3 『さて。修業するか』

「どんな魔法ですか?」


 サツキが聞くと、玄内はそれには答えず、


「《魔法管理者マジックキーパー》」


 唱えて、手の中に鍵を出現させた。


「使い方はあとで自分たちで考えろ。おまえらにそれぞれ相性のいい魔法だろうぜ。《かんしゃけんげん》」


 まず、チナミの首の後ろに鍵を差し込みひねった。


「これは……」


 パチリと目を見開いたチナミに、玄内は鷹揚にうなずいてみせる。


「ああ。セルニオとかって騎士の《潜伏沈下ハイドアンドシンク》だ。動けるおまえがその魔法を持てば、さらに動きに幅が出せる。サツキやヒロキの情報から察するに、おまえはちっこいくせして、身軽なのをいいことに空中にばかり頼るみたいだからな」


潜伏沈下ハイドアンドシンク》は、地面や水中に溶け込み、移動もできる魔法である。身体の半身だけ沈めるなど融通も利く。頭を地中や水中に沈めると呼吸はできなくなる。言い換えれば、頭だけ出しておけば呼吸に困らない。


「元のままだと自分だけしか潜れなかったから、他者を引きずり込むこともできるようにしておいた。うまく使え」

「ありがとうございます」

「おう。次はサツキだ。《とうフィルター》。フンベルトとかってやつの魔法だな」


 物体や人を透過して見ることができる。枚数を声に出して透過する枚数を変える。透過したものはガラスのように輪郭がわかるように見えるそうだが、半透明に近いのかもしれないし、使用したことのないサツキにはどのような感覚か不明である。


「おまえの目の魔法とは相性がいい。時間もあのままだと十秒しかない微妙さだったから、改良して制限は取っ払っておいた」

「でも、もらっていいんでしょうか」


 かなり使える魔法だと思う。

 敵の位置を探知できるし、不意打ちを回避できる可能性がぐっと高まる。

 ばかりか、あの『リンクス』フンベルトがやっていたように、敵が鎧や衣服の下に武器を隠しているかを判別できる。


「当然だ。似たようなのはおれも持ってる。改良を加えたい点だが、いちいち声に出しても都合が悪い。相手にこの魔法の存在を報せることになる。内密に武器の所持などの確認をしたいから、別の動作にしたい。なにかあるか? 渡すのはその改良が済んでからだ」

「ええと」


 と、サツキは考える。


「こめかみを、指で叩くのはどうでしょう」

「いいな。それならフィルターの枚数に応じて叩く回数を増やせばいい」

「人差し指で透過枚数を増やし、中指で透過枚数を減らすようにする。枚数のリセットはどちらかの指を二秒以上の長押し。それで可能ですか?」

「ああ。透過できるのは壁なども含めた物質。単位としては一つの物質になっているかどうかだが、そこは使いやすいようにおれが調整はしておいた。コツさえつかめば、一体になっている物質でも、状況に応じて透過したい物だけ透過することだってできる。あとはおまえ自身で調整してみろ。できなかったら相談しろ」

「わかりました」

「ま、心配しなくとも、熟練度を上げりゃあ、細かい動作なしに自由に枚数を調整できるようになるさ。だが、その辺の発動動作の変更は組み換えにやや時間がかかる。渡せるのは忍びの里に着いて以降になる」

「はい」


 サツキの返事を聞き、玄内はクコとナズナとバンジョーを流し見た。


 ――ナズナは歌と飛行がある。だが、クコは戦闘に関しちゃあ小回りが利かねえ。バンジョーもせっかくの魔力内包量がもったいねえ。クコもかなり容量が大きいが、バンジョーはそれ以上。こいつを利用しない手はないぜ。


 玄内は空をにらむ。


 ――ただ、まずは戦闘の基本を叩き込む必要もある。もうしばらくあいつらの様子を見てから判断だな。


 まだ出会って一日の二人は、戦闘の様子も見たことがない。いくら『万能の天才』でも、知らない相手のことはどうもしてやれない。

 クコは笑顔でサツキに言う。


「よかったですね。新しい魔法があれば、サツキ様の予測能力がぐっと増してさらに強くなれますよ」

「うむ。もらうことばかりを期待してはいけないが」

「なあに。まずは使いこなすほうを考えろ」


 ニヒルな笑みを浮かべる玄内に、チナミが質問する。


「ところで、玄内さんがいなくなった王都では、凶悪犯罪者の魔法を没収する人がいなくなってしまいます。大丈夫でしょうか」

「それなら手を打っておいた。問題ねえ。あの『おうばんにん』ヒロキがいれば、おまえの家族の暮らす王都は今日も安全だ」

「?」


 チナミは玄内がなにをしたのか気になった。




 王都では現在、おうまわりぐみという治安維持組織の組長・おおうつひろが王都見廻組の詰め所にいた。

『王都の番人』ヒロキは、部下の少年が連れて来た牢人に向かい合った。


「彼が暴れていた牢人か」

「はい」

「ご苦労、コウタくん」

「当然のことです」


がくせんかくひらこうはきびきび答えた。


「さて。まずは眠ってもらおうかな」

「なんだと!?」


 声を張り上げる牢人の目に、ヒロキはすっと手を当てて滑らせる。


「《こんすいブラインド》」


 つぶやくと、牢人は眠ってしまった。


「あとは《ほうがた》を押してもらえばいいわけだ」

「玄内さんにもらった魔法なんですよね?」

「そうだぞ。玄内さんには感謝しないといけない」

「同感です。でも、どんな魔法なんですか?」


 筆で墨汁を牢人の手のひらに塗り、ヒロキの持つ帳面に牢人の手のひらをぐっと押した。帳面の一ページに、手形がついた。

「《魔法手形》はな、手形を押すとその人間から魔法を没収できるというものなんだ」

「すごい! 玄内さんみたいじゃないですか」

「ただし、没収した魔法を他者が使用することはできない。玄内さんだけがこの帳面に封じられた魔法を取り出して使うことができる。これは玄内さんの《魔法管理者マジックキーパー》で管理されてるからな」

「では、玄内さんは、今度王都に戻ってこられたときにこの帳面に封じられた魔法を回収するんですね」

「そうなる」


 王都の治安維持活動に一役買っていた玄内がいなくなって、王都がどうなるのか心配だったコウタだが、これでホッとする。


「よかった。『おうしゅしん』玄内さんがいなくなって、『おうてんのう』の一角が欠けても、それなら安心ですね。引き続き、人格更生は『おううらばんにん』トウリさんが、問題行動の規制は『おうかんしゃ』リョウメイさんがしてくださいますしね」

「わしは人に頼るのも悪いことじゃないと考える人間だが、そこには自己の成長に通じる努力も伴うのが理想だと常々思ってる」

「ぼくもそう思います」

「頼もしいなァ、コウタくんは」

「まだまだです」


 うんとヒロキはうなずく。


「だから我々も頑張ろうじゃないか」

「はい! 頑張ります!」


 うんと再度うなずき、ヒロキは帳面をパタンと閉じた。




 玄内から《魔法手形》について聞いたチナミは安心した。


「ありがとうございます」

「おまえだけのためじゃねえさ。元々おれはあんまり表に出ねえから都市伝説みたいなもんだったし、ヒロキに《魔法手形》を渡せば問題ないだろう。それくらいしねえとあいつらに顔向けできねえしな。おれの勝手で王都を出たわけだしよ」


 くるっと身体を向き直し、玄内はサツキに言った。


「さて。修業するか」

「はい!」


 それから玄内は他の面々にも目線をよこした。


「おまえら全員鍛えてやる」




 さっそく、馬車に取りつけた《拡張扉サイドルーム》の《黒色ノ部屋ブラックルーム》によって、玄内の別荘に移動した。

 ナズナがぽつりと、


「どこで、修業やるんだろう……」

「さあ……」


 チナミもとんと検討がつかない。

 クコが尋ねる。


「中庭でやるんですか?」

「あの狭い中庭でどうやって修業すんだ」


 玄内が言うほどには狭くないが、せいぜいが大量の洗濯物を干せるくらいといったところである。

 ルカがひらめく。


「もしかして、発明品の実験をされていた……」

「正解。おまえの魔法の修業も、そこでつけたことがあったな」

「はい」


 他の五人はピンとこない。

 玄内につれて来られたのは、隠し階段からの地下だった。

 扉がある。《拡張扉サイドルーム》と同じデザインの白いドアノブがついていた。サツキはここも別の空間へ繋がっているのではないかと直感する。

 玄内が先に中へ入り、サツキもそれに続いた。


 ――天井が……高い。


 中は和風のお城のように天井が高くなっていた。それも、地下から一階へ下った距離よりずっと長く、天井の高さは十メートル以上ありそうだった。壁の材質も変わっている。


「お城、ですか?」


 サツキが玄内の背中に問うた。


「造りはな。白いドアノブは《白色ノ部屋ホワイトルーム》。地球上には存在しない、おれが創った世界と繋がる」


 廊下を進み、外へ出るものとおぼしき扉を開けた。

 すると、そこには――


「真っ白です」


 クコが感嘆の声を漏らした。

 上も下も遠くまで、どこまでも真っ白な空間だった。

 玄内が言った。


「ここは、《げんくうかん》だ」

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