2 『おれの別荘だ』

 ドアの先にあったのは、どこかの家の中だった。


「ここは……」


 クコがつぶやくと、玄内が言った。


「おれの別荘だ。家の中は風呂場だろうが書庫だろうが自由に行き来できるが、外には出られねえ」


 バンジョーが窓を開けて顔を出そうとするが、見えない壁に隔てられ、ガラスに顔を押しつけるように「うおー!」とうなっている。


「窓からも外には出られないようになってる」

「やっぱり」


とバンジョーが腰を下ろした。


「ただ、中庭は家の中と同じ扱いで自由に使える。洗濯物もそこで干していい。好きに使っていいが、家の外には出られない。そこだけ気をつけておけ」

「はい」


 真っ先にクコが返事をして、みんなも情報量に圧倒されながらも返事をする。

 チナミは窓の外を見る。


 ――晴和王国っぽい。でも、どこだろう。


 窓の外に見える景色は、どこかの山の中のようでもあった。小鳥の鳴き声がかすかに聞こえるのみの静かな場所である。

 サツキは質問を繰り出す。


「建物の外には出られないのが条件とすると……玄内先生の別荘を訪れた人も、この馬車までは来られるんですか?」

「ああ。この馬車までだ。この馬車の外には出られねえ。要するに、移動手段には使えねえってこった」

「なるほど。そういうことですか」


 クコが情報をまとめるように、


「では、お風呂やお手洗いをそちらで使わせていただければよいということですね。助かります」

「あの、書庫も見ていいんですか」


 サツキが尋ねると、玄内はあごを右に向ける。


「書庫は向こうにある。好きに使え」

「ありがとうございます」


 一同はドアを通り抜けて馬車に戻り、外に出る。

 チナミが思いついたように質問した。


「もしかしたら、王都のナズナの家にも黒ノブのドアを取り付けることはできるんでしょうか?」


 そうすれば、寂しがり屋なナズナも安心して旅をできる、とチナミは考えたのである。

 しかし玄内はニヤリと笑って、


「甘ったれんな」


 と愉快そうに言った。


「黒いドアノブだけは、つなげる空間の両方に取り付ける必要がある。今からでも王都に戻ることはできる……が、そんな決意で旅に出たわけじゃねえんだろ?」


 玄内に聞かれ、ナズナは力強くうなずいた。


「はい。わたしは、クコちゃんとリラちゃんのために、う……後ろは、振り返りません!」

「よし。よく言った」


 うなずき、玄内は甲羅から武器を取り出した。《甲羅格納庫シェルストレージ》の魔法で収納していた西洋剣であり、昨夜の戦いで早撃ちで倒してしまった騎士二人、セルニオとフンベルトの物である。


「悪くねえ剣だ」

「はい」


 クコがそれを見ながら返事をする。


「ついで、これとこれとこれも」


 と、玄内は刀剣を三つ取り出した。

 そして玄内は肩越しにルカを振り返った。


「ルカ。おまえの魔法、《おせ》と《ねんそう》だったな」

「はい。先生に教わった魔法です」


《お取り寄せ》は、異空間をつないで所有権を持つ物を取り寄せることができる魔法であり、また所有者の許可があれば他人の物も取り寄せることが可能。ただし、人の行き来は不可。

ねんそう》は、所有権を持つ物体を触れずに思念によって操作できるというものである。

 二つを組み合わせて、ルカは自宅の武器庫から武器を《お取り寄せ》して《ねんそう》によって操る戦闘スタイル。取り寄せた物を出現する場所も選べるため、得意技|刀《とうざんけんじゅ》は地面から無数の武器を飛び出させて攻撃する技として昇華されている。このとき、出現させるときの位置は、他の人や物体と同じ位置に混在できないので、直接相手の肉体に突き刺したり衣服に貫通させて固定したりすることはできない。


「武器は足りてるか?」

「一応、剣や槍を合わせて三十ほどは」

「じゃあこの武器ももらっておけ」

「でも、私の武器は自宅の裏にある武器庫に収納していて、もうスペースが……」

「これからは、《拡張扉サイドルーム》で作った部屋を武器庫にするといい。この魔法、おまえにやるからよ」


 そう言って、玄内は魔法の鍵を手の中に出現させる。


「《魔法管理者マジックキーパー》」

「大切な魔法なのでは……」


 ルカが戸惑い渋るが、玄内は表情ひとつ崩さず、


「この魔法の要領はわかってる。元々のままじゃかゆいところに手が届かなかったんでな。六畳間しかなかったのを《銅色ノ部屋ブロンズルーム》として色付けして、他に《銀色ノ部屋シルバールーム》と《金色ノ部屋ゴールドルーム》を作り大きさの種類も増やし、他の魔法の仕組みを使って《黒色ノ部屋ブラックルーム》も作ったもんだ」

「つまり、代用できる魔法も仕組みも、先生は持っているんですね」

「だから気にすることはねえ。すでに馬車に作った部屋もなくならねえし、おまえの武器は《金色ノ部屋ゴールドルーム》に入れて管理しておけ。おまえの部屋にでも《金色ノ部屋ゴールドルーム》を作っておけばいい。いちいち《お取り寄せ》しなくても、自分の目で確認できたほうが都合がいい。手入れもしやすい」

「わかりました。有難く、使わせていただきます」

「おう。《かんしゃけんげん》」


 と、玄内はルカの首の後ろに鍵を差し込み、ひねった。


「これで使えるようになった。こいつは戦闘用じゃねえから、こいつで強くなったとは思わないことだな。試しに、その馬車の壁面にでもやってみろ」

「はい」


 ルカは答え、実際に使ってみる。


「《拡張扉サイドルーム》」


 金色のドアノブを手に出現させ、馬車にドアを取り付けた。そこに、《お取り寄せ》で取り出した武器を《ねんそう》で移動させてゆく。


「ドアノブは取り外せば手のひらから自由に出し入れできる。普段は手のひらの中にしまっておいてもいい。それでも武器は自由に取り出せるしな」


 ルカは玄内に言われたようにドアノブを外す。ノブは手の中に溶けるように消えた。その際に特別な魔法の詠唱はいらないらしい。

 玄内はサツキとチナミを傲然と見て、こう言った。


「せっかくだ。おまえらにも魔法をやる。サツキ、チナミ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る