鳶隠ノ里編 田留木城下町ノ巻
1 『部屋でも作るか』
時は
目指すはアルブレア王国。
それまでは仲間を集めながらの旅になる。
現在地は、晴和王国。
『王都』
この国の首都でもあり国王が住む、世界最大の都市である。
仲間になった料理人バンジョーの馬車に乗っての移動であり、あっという間に王都を抜けた。
進路は西へ。
新たに、忍者を仲間にするためである。
「わたしたち『
クコはうれしそうに語る。
サツキもそれには期待してしまう。
「仲間になってくれたら心強いだろうな」
「なにより、諜報や密偵の仕事はその道の専門家に任せたほうがいい。必要な存在だ」
とは、カメの姿に着物をまとった『
ルカもそれに同意する。
「そうですね」
「うむ」
「サツキ。前にも言ったと思うけど、『士衛組』が組織として大きくなったら役割が必要だわ。アルブレア王国をブロッキニオ大臣の手から取り戻すには、情報収集は必須、ぜひ仲間にしたいわね」
「そういえば、もう士衛組も七人か。『士衛組』と名前も決めたし、もう少し仲間も増やしたい。そろそろ役割も決めないとな」
サツキは馬車の中を見回す。
クコとルカ、玄内、それにクコのいとこナズナと、ナズナの幼馴染みチナミがいる。また、馬の手綱を握るバンジョーが、壁を隔てた運転席にいた。
ナズナがクコに聞いた。
「わたしも……なにか、したほうが……いいかな?」
クコのほうがナズナより二つ年上ということもあって、ナズナはクコを姉のように慕っている。同い年のリラもナズナにはちょっぴりお姉さんに映ることもある。誕生日がほんの少しリラのほうが早いだけなのだが。
「どうでしょうか。サツキ様」
「うむ。俺も構想を考えているが、忍びの里に到着するまでにはまとまると思う」
「わかりました」
「クコとルカ、玄内先生にはもちろんそれまでにも相談するが、ナズナは安心してくれていいぞ。難しいことを頼むわけじゃない」
「は、はい」
ややナズナの表情がやわらぐ。
「ナズナには、チナミと組んで動いてもらうことになると思う」
「?」
無言でサツキの顔を見上げるチナミに、サツキは言った。
「指揮系統を作り、さらに小班を作るような構成にできたらと思ってるんだ」
「なるほど」
チナミが理解したところで、玄内はぐるっと馬車の中を見る。
「しかし、狭いとは言わねえが、広くしたいもんだな」
「この馬車を、ですか?」
意図がわからずクコが疑問を呈する。
「ああ。王都を出て一時間。そろそろ、馬を小休止させて馬車を整理する。埃っぽいし、アキとエミにもらったあれを使うとするか」
「あれ?」とナズナが小首をかしげる。
「では、バンジョーさんに伝えますね」
運転席に座るバンジョーの後頭部に、小窓がある。肩から頭上までの大きさで、普段は閉じられている。クコはそこをノックした。
バンジョーが気づいて振り返ると、クコは小窓を開けた。
「すみません、バンジョーさん。都合の良いところで馬車を一度停めていただけないでしょうか。玄内先生が馬車を整理するそうです」
「おう! じゃああそこにするか。ちょうどスペースがある」
道の先には、小脇に野原がある。そこなら道の邪魔にもならない。
玄内はつぶやく。
「そして」
サツキを見て、
「終わったら修業するぞ、サツキ」
「はい!」
しかと返事をして、サツキは早くも修業を見てくれるという玄内を仰いだ。
馬車を停めたバンジョーが降りてきて、サツキたちも外に出る。
玄内は馬車の外観を眺めつつ腕を組んで少し考えると、軽く言った。
「部屋でも作るか」
その言葉に一同はぽかんとした。
馬車の中は、前輪側と後輪側にそれぞれシートがあるだけで、床にバンジョーの料理道具や荷物が転がっている。
それをどうしようというのか。クコはピンとこない。
「というと、どういうことでしょう?」
「うへ? なに言ってんすか! 仕切りなんて作っても狭いだけだと思うぜ?」
バンジョーも疑問を重ねる。
「そうじゃねえ。サツキは人数を今より増やすつもりだと言っていた。あれだと人数がこれより増えたら狭いだろうが」
「オレ、料理バカだからなに言ってるかわからねえっす」
「まあ、百聞は一見にしかずだ。見てろ」
みんなが見守る中、玄内は馬車の中に入って行き、みんなも玄内に続いて馬車に入ったところで、魔法を唱える。
「《
玄内の手の中にドアノブが現れる。レバー式で、色は銀色。至ってシンプルな普通のドアノブである。
それを、あたかもドアを押して部屋へと入るように壁にドアノブをくっつけて、そのまま壁ごと押した。
「《
壁がドア状に切り抜かれたように、一瞬にしてドアが作られていた。中は空っぽだが、確かに十二畳ほどの空間がある。
「ほえぇぇえ!」
「すごいです!」
「……」
「び、びっくり……」
バンジョーが尻もちついて大げさに驚き、クコはらんらんと目を輝かせ、チナミはまじまじと見つめ、ナズナは胸の前で手を組んで声を漏らした。
「こんな魔法もあったなんて、さすが先生だわ」
「うむ。便利だ」
と、ルカもサツキも目を瞠った。
すると、バンジョーが勢いよく立ち上がって、馬車の外へ出た。
ドタドタと馬車の周りで足音がしたかと思うと、ひょこっと馬車の入口に顔を出す。
「どうなってんだ。馬車の外には部屋がくっついてなかったぜ」
玄内は当然のように答えた。
「魔法で作った特別な空間だ。これならスペースを取らねえってわけさ」
サツキはふと、
――もし元の世界で使えるなら、俺の部屋に隠し部屋を作って、壁一面に本棚を並べて書架みたいにしたいな……。なんというか、秘密基地っぽいぞ……。
と妄想してしまったほどである。
「この十二畳の空間は、各部屋に入るための玄関みたいなもんだと考えてくれ。壁に部屋をいくつか作ってく。全員、十二畳でいいな?」
返事を聞くまでもなく、全員は「はい」とうなずき、玄内はドアを作っていった。この中に計十個の部屋を設けた。
「好きな部屋を選べ。バンジョー、おまえはまた別に作ってやる」
そう言って、玄内はバンジョーが普段運転席として座っている背もたれの横にも部屋を作ってやり、これは金色のドアノブにした。
「《
「もちろんっす! ありがとうございまーす!」
バンジョーが敬礼する。
「今回はサービスですべての部屋にベッド、クローゼット、机と椅子をつけておいた。窓がないのが欠点だが、照明はあるから大丈夫だろう」
「ありがとうございます。こんな素敵なお部屋をいただけるなんて、感激です」
クコも丁寧にお辞儀して、他のみんなもお礼を述べた。
運転席の後ろに部屋があるバンジョーは《
「あの。この部屋はなんですか?」
サツキが聞くと、バンジョーが笑って、
「おまえらの部屋だろ?」
「いや。ドアノブの色を見てくれ」
クコがかがんで顔を近づけ、
「黒です」
「だな! 黒いぜ! さびたのか?」
とバンジョーが首をひねる。
計十個の部屋のうち、一部屋だけドアノブの色が黒いのである。
「馬鹿野郎。黒は特別だ。《
「別空間ですか」
「ああ。来い」
玄内は、がちゃっとドアを開けた。
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