4 『みんないなくなっちまった!』
「《
サツキがつぶやくと、玄内は説明した。
「《
「でも、散らかってる」
チナミは地面に転がっているガラクタを見てつぶやく。
「あれは発明品の失敗作とか実験の跡よ」
と、この空間を知っているルカが言った。
なるほど、とチナミがうなずく。
「あと、あそこに……カメさんがいるね」
「うん」
ナズナが発見した亀の石像を見て、チナミはうなずく。台座つきの石像で、町中にあれば待ち合わせ場所の目印としても使えそうなくらいの大きさだった。
しかしそれ以外にはまったくなにもない世界である。
「スゲーぜ! うおおおおおおお!」
話を聞くやバンジョーが走り出す。
どこまで行けるか試すつもりなのだろう。
あっという間にガラクタのあるエリアを通り抜ける。
だが、バンジョーの視界には真っ白な空間ばかりが続き、遠くを見てもなにも見つからない。
「なんもねええええええー!」
バンジョーは立ち止まり、楽しそうに口に手を添えて大声で叫ぶ。山で叫びやまびこを待つように直立し、反響がないとわかりびっくりする。
「おおお! なんも聞こえねえぜ」
振り返って、バンジョーは二、三歩と後ずさる。
「や、やべえ! みんないなくなっちまった! オレ、どこまで来たんだ。ここはどこだ? ていうか、オレはどっちから来たんだっけ?」
不安になったバンジョーが声を張り上げて泣き叫ぶ。
「だれかあああ! 助けてくれええ! 助けてくれよおおおお!」
その頃、城門前にいた面々は、玄内の説明を聞いていた。
「あいつはどっか走って行っちまったが、ああやって考えなしに走り回ると、なんの目印もないから迷子になる。なんせ四方が真っ白、自分がどこから来たのかもわからなくなる。基本的に、この城が見える範囲内で修業するからそのつもりでな。おれがいないときには遠くに行かないように。くれぐれも気をつけろ。こいつみたいになりたくなかったらな」
パチン、と玄内が指を鳴らす。
次の瞬間――
ポンっと、バンジョーが玄内たちの前に出現した。みんなには背中を向けた形である。
バンジョーは泣きながら喚いている。
「だれかあああ! 助けてくれええ! 助けてくれよおおおお!」
「うるせえぞ」
玄内の声にバンジョーが驚愕して振り返る。
「いつの間に!」
「たった今だ」
みんなの顔を見て安心したのか、もうケロッとした顔で、
「やったぜ! オレは助かったんだ! お? 城になにか書いてあるぞ。『
「おれはこの城の天守閣からおまえらを見ることもある。だが、基本的にこの城は倉庫や休憩以外に用途は考えてない」
この『風雲玄内城』は、三階建ての小規模なお城だった。サツキが城内を通り抜ける際、上への階段もなかったことから、天守閣へは玄内だけが行けるのだろう。確かに、天守閣から玄内がみんなの修業風景を見守るにはいいかもしれない。屋根に金のシャチホコがある城も多いが、ここはそれが金のカメである。
「さて。さっそくガラクタの片づけと修業用の空間作りだ」
「お片づけはいいとして、修業用の空間とは、いったいどんな空間なんですか?」
クコからの質問に、玄内はさらりと答える。
「バンジョーには柔術を少し教えるつもりだからな。畳を敷く。サツキは空手だから、板を敷く。左右をそうして、真ん中の空間はこの地面のままでいいだろう」
「わかりました」
「はい」
クコとサツキが返事をして、バンジョーも「押忍!」と拳を握る。
「みんな修業用の服に着替えたら、バンジョーはナズナとチナミといっしょに畳を並べていけ。サツキはクコとルカといっしょに板を並べろ。城内の倉庫にある。それぞれ二〇メートル四方くらいにするか」
畳のほうはそれほどいらないが、広いに超したことはない。
一同が「はい」と返事をして馬車に戻って、自室で着替えてくる。
サツキは空手の道着、クコは白いTシャツに黒いスパッツにポニーテール、ルカはTシャツとショートパンツ、ナズナとチナミは体操服で、ナズナはサイドテールに髪をまとめチナミは帽子をかぶっている。バンジョーは着替えなどないからそのままだった。
さっそく作業に取りかかる。
まずはガラクタの片づけだが、
「ガラクタは城の裏手に回しておけ。今後、実験はそっち側でやる」
とのことで、ただ裏側に移動させればよかった。
そのあと、城内の倉庫から畳や板を持ち運び、並べてゆく。
途中、玄内がバンジョーたちに言った。
「バンジョーは一度、外へ戻って馬車を出せ。残りはこっちでやっておく」
「へい、わかりました!」
「へいなんて返事があるか」
「押忍!」
バンジョーが馬車を出しに行くと、サツキとクコとルカが先に板を並べ終え、ナズナとチナミの手伝いに回る。
全部終えると、玄内がパチンと指を鳴らす。魔法を使ったらしかった。
「固定する魔法をかけた。これでズレたりしねえ」
かくして、《
真ん中は手を加えていない地面、左右に四百平方メートルほどの畳と板の床ができた。二〇メートル四方というと、四百平方メートル。バスケットボールのコートが四二〇平方メートルだから、それよりわずかに小さいくらい。真ん中のなにもない空間も左右と同じくらいの広さになる。もっとも、それは幅の話で、奥へ行けばどこまでも広い。
完成したところへ、玄内がバンジョーを呼びに行く。
「なんか馬車の中に置いてましたけど、あれなんだったんすか?」
「あとで教えてやる」
しゃべりながら二人が戻ってくる。
バンジョーがやってくると、
「ほえー!」
と感心していた。
「さて。ここは他にも、《
ただし玄内のみは魔法が使える。そもそもここが玄内の作り出した空間だから当然だが。
「空間内にいる人間を好きな場所に呼び出すことも可能だ」
「さっきのオレみたいにっすか」
「そうだ。呼び出しや《
パチン、とバンジョーがうれしそうに指を鳴らしてみるが、
「あれ? なんも変わらねえ」
「おれしかできねえに決まってんだろ」
玄内に突っ込まれる。
「そういうわけで、おれがいろいろとこれらを駆使して鍛えてやるから覚悟しておけ」
サツキは思う。
――これはルカに気前よく《
発明品の実験用にこんな空間まで持っているくらいなのだ、他にも類似の魔法を持っていておかしくない。
「それから、好きなときに好きなだけ、ここで修業して構わない。おれがいないときはただのだだっ広い空間でしかないが」
「ありがとうございます」
ぜひ使わせてもらおうとサツキは思った。
「よし。まずは、サツキから見てやるか」
「お願いします」
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