では人気の商品です」
と、チナミも補足した。
「すごい。便利だな」
サツキは感心する。
――パソコンやキーボード、エアコンの塵や埃まで集められるってことか。配線とか掃除しづらい場所や、手の届きにくい棚の上や後ろにも使える。時代が進むほど欲しい人が増える魔法だな。
ひとり納得するサツキを、チナミは無言で見上げている。それに気づき、サツキはチナミに言った。
「俺の世界の人ほど欲しがる魔法道具だぞ」
「なるほど」
バンジョーは威勢よく言った。
「おっし! じゃあオレは運転席に行くぜ。みんな修業頑張れよ!」
ビッと親指を立て、バンジョーは馬車を飛び出した。そこで、玄内が後ろから呼び止める。
「待て、バンジョー」
「うおっとっとっと」
どーん、とバンジョーはうまく振り向けずに転んでしまう。すぐに立ち上がって振り返った。
「なんすか?」
「おまえの修業を見て、改めて気づいた。おまえは身体が歪んでる。足場の悪い道も馬車で走ることがままあったせいだろう。クコとサツキもやや歪みがある」
「へえ。そうなんすね」
「だから、あとでこれを使っておけ」
玄内がひょいとバンジョーになにかを投げた。バンジョーはそれをキャッチして聞いた。
「湿布か! 押忍!」
「ただの湿布じゃねえ。魔法道具、《
「押忍!」
「クコとサツキもな」
「はい」
とクコとサツキは声をそろえて返事をして、「ありがとうございます」とお礼も声がそろった。
玄内はルカとナズナとチナミには、
「おまえらは普段が着物なんかで和装だから、歪みが出にくいんだろう。だが、修業がきつくなると変な姿勢で休もうとすることもある。そのとき教えてやる」
と声をかけていた。
バンジョーが運転席につき、サツキたちは別荘の《無限空間》に戻る。
馬車を走らせている間に、夜になって、バンジョーが食事を作る間もみんなは修業し、バンジョーは食後だけ修業した。
翌朝も早くに起き、修業をして、馬車での移動中は休憩と勉強に勤しむ。サツキは例によって本を読みながらノートにページ数と内容を書き込み、必要に応じて自分の考えを加えたメモを取る。この時間は玄内も自分の研究をしているので、馬車が停まる少し前にサツキたちは《無限空間》へと移動して基礎を行い、馬を休ませる間に、玄内が稽古をつける形で修業をした。
そうして四月十日、馬車はとある城下町に到着した。
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