幕間旧記 『同-道-動 ~ Fellow Pupil ~』
晴和王国、
この『王都』の外れに、小さな道場があった。
『
剣術の他、勉学もする。道場というばかりでなく、江戸時代の寺子屋にも似ている。現代の学校のような感じの場所だった。
そこで学ぶ人間も、道場の大きさに合わせたように多くない。
全部で二十人ほどしかいない。
たった二十人ほどでも、生徒たちの中には塾頭と呼ばれる生徒がいる。
塾の先生あるいは塾の古参者を指す言葉だが、この世界この時代はだいたいそうであったように、この道場にも塾頭が置かれていた。ここの塾頭は生徒たちのまとめ役で、先生の代理にもなるような存在であった。つい先日、新しく塾頭になった人物である。
名は、
「明日から合宿所で修業じゃ。気を引き締めてゆくぞ」
同門の仲間たちにそんな声をかける。
創暦一五六八年七月現在。
道場では、オウシとその双子の弟・
三人はこの年、十八歳になった。
オウシとトウリは双子で顔も似ているが、髪型も異なり、佇まいから雰囲気がまったく違う。
穏やかなトウリに比べると、オウシは明るさとクールさが同居した不思議な感じがあり、独特の鋭さを内包している。
コジロウは道場内ではもっとも背が高く、一九〇センチほどもある。引き締まった筋肉を持ち、着物の着方もかぶいている。のちに『かぶき者』と呼ばれるくらいだからこの頃からその空気はあった。
「うん」
「当然だぜ」
トウリとコジロウがうなずき、猿顔の少年が陽気に手をあげる。
「がんばるだなもよー!」
少年は
「サルは遊ぶ気満々に見えるぞ」
「うきゃきゃ、メリハリが大事だなもよ!」
「で、あるか」
りゃりゃ、とオウシが笑ってキミヨシもおかしそうに笑う。
そこに、もっと幼い少年の声が割って入る。こちらの少年はまだ九歳になったばかりである。だんだら模様を袖に入れた羽織が特徴的だった。
「オウシさん。合宿所はどこにあるんですかい?」
後ろで一つに束ねた髪を揺らせて少年は尋ねた。
「
「先生の知り合いがいるとかで、夏には毎年そこで合宿をするのが定例になっているんだなもよ」
と、キミヨシが補足する。
「なるほど。そうですか」
「修業はきついぞ」
「はい、歓迎ですとも」
「で、あるか。頼もしい限りじゃ」
「あはは。頑張らないとなァ」
にこにことした笑顔を浮かべる少年は、
のちに昔馴染みともなる同門の五人。
彼ら五人に年齢の壁はない。
だが、オウシとトウリとコジロウの年齢はサツキの元いた世界で言うところの高校三年生に当たるが、それもこの世界のこの時代の年齢感覚では大学院を卒業していい頃である。二十代の半ばを過ぎたといってもいい。もうこの道場で過ごせる時間もあまり残ってない。
ミナトが彼らと過ごせるのは丸二年。
その後、コジロウの弟・
「さて、出発は明日の朝七時。それまでにこの道場に集合じゃ。以上。解散」
道場の生徒たちは解散する。
五人は道場に残って、ミナトの剣の素振りにオウシが付き合い、トウリとコジロウとキミヨシはそれを眺めていた。
「ミナトくんはよく頑張るねぇ」
「アイツは剣の申し子みたいなヤツだぜ。オレやトウリにもそのうち追いついてきちまいそうだな」
トウリはコジロウと特に仲が良い。二人がそんなことをしゃべると、キミヨシが笑いながら口を挟んだ。
「ちょっと我が輩を忘れてるだなもよ」
「ミナトはすでにおまえより強いんだぜ」
「そうだね」
二人にそう言われて、キミヨシは笑いながらつっこむ。
「事実だけどハッキリ言い過ぎだなもよ」
「ふふ。でも、あの子の実力は本物だよ。兄者も近いうちに追いつかれるかもね。まあ、剣に限った話ではあるけど」
「ああ。オウシは剣以外もヤベェ。いや、剣以外がヤバいんだぜ。なんでもアリで戦うにゃあミナトが数年努力した程度じゃ無理だろうが、とにかく、先が楽しみなヤツだぜ。ミナト」
オウシとミナトが組み打ちを終えて、三人の元に戻ってくる。
「お待たせしました」
「よし、帰るか」
「だなも」
「こっちは支度も終わってんだぜ。おまえらも着替えろ」
「外で待ってるよ」
トウリがコジロウとキミヨシの二人と門の前で待っていると。
そこを通りかかる少年少女がいた。
サンバイザーを頭にかぶり、跳ねるように走っている。
「ねえ、エミ。今度は海の外にも行ってみようよ」
「さんせーい! いつにしようか?」
「
「行きたいところ、たくさんあるもんね」
「そうしたら、
「楽しみー! どんな人に会えるんだろーう」
なにが楽しいのか元気な声でそんな相談をしていた。
走る二人の顔をちゃんと見られなかった三人だが、キミヨシがその会話の端を聞いてトウリに言った。
「トウリさんは行ってみたいところはあるだなも?」
「おれは特にないかな。どこにでも行ってみたいけど」
「へっ。トウリは適当なんだぜ」
「そう言うコジロウは?」
トウリに聞き返され、コジロウはハッと笑って答える。
「思い切ってシャルーヌ王国かメラキアにでも行ってみたいんだぜ。どうせ、普通にしてたら行くこともない場所だからよ」
「それもなかなか」
「いいだなもね」
しゃべっていると、オウシとミナトがやってきた。
こうして五人で道場を出て、家路についた。
オウシとトウリとコジロウは武賀ノ国の自宅までだから、歩いて帰るにも少し時間がかかる。
一時間ほど歩いて、家に着く。
夜。
鹿志和城に住むオウシとトウリは、同じ部屋で勉強もする。
考え事をしている様子のオウシに、トウリが聞いた。
「なにか悩んでる?」
「悩みではない。ただ考えていただけじゃ」
「新しく塾頭になったことか、それとも明日からの合宿か」
「いや。まだトウリに聞かせるほどのことでもない」
「そっか」
実はまだ、オウシは自分が家督を継いだあとのトウリについて、どうやって自分を支えて欲しいかといったことを話したこともない。家督を継いでからの行動計画を立てている最中だった。特に、海に面した土地を持たない鷹不二にも水軍をと考えていた。そのためにどうすべきか。水軍があれば、国土の小さな鷹不二氏の力も増し、戦略の幅もできるであろう。そういった計算がある。
しかし、あと約二年後のことだから、まだトウリに告げる必要はないと思っていたのである。
トウリはそれとも知らぬため、明日からの合宿の話をした。
「明日からの合宿。ミナトくんには修業がきついって言ったけど、あの子はそう思わないんじゃないかな?」
「で、あるか。やはりトウリもそう思うであろう。まあ、期待くらいはさせてやったまでじゃ」
「まあ、おれは旅行気分で楽しませてもらうよ」
「で、あるか」
りゃりゃ、とオウシは笑った。
このとき、トウリ自身もまだ自分が道場を卒業したあとどうするのか、まるで考えていなかった。だからのんびりしたものだった。
翌日。
『
場所としては、現代の千葉県が相当する。中でも合宿所があるのは袖ヶ浦から木更津にかけてのあたりである。
合宿では修業もしっかりやったし、修業がない時間には羽を伸ばすように遊んだ。
期間は三日間。
あっという間に過ぎ去り、いよいよ帰る日。
海辺を通る際、オウシは船を見かけた。
「いい船じゃ」
「オウシは船が好きだったんだぜ?」
コジロウに聞かれ、オウシはあごを撫でる。
「そんなところじゃ」
「へえ。いい趣味ですね。僕も海を眺めるのは好きなんです」
ミナトはのんきに海を見て、キミヨシが明るく言った。
「我が輩もいつかは海の外に出てみたいと思ってるだなもよ。いろんな国を見て、いろんな人に会って、自分を高めたいだなもね」
「いいね、それ」
にこりとトウリが微笑み、キミヨシが照れたように頭をかく。
「いつかの夢の一つだなも」
「うん」
オウシはだれにともなく、ぽつりと問うた。
「だれが作った船じゃ?」
すると、後ろから先生の声が答えた。
「あれはきっと
知人がこの辺りにいていろいろと詳しい先生だけあって、さすがによく知っていた。
オウシは船をじぃっと見つめる。
その視線が、トウリには獲物を狙う鷹のようにも見えた。
――あの船に、なにがあるんだろう……。
答えを知るのは、数年もあとになる。
いずれ自らが編成しようとしている水軍。
それを叶える船大工の名を知り、オウシはまたあごを撫でた。
「で、あるか。覚えたぞ。東郷忠良」
これより二年後、オウシが家督を継いで本格的に動き出すとき、タダヨシの元を訪れて仲間に引き入れることになる。
また、川蔵も
そして、晴和王国最大の港町・浦浜までもを手に入れるのだが、それはさらにのちの話である。
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